第34話 重いわけがない
心琴さんを先頭に、来た道を引き返す。
さっきまでの呑気な雰囲気と違って、緊張感が伝わってくる。
『モナカくん』
『急いで戻るぞ』
『このどさくさに紛れて行くわよ』
『何処に?』
なんて聞くまでもないか。
『立入禁止区域に決まっているでしょ』
『バカ言え。今はそれどころじゃないだろ』
『千載一遇のチャンスなのよ』
『みんなを見捨てるのか』
『フブキが居るわ』
『フブキは最後の手段だろ。回りに冷気を撒き散らさなくなっても、戦闘で共闘なんてまだ無理だ。味方への被害の方が酷くなるぞ』
『ナームコさんの石人形も居るじゃない』
『石人形は船の対人装備になってますから、無理ですよ』
『そうなのか?』
『うん。タイムも手伝ったから』
『エイル、悪いが今はみんなの方が心配だ。戻るぞ』
『雇い主の言うことが聞けないの!』
足を止め、そんなことを叫んだ。
『なにを言い出すんだ?』
独り残すわけにもいかず、俺も足を止める。
『もう一度言うわ。雇い主の言うことが聞けないの!』
エイルがそんなことを言うのは初めてだ。
幾らお父さんのことが心配だからって、余裕なさ過ぎだろ。
『本気で言っているのか?』
『当たり前よ』
『なにを言っているか分かっているのか?』
『分かっていないのはモナカくんの方でしょ』
「どうかしましたか?」
「おい、なにしてやがる! さっさと行くぞ」
『エイル、わがままを言うな』
『違うわ。私はモナカくんに仕事を命令しているだけよ。立場は分かっているわよね』
『お前……』
完全に周りが見えなくなってやがる。
こんな命令、従うわけにはいかない。
『分かった。急ぐぞ』
『えっ?』
俺は右手でエイルを担ぐと、再び歩き出した。
『ちょっと! 急ぐなら走りなさいよ』
『ああ、急いで戻るぞ』
『戻っ? モナカくん!』
「どうかしたんですか?」
「なんか歩痛っ……くのに疲れたらしいので」
「……そうは見えませんが」
めちゃくちゃ暴れ痛っ、いるからな。
「気にしないでください。急ぎましょう」
「急ぐなら走るぞ。遅れるな!」
「あ、心琴ちゃん! 待ってよ」
「時子、辛かったら言えよ」
「……私も担ぐの?」
「暴れないならおんぶするよ」
「……お願いするわ」
「よし、乗れ! しっかり掴まっていろよ」
時子を背負って走り出す。
エイルが暴れてわめくが無視して痛っ! 無視して心琴さんに痛いって! 付いていく。
幾らお前の力か強くても、パワーアップした右手で押さえられないわけがない。
とはいえ、手足は自由だ。
容赦なく叩くわ蹴るわわめくわと暴れまくる。
『暴れるのは構わないが、時子を叩くなよ』
『なら降ろしなさいっ! 私1人でも行くわ』
『行かせねーよ』
『私の言うことが――』
『あー聞けないね。減俸でも厳罰でも解雇でも好きにしろ』
『フブキのご飯を抜くわよ』
『う……』
「おい、足を止めるな。重いってんなら1人担いでやろうか」
「バカ言え。時子が重いわけないだろ」
「私は重いっていうの!」
『抜きたきゃ抜け! この人で無し』
『……』
すまんフブキ。我慢してくれ。
今回ばかりは従うわけにはいかないんだ。
とにかく急ぐぞ。
次回は留守番組の話です




