第39話 限界は超えるためにあるのではない
「鈴、アニカ、無事か!」
「モナカくん! 大丈夫だよ。さっきまで鎌鼬が守ってくれてたから」
「さっきまで?」
「うん。火蜥蜴や泥猪も居たんだ。龍魚は偵察をしてくれてたんだ。モナカ君たちが戻ってくるまでは」
「今は?」
「もう、声もなにも聞こえないよ」
「そうか……」
俺たちが……時子が戻ってくるまでは……か。
やっぱりアレはそうだったんだ。
「アニカ、すまないが鈴は何処に居るんだ?」
「多分ナームコさんと学者の方と一緒に奥で隠れてると思うよ」
「ナームコと……学者?」
「古代語を教えてほしいって訪ねてきたんだ」
「あーそういえばそんなことを村長が言っていたな」
「モナカさん、今〝学者〟と聞こえたのですが、まさか……」
「多分村長が仰っていた言語学者のことですね。奥に居るみたいです」
「あれほど来てはいけないと釘を刺したのに……ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「いえ、こちらこそエイルが非協力的ですみません」
「うるさいわね。いい加減、降ろしなさいよ!」
「ダメだ。事が収まるまで大人しく担がれていろ」
「ふざけるんじゃないわよ。おトイレにも行けないじゃない!」
「我慢しろ」
「無理!」
「ならこのまましろ」
「っっっ!」
「そう言えば降ろしてもらえると思ったか。甘いんだよ」
「バカッ! 知らないからね」
ふっ、たまには飼い犬に手を噛まれてろってんだ。
いつも振り回されるだけだと思ったら、大間違いだぞ。
「モナカくん、古代語については鈴ちゃんが教えてるんだ」
「鈴が?!」
確かにエイルと会話できるくらいだから、知ってはいるんだろうけど。
通訳と教えることは別物だぞ。
鈴ちゃんにできるのか?
「どうやら鈴が学者さんに教えているらしいです」
「なんということを……重ね重ね、ご迷惑をおかけして申し訳ございません」
「いえ。むしろ鈴がちゃんと教えられているか不安です。それで、ナームコはなにをしているんだ?」
「交渉役? 付き添い? そんな感じかな」
「曖昧だな」
「ごめん。魔物が来てからはそっちに集中してたから。気がついたら3人とも居なかったんだ」
「2人を守ってくれてあり――」
「兄様っ! ご無事でお戻りでございますかっ」
あー、奥から五月蠅いのが出てきたぞ。
それから鈴ちゃんと……あれが学者さんかな……も一緒に出てきた。
「鈴! 学者さんも。怪我はないか?」
「兄様?!」
「うんっ! パパも平気?」
「ああ、なんともないぞ」
「ここには来るなと言ったでしょ。どうして来たんですか」
「申し訳ありません。答えがそこにあると思ったら、つい」
「ついではありません。ご迷惑じゃないですか」
「……はい」
「懲罰房は免れぬと思ってください」
「……はい」
「一さん、なにもそこまで」
「いえ、甘やかしてはまたご迷惑をおかけすることになります。見せしめとしても必要なことです」
見せしめ……か。
上に立つというのも大変だな。
「なに生温ぃ言い方してんだ。もっとビシッと言え!」
「言ってるよぉ」
「言ってねーだろがよ!」
「もー、心琴ちゃんはもう少し綺麗な言葉にしなよ。可愛い顔が台無しだよ」
「なっ……顔は関けぇ無ぇだろ。バカ一」
またイチャついている。
なんだかなぁ。
「心琴ちゃん」
「わーってる! 警戒してるってぇの!」
「うん、よし」
心琴さんは離れに着いたときから庭で周囲の警戒をしている。
本家の方はいいのか?
単純に一さんの居るところを守っているだけかな。
「エイルさん、案内も途中な上、ご迷惑までおかけしてしまって、本当になんとお詫びをしたらいいか」
「……」
「僕にできることでしたら、なんでも仰ってください」
「……」
「おいエイル、しがみ付いていないでなんとか言ったらどうだ?」
「……」
本当にどうしたんだ?
〝なんでも〟なんて危険なワードに反応しないなんて。
てっきり「立入禁止区域に連れてって」とか言うものだとばかり……
というか、さっきから凄い力でしがみ付いてくるぞ。
担がれていることへの報復か?
「エイル、なにしてるんだよ」
「……ゆら……さな……くっ」
「え? なに?」
「ダメ……もう……」
〝ダメ〟? 〝もう〟?
なんの話だ?
「マスター」
「モナカ」
「ん?」
「「エイルさん、ホントに限界なんじゃない?」」
「なにが限界だって?」
「「おトイレ」」
「……え?」
次回は入れる話です




