『8』
〜〜7月24日・終業式〜〜
部活動の報告や各教員からの連絡、校長先生の話も済み、無事に終わった終業式。
あとは、明日に迫った夏休みに備えて、家でゆっくりするのみ……とはならなかった。
このいじめグループの中心で白ギャルのルトナさんが、涼やかな眼差しを僕に向けながら――口元に微かな笑みを宿して僕に語り掛けてくる。
「――ほら、何してるの、平民パシリ。学校も終わったんだから、今日はみんなで早く遊びに行くわよ?」
そんなルトナさんの言葉に続くように、ヤンギャルの夏姫さんや黒ギャルの華鈴さんも同意の声を上げる。
「そうだ、そうだ!チンタラしてるうちに夜になっちまうぞ!!そしたら、お前みたいな貧弱パシリが一人でお家に帰れるか不安だし、強制的にアタシん家でお泊り決定な!……そうなったら、今からアタシの両親にする挨拶を考えとけよ、コラッ♡」
「む~!そんなの駄目に決まってんじゃん、なっちゃん!!……今日、この後解散し終わって家に帰宅したら、アタシがパシリ君とこっそり二人に内緒でネトゲで遊ぶ予定だったのに~~~!!」
そんな華鈴さんの言葉に対して、夏姫さんが「カリン!お前の方こそ出し抜くつもり満々じゃねぇか!」と叫び、ルトナさんも「それは聞き捨てならないわね……私にもその“ねとげ”とやらのやり方を教えなさい」と口にする。
今までとはほんの少し変わったけれど……それでも変わることのない三人の繋がり。
だけど、そんな光景を見ていた僕はそれどころじゃなかった。
慌てたように、僕はルトナさん達へと問いかける。
「ちょ、ちょっと待ってよルトナさん!!――あの話は明日からじゃなかったの!?」
そう口にしながら、僕は三人と約束したときの事を思い出していた――。
あの犬神君と綾凪さんに出会った屋上での経験の翌日、僕はいつもの家庭科室で、いつもとは違った真剣な表情で話を切り出した。
その内容は――『自分は三人のパシリなんだから、その範疇を越えた“子作りを目的とした二泊三日の温泉旅行”には付き合えない』という犬神君達に語った事だった。
「普通のイジメっ子はパシリとそういう行為なんかしないんだよ……!!だから、キャンセル料とかなら僕がお年玉とかお小遣いを切り崩して何とか払うから、今回の温泉旅行は諦めてくださいッ!!」
そう言いながら、三人に向かって勢いよく頭を下げる僕。
必死に覚悟を決めた僕の懇願だったが、対する三人の視線はどこまでも侮蔑的かつ冷酷なものだった。
重苦しい沈黙が場に充満していく中、しびれを切らしたヤンギャルの夏姫さんが盛大に僕を怒鳴りつけてくる。
「ふざけた事抜かしてんじゃねぇぞ、このパシリ野郎ッ!!――アタシだからまだ、お前との温泉旅行への期待で眠れない夜とか、テメェと会えない時間でも何とか耐えられていたが、旅行が中止になるとか、ルトナやカリンがどんだけ寂しがると思ってんだ、このタコッ!!……夏休み中、アタシは何を楽しみに生きていけば良いんだよぉ……ッ!?」
そう言いながら、後半から嗚咽を漏らし始める夏姫さん。
そんな情緒不安定になった夏姫さんに続くように、黒ギャルの華鈴さんが「そうそう!」と同意しながら更なる追い打ちをかけてくる。
「本当にそうだよね、なっちゃん!大体チー牛パシリオタ君は、アタシ等がちょっと優しくしてあげたからって、少し調子に乗りすぎだよね~。あまりにも勝手過ぎます!!……アタシにオタ趣味の事とかをみんなに曝け出させておきながら、まだ、アタシに君への本当の気持ちを言わせないと満足出来ないの……?」
普段の陽気ともいえるテンションとは対照的に、初めて見せる不安げな表情で訊ねてくる華鈴さん。
……なんだよ、これ。
『全部曝け出した』なんて言ってるけど、僕は華鈴さんの潤んだ瞳とかこんな表情なんて今まで一度も見た事なんてないぞ!?
こうやって、思考をかき乱そうとしてくるあたり、やっぱり華鈴さんはズルいや……!!
そんなドギマギと落ち着きをなくしてみっともなくなっている僕に対して、三人組の中心で白ギャルのルトナさんが、とどめをさすかのように腕組をしたまま、冷たい声音で僕へと言い放つ。
「――平民パシリの分際で、ここまで私達3人に手間をかけさせるなんて、本当に良い御身分ね。一体どんな気分なのか是非ともお聞かせ願いたいくらいだわ。……ここまでふざけた真似をされた以上、流石に今日は何があっても、貴方を抱きしめたりなんかしてあげないから。――明日の早朝に校門前で会うまでずっとおあずけだから、これも“自業自得”ってヤツだと思って覚悟なさい」
――あのルトナさんが、僕を抱擁してくれない……!?
冷たく言い放たれた彼女の発言を聞いて、僕は今更ながらに彼女を本気で怒らせたのだということに気づく。
――でも、ここで退いていちゃ駄目だ。
犬神君達とした約束を思い出しながら、僕は再び三人へと対峙する――!!
「僕は!この学校を卒業しても三人の“パシリ”じゃなくなったとしても!その先も、みんなと一緒に生きていきたいんだッ!――だから、みんなをお嫁さんとして迎えに行けるようになるまで、本当の“家族”を作るのは、もう少し待ってくださいッ!!」
そう一気に語ってから、あんぐりしている三人のうちの夏姫さんに話しかける。
「安藤 夏姫さん。悩みがちでなかなか行動出来ない僕の背中を、なんだかんだ厳しく言いながらも最後にしっかり後押ししてくれる夏姫さんの頼もしさには、いつも本当に助けられてました。――今度は、僕が夏姫さんに頼られるような男になってみせるから、そのときに僕と結婚してくださいッ!!」
「パ、パシリ……!!バカヤロ~、貧弱もやしのくせに、アタシを泣かせるってどういうつもりだよ……!!しっかり人生丸ごと使って落とし前つけないと、許さないからな!!……コラッ♡」
「ハイ!これからもビシバシよろしくお願いします、夏姫さん……!!」
そう返事すると同時に、僕は泣きじゃくる夏姫さんを抱きしめながら、彼女の頭を優しく撫でていく――。
ひとしきり落ち着かせてからは、次は華鈴さんへと視線を移す僕。
最初は他の二人同様に驚いていた彼女だったが、時間があった事もあってか、余裕そうともいえる悪戯めいた笑みを浮かべていた。
そんな華鈴さんに向けて僕も軽く笑みを返しながら、すぐに真剣な顔つきを意識して彼女に告白する。
「降幡 華鈴さん。アナタがいてくれたから、僕は友達もいないぼっち丸出しの陰キャな学校生活でも、誰かと一緒にゲームをしたりして遊ぶことがこんなに楽しいんだって思い出す事が出来たんだ。――まだまだ僕達がお互いに知らない事がたくさんあるかもしれないけど、それでも、そんな華鈴さんとなら笑い合える家庭を作れるって僕は信じてる!……まだ全然、華鈴さんには勝てない弱っちい僕だけど、それでも!どうか、僕のお嫁さんになってくださいッ!!」
これまでの華鈴さんとの記憶を思い出しながら、告げた僕の本当の気持ち。
それに対して華鈴さんは――盛大に呆れた表情を浮かべながら、大きなため息をつく。
……流石に、三人に告白するなんて都合が良すぎて無理があったかな?
そんな風に思考がネガティブになりかけていた僕に、華鈴さんが呆れた表情で呟く。
「ハァ~、まったく……まだ付き合ってすらいないってのに、いきなりお嫁さん……それも、複数の女の子を一気に自分のものにしようとか、色々段階すっ飛ばしすぎ&調子に乗りすぎ!!『恋愛関係の参考資料がラノベかエロゲしかありませ~~~ん♡』なチー牛オタ君には難しいかもしれないけど、そうやって簡単に女の子達の心を手籠めに出来ると思ったら、大間違いだかんな!」
そう口にしながら、頬を膨らませた華鈴さんが自身の胸を押し付けるように、ムギュッと僕の腕に抱きついてくる。
「そういう二次元の行動を現実でやっちゃうような痛い行動を、私達以外の他の女の子にさせないように、これからの人生ず~~~……っと厳しく見張ってやるんだからね!……だから、私にあぁ約束した以上は、絶対に泣いたりしちゃ駄目だよ?パシリ君☆」
そう叱りつけながら、華鈴さんが僕に向けてニカッと茶目っ気たっぷりに笑いかけてくる。
……あぁ、やっぱり華鈴さんは『オタクに優しくない重度のオタク女子』でそう甘くはないみたいだ。
これから先も、彼女には敵いそうにないかもしれない……と、僕はひしひしと感じていた。
「(……第一、勝ち負けならとっくの昔に、アタシが君にこんな感情持った時点で負けてるに決まってるじゃん……バカチー牛オタ♡)」
「え?今何か言った、華鈴さん?」
「うぅん!なんでもないよーだ!……それじゃあ、最後はアタシほど甘くないんだから、ビシッと本気で挑まないとダメだよ?パシリ君!」
「ぼ、僕は夏姫さんにしろ華鈴さんにしろ、本気です!!この気持ちはいい加減なんかじゃないよッ!」
「~~~ッ、そういうの良いから!とにかく行くッ!!」
そんな風に華鈴さんに促されながら、僕はいよいよ最後の相手と対峙する――!!