第1話 持って生まれた力
トレイシーさんに別れを告げ、エイルの新しい単発式詠唱銃で結界を抜け、魔物の幼体を魔導船の主砲でチリにし、目的地へと舵を切ることに成功した。
フブキで魔物に出会うことなく、なんのトラブルもなく順調に走り続けることができたとしても、一ヶ月はかかると言われた距離。
それほど遠いところだというのに、出発して改めてこの船の凄さを実感し、ノンビリしようかと思ったときだ。
「間もなく目的地です」
「はやっ!」
ノンビリしている暇が無かった。
「「え、もう?!」」
「そんなに近かったんですか?」
ノンビリする暇も無く着くらしい。
「減速! 減速してちょうだい」
「了解。減速します。目的地まで、あと10分です」
10分か。
一ヶ月が10分って、どんだけ早いんだよ。
しかも減速した上でだ。
……加速も減速もGを感じなかったんだけど、本当に移動したのか?
モニターに外の景色が映し出されていたはずなのに、全く認識できなかった。
といっても、全て毒素に冒されて灰になった世界。
極端な話、真っ白な紙の上を移動したようなもの。
何処へ行っても景色が変わるはずもない。
そう思っていたのだが、目的地に近づくにつれ、雑草のようなものが生えているのが見られるようになってきた。
見えたと思った次の瞬間には視界から消えていることに変わりはないけど。
背が低い木もまばらだけど生えている……と思う。
視界から一瞬で消えるから木だという断定ができないけど。
でもそうだとしたら自然が残っているってことか?
「もう少しゆっくり行きましょう。そう、1時間は掛かるくらい」
「了解。更に減速します」
「どうした?」
「えっと……その。こ、心の準備が」
「今更かよ」
「だ、だって……こんなに早く着くなんて思わなかったのよ」
「らしくないぞ」
「仕方ないでしょ。何年振りだと思ってるの!」
「そうですよ。お姉様の繊細な御心を察しなさい」
「察しろって言われてもな」
……って、今の誰?
船のモニターにまあるい波のようなものが表示されたぞ。
「こら、出てきちゃダメでしょ」
「でも、こいつ生意気!」
音声波形が円状になって表示されているらしい。
声がすると大きく広がって、黙ると点になるようだ。
その横にタイムが出てきて点を指さしたぞ。
「エイルさん、この人は誰ですか?」
A.I.?!
「あー、こ、この子はですね、その……勇者の祠から勝手に付いてきてしまったんです」
「あそこのシステムにこんな子、居ませんでしたよ」
「当たり前よ。私はお姉様に産んで頂いたんだから!」
「それならお姉様じゃなくてお母様なんじゃないの?」
「う……うるさいわね。細かいことを言うヤツは潰すわよ」
「あー」
確かにエイルの娘だ。
「そこ! なに納得してるのよ。違うの! 私が弄ると勝手に自我が生まれちゃうだけなの。だからプログラムしたとかじゃないからね」
なんだそれは。
人工知能なんて勝手に生まれてくるわけないだろ。
まるで――
「お前いつの間に管理者からそんなチート能力貰ったんだ?」
――みたいじゃないか。
そんなわけないけど。
何処で会うってんだ。
「別に……欲しくて貰ったわけじゃないわよ。それこそ勝手に……」
欲しくて貰ったわけじゃない?
どういう意味だ。
「〝勝手に〟なんだ?」
「生まれたときからそうなんだから、知るわけないでしょ!」
くっ、生まれついての才能ってことか。
欲しい才能は無くて、欲しくもない才能があるなんてのはよくある話だ。
でもこれはエイルにぴったりの才能だよ。
「なにムキになっているんだ。ただの冗談だって」
「お姉様を困らせるヤツは、私が許さないんだから!」
「マスターに危害を加えるヤツは、タイムが許さないんだから!」
「タイムまでムキになるな。タイムと違って悪さなんてできないだろ」
「タイムだって悪さなんかしませんっ!」
「そういう意味じゃなくてだな」
「きー! 私を無視してイチャイチャするなー!」
いや、してないだろ。
何処をどう見たらイチャついてるように見えるんだ。
「あー!」
今度はなんだ。
「だからタイムのこと、〝タイムさん〟なんて呼び始めたんですね!」
そういえばそうだったな。
大して気にもしなかったけど。
「言葉遣いもよそよそしいし、なんだかんだ理由付けてましたけど、ホントはそういうことだったんですね!」
「違います。理由は先程お話ししたとおりです。嘘偽りはありません」
言われてみれば、言葉遣いもおかしいな。
タイムに対して敬語を使っている?
「一度直してくれたのに、また戻ってるじゃないですか」
「それは……仕方ないのよ。鈴ちゃんは別のよ、この子は……のよ……ゆ、勇者語しか分からないのよ」
勇者語?
エイルは勇者語なんて話せるのか。
えーと、大昔にここへ誤召喚された異世界人……だったっけ。
勇者小説が好きすぎて言語まで習得したっていうのか。
……ちょっと待て。
なんで勇者語が翻訳できているんだ?
「そうなんですか? だとしてもです。単発式詠唱銃を改造するって言ったとき、タイムは手伝わなくていいって言ったのも、この子が手伝うからだったってことですよね!」
「違うのよ! 本当にうちだけでやるつもりだったのよ。そうしたらこの子が出てきたのよ」
「きー! 私を差し置いてお姉様とイチャつかないでよね、お・ば・さ・ん!」
「お、おばさん?!」
「私より年上だし、家でもおばさんって呼ばれてたじゃない」
「あれは鈴ちゃんのママのお姉さんだから伯母さんって呼ばれただけだもんっ! おばさんじゃないもんっ!」
「同じでしょ」
「違うもん!」
「喧嘩をするな。タイム、子供相手にムキになってどうする」
「だってぇ」
「子供ですって?!」
「子供じゃなければ赤子だな。生まれて1週間も経っていないんだろ。タイムは生まれてもう1年以上経っている。お姉さんなんだから、もう少し寛大になってあげなよ」
「お姉さん……そうよね。タイムはお姉さんなんだからね。聞き分けのない子は躾けないといけませんね」
「なっ」
「おいおい」
もー、タイムもムキになるなって。
完全に子供の喧嘩だな。
「あんたなんか――」
「あんたこそ――」
もういい、ほっとこ。
「でも勇者語しか分からないという割には、俺らと会話できているのはなんでだ?」
「それは11260号が翻訳しているからです」
「鈴がか?」
「そうなのよ? ありがとうなのよ」
「気にしないでください。それが11260号の役目ですから」
役目ね……
早いとこ、その役目から解放してあげたい。
「タイムなんか――」
「私だって――」
まだやっているのかよ。
飽きないなー。
とりあえず、止めておくか。
「それで、君はなんていうんだ?」
「あんたなんか……え、なに?」
「だから、名前だよ、な・ま・え」
「そ、それは……」
ん? なんで黙る。
そんなに言いにくい名前なのか?