第110話 要らない教育の賜物
まさか犠牲になった村人の一部がイフリータの手によるものだとは……
迂闊に頼むと自分の首を絞めることになりそうだ。
「はぁー。こんな話、鈴ちゃんには聞かせられないな」
「いえ、通訳したのはスズ様なのでございます」
「……なんだと」
なんで通訳が……あ、村長はイヤホンをしていないんだった。
「今の話もスズ様から聞き出したことなのでございます」
聞き出した?!
さっきのあれを鈴ちゃんの口から言わせたのかっ。
「なんてことをしてくれたんだ!」
「わたくしが命じたのではないのでございます。イフリータ様がお命じになられたのでございます」
「イフリータが? なんでイフリータは鈴ちゃんが通訳できるって知っているんだよ。今日初めて会ったんだよな」
「申し訳ございません。無知で愚かなわたくしめには存ぜぬことなのでございます」
アニカがフレッドに教えてイフリータに……それはない。
ならここに来てから気付いた?
ないとは言い切れないか。
「ご安心されるのでございます。通訳した内容はスズ様に影響を及ぼさないのでございます」
「どうしてそう言える」
あの子は頭がいいんだ。
簡単に理解できるだろ。
「スズ様は通訳なされた内容を覚えていらっしゃらないのでございます」
「鈴ちゃんは記憶力いいだろ」
「そういう訓練をされていたのでございます」
「訓練?!」
訓練でどうにかなることなのか?
「でもナームコに説明できたんだから覚えているってことだろ」
「記憶は残っているのでございますが、それはあくまで船の機能としてなのでございます。スズ様ご本人にご影響はございません」
「船の機能って……」
「スズ様ご本人がそう仰られていたのでございます」
「鈴ちゃんが……適当なことを言っているんじゃないだろうな」
「お兄様に誓ってそのようなことはございません」
お兄様に誓って……か。
なら信じるしかない。
「分かった。疑って悪かったな」
お詫び……というわけでもないが、頭を軽く撫でてやった。
これがよくなかった。
真面目な顔が一転、顔を緩ませながら目が涙で潤んでいった。
「ああ……兄様が御自らわたくしめの頭をお撫でになられるなんて……なんて幸せなことなのでございましょう」
「大袈裟なんだよっ」
こういうところが無ければなー。
これ以上は話が聞けそうにない。
『ニンジャ、そっちはどうなっている?』
『はっ、一殿が心琴殿の本宅へ行かれようとしたでござるが、拘束されてしまったのでござる』
『拘束?!』
『現在、地下民が軟禁されていた部屋に居られる可能性が高いのでござる』
あそこか。
あそこじゃ確認できないな。
『一さんに教えるべきだろうか……』
『兄様が考えることではございません。わたくしたちは、所詮部外者なのでございます。決めるのは当事者同士でなければいけないのでございます』
『そうかもしれないけど……いつまでも隠し通せることじゃないだろ』
『それこそ考えるだけ無駄なのでございます。わたくしたちはここを去り、恐らく2度と来ることは無いのでございます。これ以上関わり合うのはよろしくないのでございます。ましてわたくしたちは歓迎されて――』
『分かった分かった! もう関わらないよ。それでいいんだろ』
『さすが兄様。賢明な判断なのでございます』
賢明ね……
本当ならきちんと伝えた方がいいと思うんだけど、それは俺が子供だからそう思うだけなのかな。
「時子はエイルの荷物を、ナームコはアニカの荷物を持ってきてくれ」
「うん」
「分かったのでございます」
「タイム、フブキの鞄を出してくれ」
「はーい」
「鈴、フブキ、帰るぞ」
「はい、パパ」
「わふん!」
久しぶりにタイムと一緒に、フブキに荷物鞄を括り付ける。
オリジナルはエイルのバイクに積んだままになっている。
これはタイムが作った幻燈機用のデータだ。
今日は鈴ちゃんも手伝ってくれている。
初めてだから教えながらだけど。
でも楽しそうだな。
そして鞄の中にみんなの荷物を入れていく。
あ、エイルの携帯端末……
ルイエは大人しいな。
騒ぐかと思ったのに、不気味なほど静かだ。
既に泣き疲れて寝てしまったとか?
タイムには嫌な役を押しつけちゃったな。
「忘れ物はないな。帰るぞ」
鈴ちゃんをフブキに乗せて移動を――
「あれ? パパー、エイルオバさんは?」
う、気づかれた。
どうする。
旅立ったなんて素直に言うと壁耳に聞かれるし。
かといって死んだなんて話すと後々ややこしくなる。
こういうときはなんて言えばいいんだ。
えーと、えーと……
「鈴、エイルオバさんはね、オバさんのお父さんと一緒に遠いところへ旅に行ったんだよ」
時子?!
「遠いところ?」
「そう。だから暫く会えないんだよ」
「暫くって、どのくらい?」
「ごめんね。ママにも分からないの。だから、旅の無事をお祈りしましょうね」
「うんっ。エイルオバさん、オバさんのお父さん、突然の旅立ちに接し、大変驚いております。いつまでもお元気でお側に居てくださるものと思っておりましたので、残念でなりません。共に過ごした日々は、今も鈴にとって大切な思い出です。お二人の旅立ちをお祈りいたします」
え、なにこのしっかりとしたお祈りは。
こんな文章、俺には思いつかないぞ。
時子も驚いた顔をしている。
そりゃそうだ。子供らしからぬお祈りだ。
〝元気でね。バイバイ〟くらいだと思っていたからな。
「うや……変だった?」
「そんなことないぞ。むしろ凄くよかったくらいだ。何処でそんな言葉を覚えてきたんだ?」
「パパがくれた御本の中に書いてあったんだよ」
「あー本! 本ね。本かぁ」
そういうことか。
これも教育されたうちの1つってことか。
感心する反面、子供のうちに覚える言葉じゃないと思う。
『誤魔化したつもりなんだけどな。鈴には二人が死んだってことがバレてるみたい』
『え?』
『だってあれ、どう考えてもお悔やみの言葉だもの。もっと上手く誤魔化せればよかったんだけど……』
『十分上手くやれたと思うぞ。俺なんか全然思いつかなかったし』
『それはそれで問題よ』
『う、すまん』
後はアニカだけか。
とにかくまずは船に向かうぞ。
次回は、ならどんだけなんだよ