第100話 成功が必ずしも良い結果をもたらすとは限らない
「行くぞ」
「あ、待って」
「どうした。なにか落としたのか?」
「エイルさんにお父さんの身分証を頼まれたの」
身分証……ドッグタグの代わりか。
って! 時子の髪短っ。
腰までしかないぞ。
そういえば、以前にも短くなっていたことがあったな。
確か急速充電をしたら短くなるとか……
俺が原因か。
前より短くなっている。
それだけ大量に使ったってことだよな。
その結果が5時間か。
割に合わないな。
お父さんは直ぐ近くに倒れている。
当然エイルも見たんだよな……
恨まれて当然だ。
だから一緒に居たくなくて1人で?
……いや、そんなヤツじゃない。
「えーと、[解毒]っと」
「だから不用意に使うなって言っているだろ」
「大丈夫よ。失敗してもここには私たちしか居ないんだから」
それはそうだけど。
「それに、失敗したらどうなるかも知っておいて損はないんじゃないの?」
「対象の消滅とかだったらどうするんだよ」
「あ……[キャンセル]!」
「出来るのか?」
「言ってみただけ」
「おいっ!」
「あはははは……あ、成功したよ」
「……本当に幸運の持ち主だな。チーターめ」
「不正なんかしてな……うっ」
「うわっ。身体が……」
ほとんどがグズグズに溶けて消え、一抱えの小さな肉の塊になってしまった。
人の形すらしていないから気持ち悪さもない。
魔獣の時と違うぞ。
「多分毒素が身体の一部になっていたんだよ。それを浄化したから……」
タイムの言うとおりかも知れない。
でもそれはオオカミも一緒だったんじゃないのか。
「私が悪いの?」
「違う。時子は悪くない」
「でも、私が[解毒]なんて使わなければこんなことには……うっ」
「最期に綺麗な身体に戻れたんだ。感謝しているさ」
「でもこんな姿じゃ、トレイシーさんに会わせられないじゃないっ」
「[解毒]しなくても会わせられないんだ。なにも変わらないさ」
「でもっ……私が安易に使ったりしなければ」
「それも違う。よかれと思ってやったんだろ。分かってくれるさ」
「ううっ、ごめんなさい」
オオカミと人間でこうも違うものなのか?
単に侵食率の違い?
服もボロボロだ。
身分証は?
えーと、あった。
結構ボロボロだ。それでも形を保っている。
これを形見としてトレイシーさんに渡せばいい。
他に形見になりそうなものは……ダメだ。触れば崩れるようなものしかない。
「時子、デニスさんを火葬してやってくれないか」
「マスター! それはちょっと配慮が足りないんじゃない? 少しは――」
「違うよ。デニスさんをこのまま放置できないでしょ。それにモナカにもお姉ちゃんにも出来ない。私にしか出来ないことなんだよ。泣いてなんか居られないわ」
「だからって」
「タイムの言うとおりだ。悪かった」
「ううん、私は大丈夫。最後まで責任は取らないと。それにモナカより辛い人なんて、ここには居ないんだよ」
「時子だって辛いだろ」
「こんなことで立ち止まれないもの」
「〝こんなこと〟なんかじゃないよっ」
「そういう世界に私たちはいるの。アニカさんや、ナームコさん、鈴だって私たちだっていつこうなるか分からない。慣れていかないと先になんか進めやしないわ」
「慣れる必要は無い。帰れたとき、辛いぞ」
「……あなたを置いて帰れないわ」
「え?」
「なんでもない」
火球を撃ち込むと、いとも簡単に燃え上がった。
やはり死んでいると抵抗する意思が無くなるんだな。
ユラユラと揺らめく炎。
とても儚く、弱々しい。
時子の言うように、次は俺たちの番かも知れない。
そんなことにはさせない。
必ず守りきるんだ。
そしてエイルを連れて帰る。
タイムはなにも言ってこない。
この近くには居ないのか?
幾らタイムの索敵が優れていても、あくまで目視。
隠れられたら見つけようがない。
エイルはタイムのことをよく知っている。
どう隠れてなにに注意すればいいかなんて、俺より分かっているはずだ。
見つけられなくても責めるのは……待てよ。
エイルは俺が死んだと思っている。
当然そうなればタイムも消えて居なくなることを知っている。
なら隠れる必要は無いはずだ。
何故見つからない?
俺がタイムを過大評価しているだけか?
そもそも何処へ行く?
誰が考えても船で移動した方がいいに決まっている。
なのに独りで?
時子が嘘を吐くとも考えられない。
なら誰かと待ち合わせて?
……一体誰だ。
エイルの探し人はお父さんだ。
そのお父さんは……デニスさんは俺が殺した。
人捜しじゃない?
『なあタイム、どう思う?』
『もしかしたら……』
『心当たりがあるのか』
『あるけど、タイムの口からは言えないよ』
『エイルとの秘密か』
『うん……ごめんなさい』
『いいって』
エイルが自分から話してくれるまで待つしかない。
『とにかく心当たりがあるのなら安心だ。捜索は打ち切ってくれ』
『えっ?! いいの?』
『1人で行ったわけじゃなさそうだし、タイムがまだ見つけられないくらいなんだ。腕が立つ人と一緒に居るんだろう』
『うん、分かった……』
『落ち込むなって。俺たちは所詮素人だ。かくれんぼで無双できても、捜索のプロじゃない。気にするな』
『うん……』
「……また……」
「よし、一さんと合流するぞ」
「うん」
「……うん」
「時子? 元気ないな」
「ううん、なんでもない。行きましょう」
「ああ」
次回はみんなと合流して戻りましょう