第104話 正しいビスケットの食べ方
副総裁の下を離れ、ナースたちのところへと戻ってきた。
あのビニールハウスみたいなのが無菌室らしい。
近づいてみると、まだ手術中のようだ。
2人が額に汗……は流していないか。
ドラマのように額の汗を拭うシーンは無い。
とにかく真剣な眼差しでやっている。
その近くには身内の人だろうか。
座り込んで祈っている人が居る。
祈っている?!
ここには宗教があるってことかな。
ああいう光景はこの世界で初めて見る。
『マスター、戻ったの?』
『よそ見をするな。集中しろ』
『はぁーい。もうすぐ終わるから』
『2時間掛かるんじゃなかったのか?』
『2人がかりでやれば楽勝よ!』
『気を抜かないで。仕上げを失敗したら台無しよ』
『分かってるって。ナースこそ、マスターに見られてるからって緊張しないでよね』
『してないわよっ!』
なにやってるんだか。
なんにしても終わるまで待つしかない。
見守っていたいところだけど、ナースを緊張させても悪いからさっき居たところで待つことにするか。
「邪魔しちゃ悪いし、向こうで待ってよう」
「邪魔?」
「俺が見ていると緊張するらしいからな」
『マスターまでっ!』
「あはは。そうね。お姉ちゃん、頑張って」
『ありがとう』
「姉上……なのか?」
「はい」
『待て待て。タイムは電力の妖精ってことになっているんだから、その妹となると時子まで電力の妖精ってことになっちまうぞ』
「その、姉のように慕わせてもらっています」
「そうであったか」
「ええ、そうなんですよ。あはは……はは」
なんとか誤魔化せたかな。
「では、行きましょう」
「その前に腹を空かせているのではないか。あそこで炊き出しをしている。貰ってきてはどうだ」
「いいんですか?」
「むしろあのような物で申し訳ないくらいだ」
「そんなことありません。いただきます」
「では我々は先に戻っている」
「ニジェールさんは食べないんですか?」
一さんはここのものが食べられないから分かるけど。
「っはっは。実は既に済ませてある。では、ゆっくりするがいい」
それもそうか。
軍人が炊き出しを配る方じゃなくて貰う方ってのは、変な気がする。
きちんと用意されているだろうし。
2人と別れ、時子と炊き出しの列に並ぶ。
本当に沢山の人が生き残っていたんだな。
もしあのままだったら魔物に見つかったり、怪我が悪化したりで帰らぬ人になっていたかも知れない。
そんな気は無かったけど、結果として大勢の人を救ったことになるんだな。
なんか、照れくさい。
……などと思いながら炊き出しを貰って近くに用意されていたテーブルの空いているところに座ったわけだが。
誰1人として声を掛けてくるものは居なかった。
知ってたけどね。
別に感謝されたくてしたことじゃないし、恩を着せるつもりもないけどさ。
照れくさかった自分が恥ずかしい。
そりゃそうだ。ニジェールさんならともかく、俺たちに知名度などない。
大体こんなところで炊き出しをもらいに来ているとか思うはずもない。
そもそも大半はタイムが作った地図を元に救助された人たちなんじゃないか。
俺たちが直接関わった人たちなんてごく少数のはず。
本当の立役者はタイムだ。
だというのに……あー、穴があったら入りたい。
それでも腹ってヤツは飯を寄越せと鳴いてせがんでくる。
恥ずかしさを食欲で誤魔化すしかないっ!
食うぞ! ……って、これ、俺の腹の音じゃない。
あーそっか。
『俺の分もやるよ』
『えっ、要らないよ!』
『前のときみたいに腹減っているんだろ。俺はビスケットの残りがあるから、これは時子が食べて』
『だからいいって』
『腹は〝ありがとう〟って言っているみたいだが?』
『う……バカッ! もー、なんで静かにしてられないの?』
『髪の短い時子もいいけど、やっぱり長い方が綺麗だからな。早く戻ってくれ』
『うー、そういうこと言わないでよっ、バカッ』
『綺麗に食べられたら頭撫でてやろうか』
『そういうの、要らないからっ……もぅ』
あー、ビスケット硬ぇ。
炊き出しはいろいろな具材が小さく刻まれた煮込みスープだ。
これで腹が膨れるとは思えないが、身体は温まるだろう。
『どうだ?』
『薄味かな。味付けは塩だけみたい。素材の味しかしない感じ。ほんのり甘いかも。具は噛まなくてもいいくらい柔らかくて小さい。これなら好き嫌いなく食べられそう』
なるほどねー。
ビスケットよりよさそうだ。
あ、もう1枚あるんだっけ。
『これも食べる? スープに浸せば柔らかくなって食べやすくなるんじゃないか?』
『これに?!』
『そうそう』
『モナカがやってみれば? 私はいいよ』
『そうか? んじゃお言葉に甘えて』
『あっ』
囓りかけのビスケットを浸してみる。
これ、スープ吸っているのか?
よく分からんけど浸したところを食ってみる。
んーあんまり吸っていない。
それでも吸った部分は柔らかくなって食べやすい。
ボソボソだった食感が改善されている。
それだけで美味しくなった気がする。
元々が悪すぎたからそう感じるだけかも。
『どう?』
『悪くはないけどそれだけかな。そうだ! 細かく砕いてクルトンみたいにして食べるのはアリかも知れない』
残っているビスケットを砕き……砕……ふんっ! 砕きながらバラバラとスープに乗せてみた。
『もう、自分の分でやればいいでしょ。なんで私の分でやるの』
『だから時子にやるって。嫌ならこっちは俺が飲むから』
『別に嫌って訳じゃ……』
文句を言う割には食べるんだな。
『あ、美味しい。ビスケットが変に味付けされてないから邪魔しないし、食感がアクセントになってていい。スープと一緒だからパサパサしないし、なにより硬すぎない。アリだね』
『じゃあ残りはこっちに入れておくぞ』
なんだかんだ言って、時子は俺の分も綺麗に食べた。
でも足りなさそう。
食器は使い捨てらしい。
近くにあったゴミ箱へ入れる。
洗うにも水が必要だし、この方がいいのか。
次回は不機嫌です