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8話

 次の日、大河の対岸へ進む渡し船に揺られながらも、気まずい空気は続いていた。


 ――やはり、陶華は僕とは大きく考え方が違う。違うだけならまだしも、自分の考えを強要しようとして来るのは我慢ならない。

 陶華はというと、白い頭巾で目を隠したまま、そっぽを向いて小さく口を結んでいる。

 思わず見惚れそうになるのを堪えていると、おかしな音が聞こえて来た。

 この音は……足音。それも沢山だ。

 微かに水を切るような音も幾つかする。……船だろうか。


「陶華! 何かが来ます!」


「……何かとは何ですか」


「……何者かが……来ているのかも知れません」


 親衛隊が追ってきている、と言いかけたが船頭に聞かれるとまずいのでそこは言い換えておいた。

 陶華は、声をひそめて言った。


「数は何人ほどですか」


 僕も船頭に気付かれないよう、ささやき声にする。


「……百程でしょうか。船もあります」


「なら何とかなるでしょう。……逃げるのも大分面倒になって来ましたし、こちらから迎え撃ちましょうか」


 僕は、恐る恐る目深の頭巾で隠れた、陶華の右目を覗き見た。


「陶華……彼らは自分の勤めを果たしているだけで、悪人ばかりではないと思います」


「分かっています。殺しはしませんよ」


 料金を二倍にするから急げ、と陶華が刀銭をちらつかせると、船頭は長い髭を揺らして必死に船を進めた。


 対岸には、昨日泊まった町と同じように煉瓦の家が連なっていた。

 船から降りた僕が陶華の背中に飛びつくと、すぐに景色が飛ぶように流れて行く。


「まずは包囲を突破しましょうか」


「……いえ、包囲はされていません。足音がするのは大河の上流の……西の方からのみです」


「それはおかしいですね。阿呆親衛隊は馬鹿の一つ覚えのように包囲戦術を好んで使う筈ですが。少し様子を見てみましょうか」


 陶華は走る速度を落とし、生い茂る葦に身を隠しながら大河の上流の方へと進んで行く。

 やがて、小高い丘を見つけて屈んで隠れながら登り、足音がする方を見渡す。


「これは……賊徒でしょうか……」


 族は魚鱗のような鉄鎧を身に纏い、槍や弓や剣といった思い思いの武器を持って、町へと向かっている。

 ……百人程だろうか。

 軍船のような船にはそれぞれ十人程の矢筒を背負った族が座り込んで、櫂を引っ切り無しに漕いでいる。……その影が五艘はある。


 ――やはり親衛隊ではない。

 今思うと親衛隊にしては足並みが揃っていないし、白銀の鎧が擦れる音もしないのはおかしかった。

 やがて、村の目先まで辿り着いた陸路の賊徒は、先陣を槍兵に、後陣を弓兵にして横長の陣を作ろうとしている。

 河から降る軍船もいよいよ近付いて来る。

 陶華は、その光景を平然と見下していた。


「どうやら親衛隊ではないようですね。折角なのでここで見物していきましょうか」


 僕は縋るように陶華の腕を掴んだ。


「陶華! あの町を守りましょう!」


「嫌です。……面倒臭いので」


「お願いします陶華! 後生ですから賊徒を追い払ってください!」


「後生の頼みなら熊狩りの時に聞きました」


「無辜の民の命が奪われようとしているのです! どうか!」


「面倒臭いって言ってんだろ馬鹿餓鬼が……殺されたいんですか?」


 僕は陶華に手を振りほどかれ、勢い余って草むらに突っ伏してしまった。

 ――万事休すか。

 しかし、僕はふと思いついた。


「以前受け取った十点を使います」


 僕は何も入っていない手のひらを広げ、陶華へと差し出した。

 これは熊魔獣を退治した後、僕がそのことを吹聴しなかった事の褒美として、陶華から受け取った十点だ。

 姿形のないそれは、受け取った当時は使い道が分からなかったが、きっとこういう事だろう。

 あまり期待はしていなかったが、気まぐれながらも筋は通す陶華の事だから、案外通用するかも知れない。

 陶華は少し驚いたような顔をして、暫くそのまま押し黙った後、


「いいでしょう」


 少しだけ不敵な笑みを浮かべ、僕に背を向けてすぐ駆け出した。


 陶華は崖を飛び降りて颯爽と賊徒の陣に躍り出る。前列の端を蹴り飛ばし、誰かが取り落とした刀を奪う。

 取り囲もうとする賊徒を峰打ちにして弾き飛ばし、殴り飛ばし、挙句の果てに足を掴んで振り回して、弓兵へと投げつけた。


 弓兵は混乱しつつも矢を射かけていたが、その度に陶華は、文字通り目にもとまらぬ速さの剣閃で弾き、甲高い金属音を響かせる。

 町の歩哨がようやっと気付いて号令したのか、竹を組んだような板が煉瓦の町を取り囲み、城壁の様相を呈した。

 その時には既に陸路の賊徒は蜘蛛の子を散らしたように総崩れになっていた。

そして陶華は大河に浮かぶ軍船へと一跳びに跳び、また軍船を足場にして奥の軍船に跳び、一等大きな軍船に飛び移ると剣を取り出してなにやらやっているようだった。


 ……恐らく、軍船の隊長を脅しているのだろう。

 一時は騒然となっていた町から鬨の声が上がり、大河の彼方へと日が沈む頃、陶華はやっと戻って来た。

 褒章として受け取ったのだろう。玉の首輪や、数珠繋ぎの銀刀銭を引っかけた宝剣を右手に握り、左手には鶏の燻製か何かを紐で縛った物をぶら下げている。

 そのあっけらかんとした姿に僕は思わず頭を下げた。


「陶華……何とお礼を申していいか……」


「燻製ならあげませんよ。……欠片ならいいですけど」


「燻製の話などではありません。僕は今、猛烈に感謝、感動しているのです! あなたのお陰で賊徒から町を守ることが出来たのですから! それに……賊徒の命を一つも奪わないとは! 正に神業! ……やはりあなたは僕が憧れていた通りの、本当に素晴らしい人だ!」


 陶華は、僕を制するように手の平を突き出した。


「誤解しないでください。気まぐれにあなたに与えてしまった十点の始末を付けただけです。命を奪わなかったのも、後々の遺恨を避けての事ですし」


 酒も飲んだのだろうか、陶華は少しだけ頬が朱に染まっている。


「それでも良いのです。陶華からまたいつか点を受け取れるよう、僕は精一杯の努力を忘れません」


「まあ頑張ってください。こんな程度の事でそんなに喜んでいるようでは、二度と私から一点も受け取る事はないと思いますが」


 陶華は鶏肉を貪り喰いながら、不敵な笑みを浮かべた。

 僕はその笑みに不気味さに思わず眉根を寄せた。

 ――おかしい。……何か嫌な予感がする。


「いいからとっとと寝ましょう」


「……はい」


 僕は軽い胸騒ぎを憶えつつも、野営の準備を整えて眠りについた。


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