第25話 先生と生徒
「フブキー、元気にしていたか?」
「わふっ!」
朝一でフブキの元にやってきていた。
昨日のうちにエイルが村長と話をつけていたらしい。
離れの庭になら置いていてもいいそうだ。
ただしきちんと繋いでおくことが条件とのこと。
昨日は遅かったから船で1人一夜を過ごさせてしまったけど、今日からは一緒に居られるぞ!
……いや、今日中に見つけられればその必要も無くなるんだけど。
船から降りると、村の方から遠巻きに野次馬が見ていた。
近づく勇気は無いようだ。
フブキを見ると、悲鳴を上げて逃げ出す者が居る。
腰を抜かして動けない者もちらほら。
失礼な奴らだな。
こんなに可愛いフブキを見て恐れおののくなんて、あり得ない。
こんな小さい子供でさえはしゃいでいるというのに。
行きは鈴ちゃんを肩車して時子と手を繋いできた。
しかし帰りは3人でフブキに乗ってお披露目だ。
以前なら鈴ちゃんは乗れなかったけど、フブキの努力のお陰で乗れるようになったからな。
おっと、忘れないように頼まれた荷物も待って帰ろう。
服に関しては貸してもらえたので持って帰る必要はないんだけど、いくら毒素が安定しているとはいえエイルたちが着るのは止めた方がいいということになった。
「うわあ! 速ーい! 凄ーい! きゃははははは!」
ご機嫌だな。
いつもこうやって無邪気でいてくれると嬉しいんだけど。
こうしていると船を動かす重要なパーツだということが嘘みたいだ。
しかし行き同様……いや、帰りの方が村人の反応が激しいな。
俺たちを見かけると家に入ったり隠れたりは当たり前だったけど、フブキが速い所為で逃げ遅れて慌てて転ぶ者が多数いる。
なんか、ごめんなさい。怪我してなきゃいいけど。
仕方ない。
「フブキ、ストップだ。ゆっくり歩こう」
「わうっ!」
怪我をされるよりはこの方がいいだろう。
小さな子供が近寄ってこようとするけど、親が抱えて家に入るのも鉄板ネタだな。
まさか自分が逃げられる側になるとは夢にも思わなかったよ。
結局フブキの可愛さを理解されることなく、戻ってきてしまった。
そして恐ろしいことに、フブキの可愛さを理解できないヤツがここにも居た。
朝出掛ける時、俺たちを見ても物怖じせず襲いかかってきた庭の守護神。
そう、ニワトリまでが姿を消したのだ。
庭に入るとその静けさが異様な雰囲気を醸し出している。
静かすぎる。何処に行った?
ニワトリ小屋を見てみると、隅っこの方で肩を寄せ合って震えている。
なんて失礼なヤツらなんだ。
「話には聞いたが、これほど大きいとはの」
人が乗れる大きさではあるが、馬よりは小さいぞ。
「だから大きいって言いましたよね」
「ええっと……」
一さん……通訳大変そうだな。
それで食い違いが出たとか?
イヤホンの調整はできなかったのか?
朝一でタイムが最終調整してきたはずだけど。
「まあまあ、大きなワンちゃんですね。ご飯もいっぱい食べるのかしら」
「あ、ご飯はこちらで用意します。フブキも食事制限がありますので」
「あらそうなの? 残念ね」
「お構いなく。ナームコ、調整はできなかったのか?」
「兄様、おはようございます」
ええい、抱き付こうとするな!
「止めよう! で、どうなんだ?」
「〝やめよう〟……でございますか?」
「すまん、〝おはよう〟が混ざった」
混ざってたら上手く翻訳できないよな。
「止めろ! で、どうなんだ?」
「兄様ぁ……うう」
面倒くさいヤツだなー。
よし、頭をベシベシ叩いてやる。
決して撫でているわけでもポンポンしているわけでもないのに、機嫌が回復するとても便利な技だ。
「ご安心なされるのでございます。調整は完璧なのでございます」
ふっ、チョロいヤツだ。
「ならなんで一さんが通訳しているんだよ」
「それはでございますね……」
ん? エイルがどうかしたのか?
「仕方ないでしょ。まだ教わってない言語なんだから」
エイルじゃなくてルイエの方か。
「あー、そういえばまだルイエに教えてなかったなー。マスター、ちょっと教えてくるね」
「ああ」
教わっていない? 教えてくる?
なんだなんだ、なんだかんだ言ってて仲良しさんかよ。
というか、忘れていたけどイヤホンの翻訳自体は俺の携帯の言語相互翻訳がやっているんだっけ。
それを身分証を通して利用していたけど、さっきまで圏外で繋がっていなかった。
その間ルイエが肩代わりしていたってことなのか。
へー、結構優秀だな。
「ひぃー、処理が追いつかないよぉ」
「ふふん、タイムは余裕でできるもんねー」
いや、そもそもやっているのはタイムじゃなくて言語相互翻訳だからな。
でもそうか。
ルイエはエイルの携帯端末で動いているんだから、処理能力的にはあまり高くないのか。
原因、ルイエじゃないじゃん。
タイム……大人げないぞ。
「むー。あー、タイムが近くに居るときはタイムがやるから、ルイエは補助するだけでいいよ」
「ふん。このくらい、1人でできますー」
「追いつかないって泣いてたのは誰」
「泣いてないっ」
ダメだこりゃ。
「2人とも騒ぐな。迷惑だろ」
「よい。子供の喧嘩は仲の良い証拠じゃ」
「「仲良くなんかないっ!」」
息ピッタリじゃねぇか。
「やり合うのはいいけど、やることはやってくれよ」
「タイムはやってるよ」
いや、やっているのは携帯アプリだろ。
「むー」
「ルイエだってやってます。一緒にしないでください」
「さっき間違えてたじゃん」
「なっ……そんなことないわよっ!」
「ありますー」
「タイム、いい加減にしないと怒るぞ」
「だってぇ!」
「だってじゃない!」
「ふふん」
「あなたもよ。教えてもらっている立場なんだから、タイムさんに敬意を払いなさい」
「だってぇ!」
「だってじゃないの!」
「ぷっ」
「タイム!」
ったく、キリがない。
「はいはい、あなた、一、心琴さん、モナカさん、時子さん、朝御飯ができましたわ。冷めないうちに食べましょう」
「うむ」
「「はい」」
「「ありがとうございます」」
「エイル、後でな。フブキのことは頼んだ。タイム、行くぞ」
「分かったわ」
「あ、うん。続きは後でね」
「はい、お願いします」
切り替え早くない?!
さっきまでギャーギャーやり合ってなかったか?
よく分からん。
……その続きっていうのは翻訳の話だよな。
やり合ってた方じゃないよな。




