第103話 遺物
時子の頭を撫でながらボーッと眺めていると、ニジェールさんが戻ってきた。
「おまたせしました。副総裁がお待ちです」
「はい。時子」
俺の腕の中でずっと大人しくしている。
嫌がることもなく、ただジッとしている。
寝ているわけではない。
「ん……大丈夫」
呼びかけると俺からそっと離れた。
落ち着いたのか、穏やかな顔つきをしている。
大丈夫かな。
ニジェールさんに連れられ、移動を開始する。
途中でナースの隣を通った。
ふーん、現地の医療品を使っているのか。
四天王も子供の相手で忙しそうだな。
遊んでいるようにしか見えないけど、あれで子供の不安な気持ちとか怖い気持ちを和らげているんだろう。
『行ってくるっ』
『! 行ってらっしゃい』
「痛っ」
「大の大人が騒がないの。子供が怖がるでしょ」
はは、大丈夫……かな。
「ん?」
ニジェールさんがナースたちに気づいたらしい。
見知らぬものが医療行為をしていたら、不審だろうな。
「ちょっと失礼」
「あれは妖精さんですよ」
「えっ。あのようなお姿であったか? なにより人と変わらぬ大きさではないか」
「あー、えーと。複数の妖精さんと契約しています。その内の1人です。大きさに関しては、ある程度自由がきくんです」
ということにしておこう。
大きさに関しては事実だし。
「そうであったか。失礼する」
ニジェールさんはナースに近づいていった。
「妖精様、怪我人を診てくれていたのだな」
「寝ていたマスターを守ってくれたお礼よ。気にしないで」
話しかけられても手は止まらない。
目も合わせない。
ただ黙々と治療を続けている。
「軍人として民間人を守るのは当然のことだ。そもそも貴君らの働きと比べたら、取るに足らぬこと」
「あなたたちのために魔人を倒したわけじゃないの。それに折角マスターが生かして連れ帰ってきたのよ。死なれたら寝覚めが悪いじゃない」
俺の手柄みたいに言っているけど、全部タイムがやったことだからな。
「感謝する」
そう言ってビシッと敬礼をした。
「マスターに言ってちょうだい」
『素直に受け取っとけ。俺はなにもしていない。やっているのはナースたちだ』
「……どういたしまして。あ、まだ動いたらダメよ。ほら、傷が開いてしまったわ。死にたくなかったら大人しくなさい」
よし、ここはナースたちに任せておけば問題ない。
俺たちもやるべきことをやろう。
その場を離れ、ニジェールさんに連れられてテントの前まで来た。
テントと言っても結構大きいな。
10人……いやもっとかな。立ったまま入っても余裕そうだ。
あ、しまった。この中かー。
「副総裁はこの中におられます」
やっぱり。
まいったな。
「失礼します。モナカ様御一行、お連れしました」
「入れ」
「はっ。入るぞ」
「あー、それが……その」
「どうかしたのか?」
「詳しくは言えませんが、タイムと……妖精と契約した制限でこの中に入ると妖精が妖精界へ還ってしまいます」
「本当か」
「そうなると治療が続けられなくなります。可能でしたら中に居る間は入り口を開けっぱなしにしてもらえると助かります」
「そうか。少々待っておれ」
『ナース、聞いていたと思うけど、そういうわけだ。場合によってはそっちにいられなくなるからキリのいいところで止めておいてくれ』
『無理よ。今急変した患者のオペ中なの。今接続が切れたら無菌室も消えてしまうわ』
『なに?! 分かった。どのくらいで終わりそうだ?』
『2時間は掛かると思うわ』
『そんなにか!』
『タイムも手伝いに行ってくるね』
『出来るのか?』
『ふふっ、忘れたの? タイム・オブ・ターイム、ナースモード タイムちゃん! 行ってきます』
『気をつけてな。って、空を走るな!』
『こっちの方が一直線で行けるんだよ』
『だからって……』
下から見えるだろうが。まったく。
ただでさえ短いんだからさー。
でもそっか。
ナースが出ててもナースになれるのか。
しかし2人も大人サイズになって大丈夫なんだ……
四天王だってお人形サイズじゃないんだぞ。。
こんな短時間にどうやってそんなに充電ができたんだ?
「待たせた」
テントの中に入っていったニジェールさんが出てきた。
それだけじゃない。
副総裁も一緒に出てきてくれた。
反射的に頭を下げた。
みんなも同様に下げている。
これが権力者の風格というものか。
一緒に居たときはそんな風に感じなかったのにな。
「怪我人の治療をしてくれているそうだな。感謝しよう」
「いえ、護衛してくれたお礼です」
ってことでいいんだよな。
「報告は受けている。新種の討伐、ご苦労であった。おや? お一人足りないようだな。確かエイルといったか」
「はい。実は………………」
「………………そうであったか。近衛兵長、どういうことかね。そのような報告、受けておらぬぞ」
「申し訳ありません。後処理に追われており、気付いておりませんでした」
「言い訳はいい! うちの者が失礼した。詫びよう」
「いえ、お気になさらず」
「エイル様の魂が安らかな休暇を過ごされることを願おう」
休暇?!
もしかして眠りにつくとかと同じ意味なのか?
それじゃあ、今までの〝休暇〟も全部……
「ありがとうございます」
「それで、地上に戻るとのことであったな」
「はい。治療が落ち着いたら戻ろうと思います」
「急いでおると聞いたが、よろしいのか?」
「そうなんですが、途中で投げたら怒られそうで……はは」
心琴さんならきっとそうだろう。
「そうか。近衛兵長、途中までお供しろ」
「はっ」
「いえ、お気遣いなく」
「来た道を戻るのであろう。ゲートを通る手続きをするために同行するのだ」
あ、そっか。
確かにそうだ。
「お願いします」
「なにか礼の品でも渡せればよいのだが……」
「そんなの、受け取れませんよ」
そもそもの元凶がエイルのお父さんだからな。
口が裂けても言えないけど。
「礼儀というものがある。そうだな……では、これを受け取ってくれ」
胸の内ポケットから財布かな……をだすと、中からコインを1枚取り出し、それを渡してきた。
ここのお金かな。
500円玉くらいの大きさだ。
見た目より重いような気がする。
随分ボロボロだな。錆びているし。
「これは?」
「分からぬ。言い伝えでは5000年前の物らしい」
「そんな貴重な物、受け取れません」
エイルだったら〝返せと言われても返さないのよ〟とか言いそう。
「今渡せるような物は他にない。貴方方は古代語が理解できるのであろう。これに書かれている文字が読めるのではないか。役に立つかは分からぬが、受け取ってくれ。我らが持っていても、古物以上の価値はない」
「分かりました。大切にします」
これを餌にエイルを連れ帰るのも悪くない。
「……お前が地上民だったな。一応礼は言っておく。それと上に魔物を逃がしてしまったことは詫びよう。だが元はといえばお前たちが魔物をこちらへ逃がしたことが発端。言いたいことはあるだろうが、お互い水に流そうではないか。これ以上関わり合いは持たぬ方がお互いのためだ。ここでのことは忘れよ」
「え、あ、その……」
「なんだ。代表者の癖にこちらの言葉も話せぬのか。情けない」
不可侵なんだから、話せなくても仕方がないんじゃないか。
逆に地下民の人は何処で勉強したんだろう。
でもこういうとき話せないと不便だよな。
「僕が通訳しますから」
「なにからなにまで世話になる」
「いえ、このくらい。一さん、………………」
「………………分かりました。それがよさそうですね」
「もう2度と会うこともあるまい。気をつけて帰られよ」
「はい。お世話になりました。さようなら」
次回はお腹が鳴ります