第111話 誤差の数
離れの庭から本家の庭に入る。
ニワトリどもはまた小屋に逃げ込んでいるらしい。
静かなもんだ。
……一応挨拶をしていくか。
「少し待っていてくれ。挨拶をしてくる」
「兄様、止めた方がいいのでございます」
「え? でもなにも言わずに立ち去るのは失礼じゃないか?」
『普通ならそれでよろしいと存じるのでございますが、それ以上に警戒されているのでございます』
『警戒?!』
『物陰から監視されているのでございます』
『マジか……』
なら止めた方がいいか。
でもこのまま去るのもな……
よし。
「お世話になりました! ありがとうございました! お元気で! さようなら!」
「バイバーイ!」
聞こえたかな?
……特に反応は無い。
帰ろう。
「行こうか」
帰りの道は寂しいものだ。
廃村じゃないのかって思うほどに静かだ。
実際、住む人全員が居なくなった家もあるんだろう。
今更だけど、魔物の被害よりイフリータの……それは考えたくないな。
だってそれってそれだけ多くの人が俺たちに敵意を向けていたってことになる。
好かれていないのは知っていたけど……結構ショックだ。
不慮の事故では片付けられないほどの人を……
『イフリータのしたことは、アニカには内緒だぞ』
『『うん』』
『承知したのでございます』
『まーあいつが自分でバラしたらそれは不可抗力ってことで』
バレたら絶交されるだろうな。
「パパ、静かだね」
「そうだな」
「誰も住んでないの?」
「あー、きっとみんな仕事で家に居ないんだよ」
「そっかー。みんな働き者だね」
「そうだな」
ナームコの言うとおり、記憶に無いみたいだ。
船の機能……そう育てられたのは知っているけど、ここまでできるものなのか。
どんな教育を受ければそんな風に記憶を分けられるんだ。
教育した方はとっくに死んでいる。
なのにそいつらが植え付けたものはいまだに生きている。
そういったものを綺麗さっぱり消せないものだろうか。
『マスター、村人が船の周りに集まってるよ』
『船の周り?』
『うん。防衛隊の人と揉めてる』
『え、なんで?』
『ドローンだと音声が無いから細かいことは分かんないよ』
『読唇術は?』
『ここの言語は無理だよぉ』
〝ここの〟……ね。
映像で確認すると、船を取り囲むように村人がいて、防衛隊の人が間に立って村人を抑えているような感じにしている。
なにが起こっているんだ。
とにかく行くしかない。
村の方は相変わらず人影が見えない。
まさか全員が船に行った……なんてことは無いよな。
だとしたら、生存者が少なすぎるだろ。
イフリータ……お前どれだけの村人を消したんだ。
少なくとも、ここに居る人たちは俺たちに対して敵意があると思って間違いない。
イフリータの炎に触れなかったのか、それとも真実を知って敵意が芽生えたのか……
どっちだとしても、なにも変わらない。
そういう人たちが集まっているところへ向かわなくてはならない。
避けることは出来ない。
『兄様、この邪魔なウジ虫どもを一掃してもよろしいでございましょうか』
『一掃? 出来るのか?』
『はい。わたくしが石人形に命じれば、かようなゴミは簡単に地に伏すのでございます』
『石人形に?!』
一掃……地に伏す……
嫌な予感しかしないんだが。
『具体的にはどうするんだ』
『船に備え付けた対人武装でパパッと殺れば簡単なのでございます』
予感的中!
『それでは――』
『待てっ!』
『痛いのでございます。撫でるのでございましたら、もう少し優しくして頂きたいと存ずるのでございます』
『殴ったんだから痛くて当たり前だっ、この大馬鹿野郎。これ以上村人に危害を加えてどうするんだ。本当にただの悪党になっちまうだろっ』
『今更10人や20人増えたところで誤差なのでございます』
その数が誤差になるくらいなのかっ。
思っていた以上じゃねーか。
『とにかくダメだ。不可抗力と故意の差は大きいんだ』
そう思わないと罪悪感で潰れてしまいそうだ。
……デニスさんもこんな気持ちだったのかな。
それでも〝殺した方がいい〟というのは理解できない。
『兄様がそう仰られるのでございましたら、従うのでございます』
ったく、どうしたらそういうことを思いつくんだ。
思いついたとしても、普通行動に移さないだろ。
義妹にするんじゃなかったかなー。
『今からでも義妹を解雇するか……』
『兄様?!』
『あ、すまん。思わず本音が……』
『兄様っっっ!』
『あまり物騒なことを考えるな』
『うう、努力致すのでございます』
解雇したら解雇したで暴れて面倒だからな。
飼い殺すのが世のため人のためだ。
次回は帰還します