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第40話 なにを洗う?

 そう言われた瞬間、お腹の辺りに暖かいものが広がってきた。

 まさか……


「エイル?!」

「はぁぁぁぁ……」


 〝はぁぁぁぁ〟……じゃない。

 なに開放感たっぷりな声上げているんだ!


「お前、こんなんなる前に言えよ!」

「……ぁぁぁ……」


 どんだけ出るんだよ。

 俺まで漏らしたみたいになっているじゃねーかっ。


「ふぅ」


 〝ふぅ〟じゃねぇーっ!


「私、言ったわよね」

「なにを!」

「おトイレに行きたいって」


 言ってたっけ……


「でもモナカくんが我慢しろって言ったのよね」

「……言ったかな?」

「言ったわよっ! なにサラッと忘れてるのっ。しかもこともあろうか〝このまましろ〟とも言ったわよね!」

「き、記憶にございません……」

「なに政治家みたいなこと言ってるの! 私だって我慢したのよ! でも、我慢にだって限界はあるんだからっ。だから、私……あああああああああああああああああああああああああああっ」

「わっ、悪かった! 俺が悪かった!」

「あああああああああああああああああっ」

「ごめんなさい。なんでもするから許してください!」

「今〝なんでもする〟って言った?」


 こいつ!

 今度はしっかり聞こえてたんかよ。


「……言ってない」

「言った! 言ったわよ! 私ちゃんと聞いてたんだからね」


 ぐっ……なんで(はじめ)さんはスルーなのに俺には反応するんだ。

 しかもあれ、嘘泣きだったのか?

 騙された。


「分かったよ。俺に出来ることならなんでもしてやる」

「……さっきと違う」

「できないことはできないんだから、諦めろ!」

「……洗って」

「え?」

「モナカくんの所為で汚れたんだから、洗って!」

「はあ?!」

「できるわよね。できる事よね!」

「まあ……それでいいなら」


 そのくらいだったらいっか。

 もっと無茶なことを言うかと思ったのに。

 拍子抜けだぞ。


「じゃ、入るわよ」

「入る? 服を脱ぐんじゃなくて?」

勿論(もちろん)脱ぐわよ。脱がなきゃ入れないでしょ」

「だから入るってなんだよ。脱いだら入れるの間違いだろ」

「マスター?!」

「モナカ?!」

「ちょっ、いきなりなに言い出すの?!」


 え、なんで3人とも慌てふためいているんだ?

 (はじめ)さんは耳を塞いで壁を向いてしまったぞ。


「なにって、エイルが言い出したことだろ」

「そんなこと言ってないわよ。大体、心の準備が……まだ……その……そういうのは……雰囲気とかも大事だし……」

「「エイルさん?!」」

「あ、ち、違うの! そういう意味じゃなくて……その。入れるとか、まだ、ダメよ」

「「〝まだ〟?」」

「はあ?! じゃあなにか。手でやれっていうのか?」

「「「手?!」」」

「なんだよ。みんなして大きな声出して」

「手ならいいってわけでもないでしょっ、バカッ。そりゃ、手でほぐしてからの方が入れやすいらしいけど……」

「「エイルさん?!」」

「えー、手もダメなの? じゃあ、足?」

「足なんか入るわけないでしょっ。バカなの? 大バカなの? 指だってまだ入んないわよっ」

「それこそバカだろうが! 指なんか入れたら千切れちまうだろ」

「「千切れる?!」」

「そんなに強く締められるわけないでしょっっっっ」

「お前、洗濯機馬鹿にするな。下手すると怪我じゃ済まないんだぞ」

「「「……洗濯機?」」」

「おいおい。洗ってって言ったのはエイルだろ。その服、デリケートだから洗濯機に入れるんじゃなくて手もみ洗いしろ、足踏み洗いしろって話じゃなかったのか? それともまさか本気で洗濯機に入るつもりだったのか」

「「あーはいはい」」


 なにタイムと時子は納得しているんだ。

 エイルは1人固まっているし。

 どうした?


「全っ然違うわよっ。お風呂で私の身体を洗いなさいって意味っ。もーバカバカバカバカバカ――」

「ぅえええ?」


 服じゃなくて身体の方かよ。


「いや、でもそれは……」


 タイム、時子、なんとか言ってくれ。

 助けを求めるように2人を見る。

 が、無慈悲な言葉が歪んだ口から放たれた。


「責任はきちんと取りなさい」

「マスターが悪いんだからね」

「いいのかよ」

「良いも悪いも無いでしょ」

「マスターがなんでもするって言ったんだから、当たり前でしょ」

「そういう意味じゃなくてだな」

「なに、私に責任を取らせようっていうの?」

「タイムには無理だからね。接続切れちゃうんだから」

「そうは言っていないだろ」

「いつまでそのままにするつもり?」

「そうですよ。かぶれちゃうじゃないですか」


 ダメだ。

 一緒にシャワーを浴びていたから今更感が強すぎて誰も止めてくれない。

 (はじめ)さんもなにも聞いていません見ていませんって背中で語っているし。

 そのお心遣いが今はとても冷たく感じます。

 っていうか、エイルはいつまで「バカ」を連呼するつもりだ。


『ここのお湯は危険なんだろ。この部屋の風呂は使えないぞ』

「――バカバカッ」


 あ、やっと止まった。


『……うう、魔法杖(携帯シャワー)があるから大丈夫よ』

『俺には使えないぞ』

『お湯は私が出すからぁ』

『それ、自分で洗った方が早くないか?』

『なによぉ。モナカくんのはいつも洗ってあげてたでしょお。私のは洗えないっていうのぉ?』

『それでいいのかよっ!』

『この歳にもなって、今更そんなの気にしないわよぅ』

『〝この歳〟ってなんだよ。俺より若いくせに』

『あ……うるさいわねぇ。細かいことを気にするようじゃあ女にモテないわよぉ』

『細かくないだろっ!』

『いいからとっとと洗いなさいよっ。女の身体を洗えるんだから、喜びなさい』

『それこそ今更だろ。慣れた』

『そんなこと慣れるなあ!』

『お前にだけは言われたくねぇっ』


 はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。

 退路はない。やるしかないのか。


「ったく。分かった分かった。約束は守る。携帯シャワーは何処だ?」

「私の携帯(ケータイ)を貸してあげるわ」

「え? 時子にしか使えないだろ」

「私が使った後携帯(ケータイ)を閉じなければ、しばらくは使えるわ」

「そっか。じゃあ借りるか」

次回は久々にエイルとシャワーです

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