第9話 言語
話しかけようにもまだ翻訳ができない。
言語データが買えないと、相手には日本語のまま聞こえるってことだよな。
一応挨拶だけでもしておくか?
ここに来た目的とか。
それに反応して何か喋ってくれれば、購入できるようになるかも知れない。
「こんばんは」
また一歩下がられた。
そしてリーダー格のヤツに身構えられてしまった。
そういう反応を期待したんじゃないんだけどな。
「あ、いや、戦う気はありません」
といいながら武器を持っていないことをアピールするために両手の平を見せた。
それが逆効果なのか、更に数歩下がられてしまった。
当然リーダー格のヤツには、腰の剣に手を掛けられてしまった。
えー、どうしろっていうんだ。
動くこと自体が警戒を強めることになるとでも?
ここまで来たら気にしても始まらない。
「その……できれば話し合いですませてもらえるとありがたいんですが」
動かなかった所為か、事態が悪化することはなかったようだ。
好転することもなかったけど。
「えー、言葉……通じてませんよね。ははっ」
相手から返事がない。
言葉を発してもらわないと、翻訳もなにもないんだよね。
うう、静寂が胸に刺さる。
「突然訪れてすみません。驚かれましたよね。謝罪します。私たちに戦う意思はありません。どうか話を聞いてもらえないでしょうか」
時子も話しかけたが、やはり返事が返ってこない。
言語相互翻訳が働いていないのは確実だ。
この世界の人たちじゃない?
単に他国の生き残りだから言語が違う?
なんとかして、一言でいいから……一言でいいのか?
とにかく言葉を発してもらわないと始まらない。
『どうする?』
『分からないわよ』
静寂の中、包囲網の中から1人の男性が出てきた。
武装はしていないように見える。
それどころかここに居る人たちの中で1番ひ弱そうだ。
リーダー格のヤツにゆっくり近づいていくと、肩を掴んだ。
ひ弱な男に気付くと、なにか喋ったぞ。
『タイム』
『ちょっと待って。えーと……』
少し話していると、ヤツは構えを解いた。
どうやら男の方は話し合いをしようという意思があるっぽい。
助かるな。
〝お騒がせしてすみません。私たちは貴方たちと戦う意思はありません〟
この声はエイル?!
船外スピーカーでいきなり話しかけてきたぞ。
『エイル、なにやっているんだよ』
『分かるの』
『分かるってなにが』
『かなり訛ってて分かりづらいけど、彼らの言葉が分かるの』
『本当か!』
『ええ。通じるかは分からないけど、試してみるわ』
試してみる……か。
通じればいいんだ……え、なんか騒がしい?
よく見ると取り囲んでいる人たちがザワついている。
つまりエイルの言葉が通じたってことか?
ひ弱そうな男が周りの人たちになにか話している。
でも声が届いていないのか、ざわつきは更に広がっていった。
「わんら、だっしゃ!」
うわっ、なんつーデカい声だ。
リーダー格のヤツがそう叫ぶと、アッという間に静かになった。
〝静かにしろ〟とでも言ったのかな。
ひ弱そうな男がなにか言うと、ヤツが背中を叩いて笑っている。
やっぱり笑い声って世界共通なんだな。
翻訳されなくても分かるぞ。
背中を叩かれた男はよろけて倒れそうになるが、その勢いのままこっちに歩き始めた。
そしてリーダー格のヤツと俺たちの真ん中辺りまで来て足を止めた。
「えー、まずは、いろいろと、失礼を、ごめんください、です」
なんだって?
『タイム、翻訳おかしくないか?』
『違うよ。あの人がおかしいんだよ』
そうなのか。
でも立場的にはこの中でも上の人なんだろ。
交渉に出てくるくらいなんだし。
「あたしの、古代語、分かるますでか?」
〝あたし〟?!
この人、女性なのか?
どう見ても優男にしか見えないんだけど。
というか、古代語?
〝言いたいことは分かります。大丈夫ですよ〟
「そうか。いいねです」
確かに言いたいことは分かるけど、言っていることはめちゃくちゃだな。
〝私の言葉は古代語なんですか?〟
「古代語に、近い、違うのです」
近いのか違うのか、はっきりしないな。
話し合いはエイルに任せておくとしよう。
なんにしても、戦闘にならなくてよかった。
『タイム、どうだ?』
『あったよ。買うね』
『ああ、任せる』
これでまともに会話できそうだ。
〝そうですか。では探すために――〟
『エイルさん、翻訳できるようになりましたよ』
『ありがとうこざいます。でも大丈夫ですよ』
『え?』
『鈴ちゃんが翻訳してくれていますから』
『ええっ?!』
はやっ!
もう相手の言語を理解しているのかよ。
一体どういう脳の構造をしているんだ。
でも鈴ちゃんが居るなら、言語相互翻訳は用済みなのか?
買う必要無かったかなー。
次回はバラバラだよね、です