第56話 厄介ごと
隠し通路は階段になっていて、下へと続いている。
真っ暗で先が見えないな。
エイルが明かりを取り出して階段を照らした。
途中に踊り場があって何度も折り返している。
結構深いかも知れない。
〝厄介ごとは厄介者に〟……か。
確かに厄介者に紛れさせれば誤魔化せるのかも知れない。
人数が増えようが、変な格好をしていようが、大して気にもされないだろう。
そういう意味では適任だ。
俺たちは地下に潜り込むこともできる。
よかったよかった。
「嫌な予感がするわ」
「嫌な予感？」
「村長の言っていた〝厄介ごと〟のことよ」
「ああ、だからそれは地下民のことだろ」
「それなら〝厄介者〟でいいはずよ。でも村長は〝厄介ごと〟と言ったの。それを私たちに押しつけたんだわ」
「考えすぎじゃないか。仮にそうだとしても、お前はこの話を断らないだろ。考えるだけ無駄だ」
「気楽なものね」
「厄介ごとは今に始まったことじゃないからな」
「そうなの？」
今まで厄介ごとが無かったとでも？
厄介ごとしかなかっただろ……とは言えないけど。
「とにかく、なにがあろうが俺たちの目的はただ１つ。エイルのお父さんを見つけ出して連れて帰る。その為ならどんな厄介ごとであろうと乗り越えればいい」
「……そうね。そうだったわ。ありがとう」
「止めろよ気味が悪い」
「私がお礼言ったら悪いの？」
裏がありそうで怖い……とは言えない。
「俺の方がよっぽど感謝しなきゃならんことが多いんだ。恩返し程度に思ってくれ」
「だったら私の……」
「〝私の〟？」
「げ、下僕になりなさいっ！」
顔を真っ赤にして言うことかよ。
「今も似たようなもんだろ」
「だったら文句言わずに受け入れなさいよっ」
「分かった分かった。なにムキになっているんだよ」
「なってないわよっ！」
いや、なっているだろ。
などとやっていると階段が終わり、扉の前に着いた。
鍵は……掛かっていない？
簡単に開いたぞ。
「誰だ！」
お、ちゃんと居るようだな。
えーと、４人か。
「あなたたちが地下民といわれる方たちですか？」
「……お前たちは何者だ」
「私たちは外部から来たものです」
「駄目だ、言葉が通じない。分かるヤツは居るか？」
「いや、全然」
「古代語に似てはいるが、違うような気もする」
ああ、またこのパターンか。
「エイル、俺が話す。あー、俺の言葉は分かりますか？」
「なっ！ あ、ああ。分かるぞ」
よかった。
セールありがとう。
「俺たちは村の外から来ました」
「なんだと？！」
「そんなバカな」
「あなたたちは地下民と呼ばれる方ですか？」
「ああそうだ。お前たちは地上民ではないというのか？」
「その認識で合っています」
「村の外にも生き残ったヤツが居たとは……」
「私たちは移住者ではなく、原住民です」
はいはい、翻訳しますよ。
下僕ですからね。
「原住民だと？！」
「そんな連中がまだ居たのか」
「魔物……ではないんだな」
「違います。俺たちは人間です」
俺は鉱石認定されているけど。
「ここへなにをしに来た」
「そんなに構えないでください。危害を加えるつもりはありません。あなたたちを地下へ連れ帰るために来ました」
「地下へ」
「連れ帰る？！」
「一体なんの冗談だ」
「冗談ではありません。本当です」
「本当……なのか」
「やった。帰れるぞ！」
「待て、俺たちの目的を忘れたのか」
「そうだ……そうだったな」
「目的とはなんでしょう？」
「魔物を倒すために助力を頼みに来たんだ」
「魔物ですか」
「ああ。地上民の奴ら、魔物を地下に追いやったんだ」
「地下に？」
「そうだ。その所為で第５ブロックが壊滅したんだ」
壊滅……
タイムが見つけたあの廃墟のようなところか。
あれが魔物の手によって？
「これ以上被害が広がらないようにするためにも、責任を取らせに来たんだ」
「だというのに」
「あいつら、今までの魔物と違って知能が高いんだ」
「知能が高い？」
「ああ。魔物どもの強さ自体はあまり変わらないんだ。十分対処できる。だが上から来た魔物が魔物どもをまとめ上げているんだ」
「そんなヤツが？」
「初耳ね。そんな存在が居るなんて」
「そうなのか？」
「言ったでしょ。魔物自体、研究が全然進んでいないの。生態なんて分かっていないし、知能も何処まであるかだって分からないんだから。それがリーダー的なヤツが居て統率しているだなんて……大発見だわ」
そこかよ。
「今はそういう話じゃないだろ」
「貴重な生態調査結果よ。協会に持ち帰らないと……」
「目的をお前が忘れてどうする！」
「忘れていないわ。でも父さんだってこういうことを調べるためにここに留まっているのかも知れないじゃない」
「だったら尚更調べている本人を連れて帰らないとだろ」
「言われなくたって分かっているわよっ！」
「あの……」
あ、しまった。
彼らを置いてけぼりにしてしまった。
「彼女がなにを言ってるかは分からなかったが、お前たちにも目的があるのか？」
「あー、それは……言ってもいいか？」
「隠すようなことじゃないわ。どうせ彼らには関係のないことだし」
なら話す必要も無くないか。
まあいい。
「俺たちはここに居ると思われるある人物を探しに来たんです」
「人捜しか」
「ええ。ですがどうやらその人物は地下に居るらしいんです」
「地下に？」
「そいつは地下民なのか？」
「いえ、違います。地上民でもありません。彼女のお父さんです」
「つまり村の外の人間か……」
「そんな話は聞いたことがないな」
「そうだな。上から来るのは魔獣か魔物くらいだ」
「人が来たなんてことは数百年もなかったはずだ」
「ああ」
「そんなことないわ。必ず居る！」
「エイル……」
言葉は通じなかったが、その気迫は十分に伝わったようだ。
もう誰も〝そんなヤツは居ない〟と言わなかった。
「そういうわけですから、あなたたちを地下に送り届けるのは人捜しのついでなんです。裏とかはなにもありません。安心してください。村長も同意してくれました」
「そういうことか……」
「だが先も言ったように、我々もただで帰るわけにはいかないんだ」
「なら、俺たちが力になりますよ」
「お前たちが？」
「はい。村長もそう言っていました」
エイルが言っていた〝嫌な予感〟はこのことだろう。
〝厄介者〟ではなく〝厄介ごと〟……なるほど納得だ。
「しかしな」
「お前たちが戦力になるとは思えない」
「そうですね……村長が俺たちに手を出せないくらいには強いと思いますよ」
「なに？！」
「どういう意味だ」
「どうもこうも、そういう意味です」
といっても、船の力を恐れてであって、俺たち自身じゃないんだけど。
今は黙っておこう。
「……分かった」
「副総裁！」
え、そんな偉い人がここに来てたの？
……ダメだ。全員同じ格好で顔も見えないから誰が誰だか全く分からない。
「いいんですか。こんな連中で」
「どのみちこのままじゃ俺たちは全滅だ」
「そうですが……」
「お前たちには魔物のリーダー格を相手してもらう。他はなんとか我々で対処できるからな」
「分かりました」
「相手は３体」
「３体？！ １体じゃないんですか」
「そんな話を誰かしたか？」
くそっ、確かに数までは聞いていなかった。
「分かりました。引き受けましょう」
「よし、話は纏まった。頼んだぞ」
「モナカくん、大丈夫なの？」
「なんとかするしか方法はないだろ。それにお父さんが魔物に襲われているかも知れない。安全を確保して悪いことはない」
「……頼んだわよ」
あーあ、変なことになっちゃったなー。
ただでさえ苦戦する魔物より強いのが３体も……
嫌になる。
時子が居る以上、アニカは連れて行けない。
鈴ちゃんはもってのほか。
となると、俺と時子とエイルの３人でなんとかするしかないか。
次回、通訳は信用できるのか否か
