第36話 働きを何倍にもする方法
おや、珍しいのでございます。
アニカ様が手鏡を……いえ、少し違うようなのでございます。
丸く、そしてユラユラと揺らめき、浮いているのでございます。
「アニカ様、それはなんでございましょう?」
「これは水鏡です。龍魚が見ている光景が映し出されます」
「それも龍魚様のお力なのでございますか?」
「そうですね。あ、追い付いたみたいです」
〝追い付いたー!〟
〝やったー〟
「一緒に行動して、周りの様子を見せてくれないか?」
〝オッケー〟
〝ラクショーだよ〟
同時に水鏡が幾つも増えたのでございます。
村の人々が慌てふためいているのが見えるのでございます。
あれは防衛隊でございましょうか。
わたくしたちを取り囲んでいたウジ虫……こほん、防衛隊の方たちが村の外に向かって走っているのでございます。
ドローンはその先へ先回りするように飛んでいったのでございます。
「これは……魔物でございましょうか」
「そうですね。幸い、船が置いてある場所とは違いますね」
「そのようでございます」
「船の様子も見てきてくれないかな」
〝分かったー!〟
〝いっちばーん!〟
〝あ、ずるい! 僕が行こうとしたのにぃ〟
〝へへーん、早い者勝ちだよ〟
「こら、喧嘩しないの」
〝はぁーい〟
〝ごめんなさぁーい〟
あの肉団子はなんなのでございますか。
不規則に羽が生えているようにしか見えないのに、羽ばたいて飛んでいるのでございます。
それと……羽の生えたヘビでございましょうか。
あの肉団子から伸びた触手が羽と一緒に千切れて飛んでいるようでございます。
こちらもあの細長い身体に一対の羽で、何故飛べるのでございましょう。
しかも明らかに小さすぎるのでございます。
大蛇にニワトリの羽が生えているようなものなのでございます。
羽は無関係なのでございますか?
そして触手に全ての羽を全て奪われた肉団子は、地面に落ちて這いずり回り始めたのでございます。
意味が分からないのでございます。
どうやら防衛隊の方々が到着したようでございます。
手慣れているようでございます。
しかし多勢に無勢、取りこぼしておられるのでございます。
建物が壊れていた原因は、これなのでございますね。
〝船ー! なにも居なーい〟
水鏡に船が映し出されたのでございます。
どうやら魔物は船の方には行かなかったようでございます。
一安心なのでございます。
いや、娘が居ない今、残存魔力では長く持つまい。
このままにしておくのは少し不安だな。
「娘、船は動かせるか?」
「ここからでは不可能です」
「そうか、仕方がないな」
「ごめんなさい」
「気にするな」
分かっていましたが、やはり不可能でございますか。
船も心配でございますが、ここの守りも不安でございます。
まもるくんたちを全て対人武装にしてしまったのは失敗でございました。
手持ちもございませんし……
さて、兄様の留守をどうお守り致せばよろしいでございましょう。
「鎌鼬、みんなを守ってくれないかい?」
「嫌よ。あたしは主で手一杯なのよ。他に回す余裕なんて無いの!」
「泥猪も火蜥蜴も居るから心配しなくて大丈夫だよ」
「し、心配なんかするわけないでしょ! なによ、あたしなんか要らないって言いたいの?」
「違う違う! ほら、魔物は空を飛んでるから、泥猪や火蜥蜴じゃ手が届かないんだよ」
「龍魚が居るじゃない!」
「あの子たちには偵察を頼んでるからね。適任は君しか居ないんだ。頼むよ」
そこは頼むのではなく、命令すべきところなのでございます。
相変わらずなっていないのでございます。
「適任……あたしだけ……」
それでも、この子には十分なのでございますね。
「仕方ないわね。面倒だけど、やってあげてもいいわよ」
「本当かい?! ありがとう」
「ちょ、そんな、抱き付かれたらはず……苦しいじゃないの。もうちょっと優し――」
「ああごめんごめん」
「あ……う」
アニカ様、そこは離れるところではないのでございます。
もう……兄様といいアニカ様といい、もう少し気持ちを汲んでほしいのでございます。
「じゃあ、頼んだよ」
「う、うん」
仕方がないのでございます。
『アニカ様、鎌鼬様の頭を撫でてさし上げるのでございます』
『え? どうしてですか?』
『いいからさっさと頭を撫でなさい。それだけで働きは何倍にもなるぞ』
『は、はいっ!』
『それから、頑張ってと言うのを忘れるな』
『わ、分かりました』
「主?!」
「えーと、が、頑張って……ね」
アニカ様、そんなどもりながら硬い表情で撫でてはダメなのでございます。
もっとにこやかに、声も優しくしないと――
「うんっ!」
あ、この子には関係なかったのでございました。
何故あそこまで晴れやかに頷けるのでございましょう。
わたくしにはさっぱり理解できないのでございます。
全く、世話の焼ける精霊様と主でございます。
さて、精霊様が何処まで耐えられるか分からないのが辛いところでございます。
やはり石人形を一体でも残しておけばよかったのでございます。
兄様……お早いお戻りをお待ちしているのでございます。




