豊橋駅
第1章 豊橋駅
チンチン電車なんて日本にあとどれだけ残っているんだろう。僕は少なくとも路面電車に懐かしさとか、郷愁だとかを感じたことはなかった。それは世代のせいか、はたまた交通機関とは無縁の山間の集落で育ったせいか、はっきりしない。しかし、今この混みごみとした豊橋駅に立っている僕は、どこか少年時代への退行を求めているようだった。人は少年時代に戻りたい時に、決まって故郷を目指すものだと思う。そんなちょっとした人生のイベントに、なぜこの豊橋を選んだのかは自分なりに納得できる節がある。それは紛れもなく、この街が僕の故郷だからである。
戦争下で軍都として発展してきたこの街は、ほかに比べて先進的であったと言えるだろう。しかしそれは一昔前の話で、今となっては80年代のブームにあやかって建設されたであろう、多くの喫茶店の名残が、どこかレトロな様相である。そんな街並みに反して、駅の中にはコーヒーショップやタピオカミルクティーなどイマドキなもので溢れかえっている。この街からはどこか、時代に取り残されてなるものか!といった意地のようなものを感じずにはいられない。しかしかつて賑わった喫茶店のように、いつかこれらも古い街並みを作り上げる要素の一つになっていくのであろう。そんな繰り返す時間の中には、たくさんの人の生活があり、自然と思い入れが生じてくるのだろう。そういった人たちにとって、ここは紛れもなく故郷である。僕とこの街のつながりは、あの子だけだ。大学4年のいま、今日まで色々な人に出会ってきたものの、恋人でもなかったあの子以上に恋しい人物は他に心当たりがない。そんな具合に、豊橋は僕の故郷になった。