第45話 参考にならない
朝ご飯の後は、約束どおり一さんが案内をしてくれた。
心琴さんも護衛として付いてきてくれているけれど、今までと違って常に戦闘態勢を取って周囲を警戒している。
やっぱり非常事態なのかな。
呑気に案内なんかしていていいのか。
案内先は工業区。
場所的には立入禁止区域に近づかないように移動しているように見える。
俺たちが気にしているからそう感じるだけなのかも知れないけど。
『タイム、どんな感じだ?』
『うん、多分ここのことだと思う』
『ここって……』
ドローンからの映像を確認すると、凄く広い空間になっている。
広場とか、公園とか、そんな規模じゃない。
天井も高い。
……天井?
建物の上に天井がある。
ということは。
『もしかして、地下空間か』
『うん。ほら、人も居るよ』
確かに人も居る。
居るというか、生活感がある。
ここで暮らしているのか。
建物も村の木造と違い、コンクリートでできているっぽい。
かなり近代的だ。
車まで走っているぞ。
それに地下だというのに、それ程暗くない。
かといって外ほど明るくもない。
だからなのか、人々の血色があまりよくないように見える。
肌は青白く、髪は白っぽい。
色素が薄いだけか?
顔色も青白いけど、表情は健康そうだ。
服装はどちらかというと、俺たちに近い。
一さんたちとも違うし、村長のところに居た人たちとも全然違う。
無関係……なのか?
『多分村長のところに居た人たちはここから来たんだよ』
『どうしてそう言える?』
『同じ言語を使ってるから』
『分かるのか?』
『発音とか話し方が同じなんだよ。言語相互翻訳も同一言語として購入を促してきてる。今なら10パーセントオフだって』
『……買っとけ』
『分かったー』
商売上手だな。
でもそれならこの服装の違いはなんだ。
あれは本当に防護服なのか?
なにから身を守るために……
『マスター、こっちも見て』
『こっち? うわっ、建物がめちゃくちゃだ』
『ほら、あそこ』
『死んでる……のか?』
なにかが暴れた後なのか、建物は壊され、人も死んでいる。
あっちでは何事も無いかのように生活しているのに、この温度差はなんだ。
『多分気付いてないか、知らされてないんだよ』
『そうなのか?』
『壁で隔たれた場所だし』
だとするなら、この短時間でそれだけのことを調べたって事か。
凄いな。
『あ、なにか動いてるよ』
『なにか? 人……か?』
『でも魔物っぽいよ』
『あれが魔物……』
確かにそうかも知れない。
身体が不自然だ。
一部だけ大きかったり、逆に小さかったり無かったり。
結構な数だぞ。
服を着ているヤツもいるな……ん? まさか!
『元ここの住人……か?』
『分かんない。けど可能性が高いね』
『エイル、どう思う?』
『どう思うって言われても、今見えてるの、モナカくんだけでしょ。分かるわけないわ』
『あ、そっか』
普段なら幻燈機を使ってみんなで見られるけど、今は一さんたちがいるから無理だ。
だから今はARで俺だけか見られる状態。
こういうとき、面倒くさいな。
『エイルさん、画像送るね』
『ありがとうございます。確認します』
なるほど。
スクリーンショットを身分証に送ったのか。
それならチラ見するだけだし、バレにくいな。
『どうだ?』
『んー、私が知っている人の魔人化とは少し違うかな。でもほぼ間違いなく元人間だと思う』
『違うっていうのは?』
『大分身体が崩れているでしょ。あそこまで崩れることはないの。魔獣を思い出して。形はちゃんとオオカミだったでしょ』
『そういえばそうだったな』
『それに死んだ人間や動物は死んだまま。生き返って魔人化・魔獣化なんかしないわ。だから多分あれは魔物よ』
『魔人じゃないから魔物って事か?』
『そうよ。ナームコさんなら詳しく分かるんでしょうけど、そもそも私たちは魔物のことをよく知らないのよ』
『どうしてだ?』
『調べる手段が無いし、サンプルも採れないし、そもそも関わったら殺さないと殺されるからね。だからある意味、ナームコさんのお兄さんのことは、貴重なデータなのよ』
『おい、不謹慎だぞ』
『ま、異世界人だから参考にはならないけど』
『おい!』
『気にしすぎよ。病気でも怪我でもなんでも、犠牲の上に治療があるんだから』
『そうだけど……ナームコには言うなよ』
『もう言った。モナカくんと違って理解してくれたわ』
言ったのかよ。
お兄様のことだからもっと怒り狂うかと思ったのに、意外とドライだな。
普段の態度からは想像できない……ぞ?
『時子、どうかしたのか?』
『ふえっ?! な、なにが?』
『なにがじゃなくて、手が震えているぞ』
それに顔色も少し悪い。
表情も硬い。
『ひゃっ! き、気のせいだよ』
ならなんで手を振り払った。
『あ、ごめん』
ならなんで謝りながら手を繋ぐ。
それも恐る恐るといった感じで。
震えも止まっていない。
『無理して繋がなくてもいいんだぞ』
「無理なんかしてないよっ!」
感情が高まって声に出してしまったらしい。
握っていた手に力がグッと入ってきた。
少し痛いくらいだ。
「どうかしましたか?」
「あ、いや……その、時子が歩き疲れたんじゃないかって話です。おんぶしてやるから無理するなって言ったら、どうも恥ずかしかったみたいで……はは」
「すみません。ずっと歩きっぱなしでしたね。少し休憩しましょう」
「ありがとうございます……ほら」
「ありがとう……ござい……ます」
近くの工場のベンチを借り、そこで一休みすることになった。
工場の人は渋っていたが、後ろから心琴さんが無言の圧力を掛けたお陰なのか、貸してくれた。
親切にお茶と菓子まで出してくれた。
ありがたくいただくことにしよう。
エイルの分は俺が腹に収めた。
その間、時子の力が抜けることは無かった。
お陰で菓子の味をよく覚えていない。
次回は色々バラします




