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第42話 別の目前

 確かに初期の頃は観察するというか、確認するというか、洗うというよりは調べる感じだった。

 でも段々それも無くなり、ただ普通に洗うように変わっていった。

 だから〝ずっと前の話〟とか言うから、当時と今の違いを確認するかのように洗うのかと思った。

 なのにそういったことをせず淡々と洗っている。

 なんか拍子抜けした。


「モナカくん、私のこと石ころかなんかだと思っているの?」

「なんだよ急に。思っているわけないだろ」

「ふーん。その割には大人しいわね」

「なんの話だ」

「初めの頃は元気だったなって思って」

「だからなんの話だ」


 でも一緒に入っていた頃と比べて元気がないってことだよな。

 へー、一応違いを確認していたのか。

 俺より俺のことをよく知っているんだな。


「ふふっ。全部記録してあるんだから、とぼけても無駄よ」

「とぼけるもなにも、なんの話か分からないぞ」

「……あーあ、つまんないの」

「エイル、お前おかしいぞ。なんかあったのか?」

「おかしくなんかないわ。普段通りよ。おかしいわけないでしょ。なにも変わっていないはずよ。意識なんかしていないんだから。してないったらしてないっ!」


 なら何故2度言う。

 思いっきり意識しているヤツの台詞だろ。

 ……なにを?

 お父さんがらみ以外、無いか。

 もう目前のはずだからな。


「少し落ち着け」

「落ち着いているわよ」

「何処がだよ。いっぱいいっぱいだろ」

「うるさいっ。私だって、こういうのは初めてなんだから」


 こういうの?


「幾ら目前だからって、浮き足立つな。いつもの冷静さはどうした」

「目前……」

「落ち着いて行動しろよ。もっと丁寧にだな……エイル?」


 なにをジッと見つめているんだ?


「もっと丁寧に……こうかしら」

「おい、いつまで洗っているつもりだ」


 しかも下半身をいつも以上に丁寧に念入りにじっくり洗っている。

 そんなに汚れていたのか?

 まさか独りでトイレができない身体になっていたとでも?!


「え?! あ、そうだよね。洗ってばかりじゃ気持ちよくならないのか……うーん」

「だからなんの話をしているんだっ」

「えっと……く、咥えた方がいいのかしら。1回泡を流して……」

「エイルさん! それはタイムが許しませんよ! マスターもボーッとしてないで拒んでよ」

「えっ、なにを?」

「もー」


 拒む要素なんかあったか?

 タイムはなにをそんなに怒っているんだ。


「あ……なに? 私、今なにをしようとしたの?」

「おいおい、自分の行動ぐらい把握しとけ」

「ごめんなさい。私先に出るね」

「あ、おい!」


 自分で洗うって言い出したのに、中途半端だなー。


「なんなんだよ、まったく。なにがしたかったんだ?」

「知らないっ」

「知らないって……はあ。早く見つかるといいな」

「なにが?」

「タイムまでボケてどうするんだよ。エイルのお父さんに決まっているだろ」

「……あ、そっちね」

「他になにがあるんだ?」

「マスターが〝目前〟なんて言うからだよ」

「目前だろ」

「もー、エイルさんには〝別の目前〟が映ってたの!」

「別の? なにが?」

「言わないよっ! エッチ」

「だからなにがだよっ!」

「いいからさっさとあがろ」

「洗い終わっていないんだけど」

「なに、タイムに洗わせるつもり?」


 洗わせるつもりはないけどさー。

 昨日は洗わせろとか言ってた癖に。

 とにかく、残りをさっと洗って……あ、魔力が無くなったから泡がなくなっている。

 しかも携帯(ケータイ)の電源まで落ちてる。

 仕方ない。洗うのは諦めてお湯で流して終わりにするか。

 脱衣所に戻ると、既にエイルの姿はなかった。

 まさか立入禁止区域に1人で行ったんじゃないだろうな。

 などと思ったが、さすがにそこまで浅はかではなかった。

 ちゃんと部屋に居た。

 ただ、部屋の隅っこで壁に向かってブツブツ言っている。


「エイル?」

「なんでもないわ気にしないでほっといて」


 なんだかなー。

 気にするなって方が無理だろ。


「なにかあったの?」

「俺にも分からん。タイムも知らないって言うし。はいよ。バッテリー切れているぞ」


 時子に携帯(ケータイ)を手渡すと、充電ランプが点いた。

 なんで俺はダメなんだろう。

 時子は携帯(スマホ)も俺自身も充電できるのに。


「そうなの?」

「知らないよっ」

「な。普段どおり洗っただけなんだけどなー」

「普段どおり?」

「ああ」

「普段から洗ってるの?」

「そうだけど……この前時子の背中だって洗ってやっただろ」


 アニカやエイルは全身だけどな。


「今は関係ないでしょ!」

「関係ないって……時子だって知っていたことだよな」

「一緒に入ってるのは知ってたけど、洗ってるなんて……」

「アニカが洗ってってしつこいんだよ」

「ボクがどうかしたかい?」

「シャワーの時、身体を洗っているかどうかの話だよ」

「ちゃんと洗ってるよ」

「ご主人様が洗ってって頼んでるの?」

「そうだよ」

「エイルさんも?」

「エイルは……さっきが初めてだ。いつも俺の身体を隅から隅まで洗ってたけど。だよな、エイル!」

「知らないっ!」

「おい!」


 なんなんだよ、全く。

 さっき記録は全部付けてあるとか言っていた癖に。


「兄様、わたくしの身体も洗って頂きたいのでございます」

「よし、いいぞ。早速今からそこの風呂で洗ってやる」

「か、帰ってからお願いしたいのでございます」

「却下だ」

「兄様っ!」

「パーパ! 鈴も、鈴も」

「よし、いいぞ。でもごめんな。ここのお風呂で洗ってあげられないんだ。お家に帰るまで、我慢しような」

「うんっ!」

「兄様……」


 まあでも、これで大人しくなれば立入禁止区域に行くようなことも無いだろう。

次回で2日目が終了です

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