第66話 魔人との初戦
『タイム』
『10分切ってるよ』
『十分だろ』
『通常戦闘でってことを忘れないでよ』
『分かっているさ。節約すれば伸びるってことだろ』
『そういうこと!』
無茶をすれば縮むってことでもある。
へっ、無茶をしないで相手ができる相手か?
知ったことか。
魔人を見据える。
黒い塊に飲み込まれた魔物は、跡形もなく消え去ったらしい。
はっ、ざまあみろ。
今度はこっちの番だ。
両手持ちで黒埜を構えるのも久しぶりに感じる。
やっぱりしっくりくるな。
お、身体強化系の魔法が掛かったぞ。
休んでいろって言ったのに、無理しやがって。
終わったら頭を撫でてやろう。
魔人がギロリと俺を睨み付ける。
魔物と違って見た目は本当に人間と変わらないな。
服もきちんと着ている。
割と綺麗な服だ。
最近魔人になったってことか?
町中ですれ違っていたら、ちょっと鍛えた図体のいいオジさんにしか思わないぞ。
顔つきが怖すぎて誰も近寄らないかも知れないけど。
なんかキメてるんじゃないかって思ってしまう。
でも狩猟協会になら普通に居そう……なんてことはなかった。
いきなり両手の爪が鋭く長く伸びたぞ。
さっきまで普通だったよね。
その爪で切り裂こうって腹か。
ふっ、伸びた爪は爪切りで切らなきゃな!
襲い掛かってくる魔神を黒埜で応戦する。
爪と黒埜が交錯する度に金属音が鳴り響く。
斬れない、だと。
黒埜は爪切りじゃないからな……なんてバカ言っている余裕が無い。
防戦で手一杯だ。
お、押される。
クソッ、下がってたまるかっ!
もっと早く、もっと力強く、もっとしなやかに、もっと鋭く。
もっともっともっともっと!
はぁぁぁぁぁっ!
金属同士がぶつかる鈍い音から、徐々に引っ掻くような滑るような音へと変化していく。
そして最後は音も無く、ただ爪が1本宙を舞うだけだった。
斬れ……た?
クルクルと回転する爪が、弧を描いてゆっくりと飛んでいるのが見える。
魔人もスローが掛かっているのかと思うほどにゆっくり動いている。
なんなら削れた爪が舞っているのさえよく見える。
もしかして時子が[加速装置]とかでも掛けてくれたのか……とさえ思ってしまうが、そんなステータス表示をタイムはしていない。
精々最初に掛けてくれた身体強化の残り効果時間が10秒を切ったくらいしか表示されていない。
その小数点以下3桁の表示さえもゆっくりとカウントダウンしている。
いや、そんな状況確認は要らない。
その隙だらけの腹を黒埜でなぎ払ってやるっ!
自分では勢いよく振るっているつもりなのに、剣先が見えるくらいにゆっくりと動いている。
どうなっているんだ?
余裕で斬れると思った腹は逃げてゆき、ギリギリ皮一枚斬れた程度。
ならば返す刀を振り上げながら、一歩踏み込んでやるっ!
刀身を上に返して踏み込もうとした瞬間、右に[サイドステップ]させられてしまった。
こんなことができるのはタイムしか居ない。
千載一遇のチャンスを何故!
すると左肩に鈍い痛みが走った。
鋭い爪の突き上げが通った後だった。
『ごめんなさい、遅れちゃった』
『いや、助かった』
忘れていた。
所詮俺は素人剣士。
一撃一撃が鋭くても、その後の隙が大きいんだろう。
そこを狙われてしまった。
一旦距離を取り、体勢を立て直す。
いや、離れたのは自殺行為か?
ヤツの爪の先にあの黒光りする塊が発生し、徐々に大きくなっている。
させるかよっ。
黒埜を[武器投擲]して牽制するも、軽くかわされてしまう。
なおも膨れ上がる塊が足下の瓦礫を吸い上げて飲み込んでいく。
ブラックホール?!
そんなまさか。
火矢が飛んで行くも、全て飲み込んでしまった。
今となっては近づく方が危険?
もう1本黒埜を投げつけるも、やはりかわされてしまう。
……ん?
もう1本……やっぱりかわすな。
なんで吸い込まない?
更に――
『マスター、稼働時間が短くなるよっ』
あ、しまった。
まだこの後に2人も居るってのに、飛ばしすぎた。
6分ちょっとか……時間掛けすぎだ。
身体強化の魔法も切れちまった。
とはいえ倒せる見込みが薄いぞ。
接近して仮に黒埜が無事だったとしても、俺自身は?
迷っている暇はない。
行くしかないか。
[ダッシュ]で一気に間合いを詰めると、魔人が距離を取った。
逃がすかっ!
[ダッシュ]を重ねて一気に詰め寄り、黒埜を脇に構える。
さすがにこの距離だと避けられないのか、黒い塊を向けてくる。
周りの瓦礫はドンドン吸い込まれていっている。
なのにここまで近づいても吸い込まれるような感覚はない。
だったら、こんなもの構わずそのまま黒埜を振るってやれ!
塊に触れたけど、吸い込まれるような感覚はない。
俺自身の身体もだ。
強いて言うなら時子に選んで買ってもらった服が引っ張られている? かもしれない。
構わずそのまま斬り込もうとしたら、今度は塊から今まで吸い込んでいたらしい瓦礫が吹き出してきた。
あんなの生身の身体で受けたらヤバい!
が、それもタイムが張った結界ではじき返している。
不意打ちが不意打ちにならないんだよ。
そしてなんの抵抗もなく、空気を切り裂くように黒埜は塊を通過した。
いや、少し鈍い感触に辿り着いたぞ。
振り抜ききれないほどのものじゃなさそうだ。
勢いよく魔人の脇を駆け抜け、黒埜を振り切った。
塊は弾けるように消し飛び、真っ青な液体が吹き上げた。
「がぁぁぁぉっ! くっ」
魔人の上げた苦痛に満ちた雄叫びだ。
吹き上がったのは体液だろう。
『マスター、やっぱりあいつ、エイルさんの同郷だよ』
『そうなのか?』
『うん。言語がそう示してる』
なるほど。
しかし苦痛を上げる暇があるということは、倒しきれなかったってことだ。
気は抜けない。
残りは……4分を切ったか。
[ダッシュ]を重ねたのはやり過ぎだったな。
本気でヤバくなってきた。
さて、一気に詰めたいところだけど……腕を深く斬っただけか。
あの程度なら簡単に治ってしまうな。
現にもう体液は流れ落ちていない。
斬られた腕が動くか確認するように手を閉じたり開いたりしている。
確認が終わると、俺を睨み付けてきた。
余裕がありそうで羨ましい。
ふと、魔人の視線が俺から外れた。
俺なんか眼中に無いとでもいうのか?
「まさか……」
〝まさか〟?
そう聞こえたかと思ったら、魔人はきびすを返して逃げ出した。
そこで逃げるのかよっ!
追いかけるには消耗が激しい。
このまま見逃すしかない。
それとも俺たちの方が見逃された……のか。
いや、それより魔人はなにを見て逃げ出したんだ?
その視線に俺も顔を向けてみた。
問題・魔人はなにを見たでしょうか
正解は次回を待て!




