第112話 〝さよなら〟は言えない
そんなことをしているうちに、船の近くまでやってきてしまった。
1人、また1人とこちらに気づき、左右に広がっていき、船までの道が出来た。
だからといって〝どうぞお通りください〟という雰囲気ではない。
1人1人が武器とは言えないようなものをこちらに向けて睨み付けてくる。
誰1人として逃げ出したり脅えているようなことは無い。
ここを通らないと船に乗り込めないのか……
一歩進むが、村人は動かない。
また一歩進む。やはり動かない。
もう一歩。動かない。
船を降りたときと違うな。
唯一同じことといえば、矛先がシッカリと追従していることだ。
一斉に襲い掛かってきたらどうする。
アニカを背負っている今、反撃するのは難しい。
村人の1人が一歩近づこうとした。
すると静寂が破られ、その足下に小さな丸い穴が開いた。
対人武装から一筋の煙が立ち上っている。
『ナームコ!』
『ただの威嚇射撃なのでございます』
『……当てるなよ』
そのお陰なのか、それ以上村人が動くことは無かった。
そして船の目の前まで来ると、漸く防衛隊の人が道を空けてくれた。
船を村人から守ってくれていたんだろうか。
俺たちより村人の方に視線が行っている。
だからなのか、武器を構えてはいない。
そして村人と同じく無言だ。
タラップを降ろし、ナームコが中に入っていく。
「バイバーイ!」
鈴ちゃんが挨拶すると、村人たちは矛先をピクリと動かして返事をした。
子供の挨拶すら殺意で返すのかよ。
幸いなことにフブキがサッと船内に入ってくれたお陰で、鈴ちゃんは気づかなかった。
グッジョブ!
そして最後は俺たちだ。
『兄様、なにも言わずに中へ入るのでございます』
『は?! 今入ろうとしたところだが!』
『兄様のことですから、最後に挨拶でもとお考えになられたのではございませんか』
『当たり前だろ』
『なにを言っても感情を逆なでするだけなのでございます』
『う……そんなこと』
『あるのでございます』
『……分かったよ』
なにを言っても……か。
確かに、鈴ちゃんにさえ殺意で返事をしたんだ。
きっとナームコの言うとおりなんだろう。
時子がお辞儀をしようとした瞬間に再び矛先が揺れた。
お辞儀すら許されないらしい。
どうやらナームコが正しかったようだ。
本家を離れるときに言ったことも、余計だったかも知れないと今更ながらに思う。
余計なことをせず、ただ前を向き、一定のリズムでタラップを登る。
立ち止まることも許されず、躓くことすら許されない。
たかだか数段登るだけなのに、地下から地上へ戻る階段より緊張する。
船の中に入ると、ゆっくりと入口が閉まっていく。
長い……
こんなにもゆっくり閉まる扉だったっけと思ってしまうほど、長く感じてしまう。
完全に扉が閉まると、2人して大きく息を吐き出した。
このままへたり込みたい気分だ。
ん? うわっ、凄い汗。
服がベタベタだ。
あの短い時間で?
時子もかなりかいたらしい。
額から流れた汗が、顎からポタポタ落ちている。
2人して汗だくだ。
うう、こんなにも気持ち悪い汗は初めてかも知れない。
しかし、船の中に戻ってきたのはいいが、アニカを寝かせておくような場所が無い。
となると。
「フブキ、アニカを頼んだぞ」
「わう!」
ここぐらいしか横になれないんだよな。
フブキに持ってもらった荷物は、既にナームコと鈴ちゃんが片付けてくれたらしい。
階段を下りてブリッジへ行く。
鈴ちゃんは既に水槽の中に居た。
時子と俺も自分の席に着く。
席は4つあるのに、2つしか埋まっていない。
ガランとした船内。
まさかエイルが一番に離脱するとはな。
「鈴、準備はできた?」
「もう少し掛かります」
「うん、急がなくていいからな」
「了解」
「お姉様っ! 居眠りしてごめんなさい……あれ? お姉様?」
ん? 船のモニターに円形の音声波形が表示された。
ルイエか……というか居眠り? 寝てただけ?
「システムオールグリーン。いつでも出撃できます」
出撃じゃないからね。
これから帰るんだよ。
「なに言ってるの! お姉様が居ないじゃない。出撃なんて許さないわよ」
あれ?
『タイム……もしかして』
『ルイエが寝てたからまだ話してない……かな』
マジかー。
「あー、ルイエ。エイルは居ない。船を降りたんだ」
「だったらお戻りになるまで待ちなさいよ」
「そうじゃなくて、独り……お父さんと一緒に旅に出たんだ。もうここには戻ってこない」
「……は? ふざけたこと言ってると殺すわよ」
「ふざけてなんかいない。待っていてもエイルは戻ってこない」
「嘘よ。だって……だったらなんで私がここに居るの! おかしいじゃない」
「それは……つまり……」
「置いていかれたのよ」
「タイム!」
「隠したってしょうがないでしょ」
そうだけど、なにもはっきり言わなくても……
「幾ら先生だからって言っていい冗談と悪い冗談があるんだぞ!」
先生?!
そんな風に呼ばれていたのか。
「冗談じゃないわ。あなただけじゃない。マスターも、タイムも、時子も、鈴ちゃんも、アニカさんも、ナームコさんも、フブキさんも、みんなみーんな置いていかれたんだよ」
言われてみると、そういう捉え方もあるのか。
今まで散々巻き込んでおいて、今度は置いてけぼり……
「嘘だっ!」
「嘘じゃないっ!」
「そんな……だって……お姉様っ、お姉様っ! 返事をしてください、お姉様っ」
「無理だよ。圏外なんだから」
「どうして……どうして私を連れてってはくれなかったの……どうして……どう……」
あれ、波形表示が完全に消えたぞ。
「あ、マズい! ルイエのところに行ってくるね」
「ああ、任せた」
ルイエのことは心配だけど、今はここを離れる方が先決だ。
「鈴、帰るぞ。周りに人が居るけど、大丈夫か?」
「問題ありません。離陸します」
船がフワリと浮上する。
ヘリコプターのように風が巻き起こることなく、ロケットのように火を噴くこともなく、静かに上昇していく。
これが重力制御装置の力か……
出力が正常ならこのまま宇宙まで行けるらしい。
そして村人たちも矛先を上に向けてくる。
上昇が終わると、180度反転して前進を始めた。
「トラップに気をつけろ。ナームコ、教えてやってくれ」
「承知したのでございますっ!」
そして船は、何事も無く森を離れることが出来た。
次回は1人増えます