第109話 村長の決断
脅威が去ったんだからいいことじゃないのか。
厄介……なにが厄介なんだ。
「魔物に襲われ、村人にかなりの被害がでたのでございますが、同時に不思議なことも起こったのでございます」
「不思議なこと?」
「魔物に襲われてお亡くなりになられた村人は、魔物になる可能性があるのでございます。ですので魔物同様燃やす必要があるのでございますが、人手が足らず、このままでは魔物化してしまう可能性が出たとのことでございました」
〝失礼する。アニカ殿に話がある〟
「え、村長が直接離れに来たのか?」
「左様でございます。ですがこのとき、既にアニカ様はお倒れになられた後でございました」
〝何奴じゃ〟
「おい! イフリータに対応させたのか?! ナームコはなにをしていたんだよ」
「申し訳ございません。アニカ様のこととなりますと、イフリータ様に勝てる者などございません」
くっ、それを言われるとナームコを責めるわけにもいかない。
多分俺でも出遅れる。
でもナームコとイフリータって初対面じゃなかったっけ。
よくそこまで見抜いたな。
〝お、おお……私はこの村の長、阿長治である〟
〝我が主様に何用じゃ〟
お前の主様はフレッドだろうがっ。
〝いや、実際に用があるのはお主にだ〟
〝我に用じゃと?〟
〝今この村は魔物の所為で死人に溢れておる。このままでは死人が魔物化してしまうだろう。だが私どもだけでは手が足らぬ。そこでお主に手を貸してもらえぬものか……と思うての〟
〝羽虫如きが、我に手を貸せじゃと?〟
〝ぐ……そうだ〟
怖いもの知らずだなぁ。
でも村を救うためにはそういった度胸も必要なのかも知れない。
「そこで断ったと?」
「いえ、引き受けてくださったのでございます」
「あのイフリータが?!」
「なんでも、アニカ様が世話になった礼だとか申されたそうで」
マジかー。信じられん。
んー、今のところなんの問題もなさそうだぞ。
〝じゃが我にはお主たちの生き死になぞ興味が無い。故に生者と死者の区別が付かぬのじゃ。手を貸せと申すならば、死者を1カ所に集めよ。それが条件じゃ〟
〝承知した〟
「区別つかないのかよ」
「正直に申しますと、わたくしもイフリータ様と同意見なのでございます」
「そうなのか?!」
そういう俺も鉱石認定されたり鉄人形呼ばわりされたからな。
人のことは言えん。
「それで死者を1カ所に集めたのか?」
「はい。それによって問題が発覚したのでございます」
「どういうことだ?」
「遺体の数が少なかったのでございます」
「少ない?」
〝既に火炎組が処理したのではないのか〟
「火炎組?」
「防衛隊の中で魔物や遺体を焼く役割を持った方々なのだそうでございます」
つまり時子と同じ役割をしている人たちのことか。
〝そのような記録はないとの報告があります〟
〝他にも炎に包まれたと思ったら、隣にいた者が一瞬で灰になって消えたという証言もございます〟
〝外傷もなく、ショック死したと思われる遺体も多数存在しています〟
〝どういうことだ〟
……なんかきな臭いにおいがしてきたぞ。
〝ふむ、それは我の分身に触れた者であろう〟
〝それはどういう意味だ〟
〝いちいち魔物を確認して滅するのは手間じゃからのう。辺り一帯を劫火に包んだのじゃ。その際に巻き込まれた者じゃろう〟
巻き込まれたじゃねぇよっ。
なんてことをしてくれたんだ。
〝お主がやったと申すか!〟
〝勘違いするな、羽虫ども。我が主様は無益な殺生は好まぬ。故にお前たちが我に触れたとてなんともないのじゃ。敵意が無くばな〟
〝敵意……だと?〟
〝そうじゃ。お前たちが我や主様に対して敵意があればただでは済まぬ。村長だったか。試しに我に触れてみるか?〟
〝う……て、敵対するつもりは無い〟
〝っはっはっは。賢明な判断じゃ〟
「村長はイフリータに触れたのか?」
「いえ、触れなかったと聞いているのでございます」
つまり敵意はあるが敵対はしない……ってことかな。
イフリータにはそれが分かるから〝賢明な判断〟と言ったのか。
「じゃあ外傷もなくショック死したってヤツは、イフリータは関係ないんだな」
「それが、恐らく炎に包まれたことにより、思い込みで死んだと勘違いしたのではないかというのが有力な見解なのでございます」
「そんなことで死ぬのか?」
「被験者に熱したアイロンを見せ、目隠しをした後に冷めたアイロンを押しつける実験をした者が居るのでございます。その結果、押しつけた部分が火傷したとのことでございます」
「……マジ?」
「マジなのでございます」
思い込みって凄いな。
アイロンでさえ思い込みで火傷をするんだ。
全身が炎に包まれたらショックで心臓が止まってもおかしくなさそうだ。
つまりかなりの人がイフリータが原因で死んだ……ってことか。
そりゃさっさと出て行けって言いたくもなるわ。
お手伝いさんたちがなんとなく冷たい感じがしたのも納得した。
……まてよ。
「まさか心琴さんを殺したのって」
「イフリータ様ではございません。遺体の胸には大きな穴が開いておられたのでございます」
「穴?!」
「恐らく、心臓をひと突きにされたものかと存じるのでございます」
「心臓を……ひと突き……」
確かにイフリータだったらそんなやり方はしない。
仮にしたとしてもそこから燃え広がって遺体すら残っていないだろう。
「それで、イフリータは遺体を燃やしたのか?」
「はい。そういうお約束でございましたから」
「よく村長はイフリータに燃やさせたな」
「かなり険しい表情でイフリータ様を睨み付けておられたのでございますが、このまま放置しても二次被害が出るやも知れないのでございます。反対する者も大勢おられたのでございますが、押し切って頭を下げておられたのでございます」
マジかー。
俺だったらこんな相手に頭を下げてまで頼めるか? いや無理だな。
村長の判断が正しいのかどうかは分からない。
でも現状では最善だったんじゃないか。
「心琴さんも?」
「でございます」
例外は無し……か。
「それで、イフリータは?」
「フレッド様が限界だと仰られてお帰りになられたのでございます」
あー力の源はフレッドだからな。
……やっぱりお前の主様はフレッドじゃねーかっ!
次回は遠いところです