『4』
あのあまりにも衝撃的かつ絶望的な宣告を昼休みにされてから、それ以降の授業の内容は全く、僕の頭の中には入ってこなかった。
ボゥ……っとしているうちに、迎えた放課後。
僕は足取りもおぼつかないままで階段を昇っていき、屋上へと到着していた。
沈みゆく夕日と、グラウンドで練習する野球部員達などをぼんやりと眺めながら、一人静かに思索にふける僕。
考える内容は、当然僕と温泉旅行に行こうとしている三人のいじめっ子達の事だった。
「いっこうに変わらない関係だったとはいえ……やっぱり、夏姫さんとか結構限界来てる感じだったもんな~……」
当初は冗談半分で聞いていたけど、二人っきりになったときの夏姫さん曰く、
「三人の中で抜け駆け禁止の取り決めをしているから、僕にそういう行為で手出しする事は出来ない」
との事だった。
僕は今まで、
「僕みたいな陰キャ相手に、ムラムラしている自分の事を“恥”だと認識しているから、他の二人の事を持ち出して何とか自制しようとしているんだろうな」
と考えていた。
だが、今になって思うと、あの取り決めというのが本当だったのだと認識せざるを得なかった。
「夏姫さんの性格上、義理堅いというよりも、僕に手を出した事が他の二人にバレて、仲間外れにされたりすることが怖かったんだろうな~……夏姫さんって突っ張っているように見えて、結構臆病なところあるし……」
そんな夏姫さんや華鈴さんがもう素の部分とか裏の顔を出すのを気にしなくなるくらい、(未だに信じられない事ではあるが)僕に対する欲求とやらが限界を迎えていたんだろう。
「華鈴さんだって、あんなにオタク趣味がバレる事を嫌がっていたのに、今日は普通にゲームの話とかしてきたもんな。……他の二人は引いた様子もなくて、受け入れられたようで良かったけど、僕だけが知っているはずの華鈴さんの一面じゃなくなったって思うと、それはそれで寂しいかな……」
自分はこんな時に何をつまらない事を考えているんだと呆れつつも、つい苦笑を浮かべてしまう。
だが、そんな感情もすぐに切り替えざるを得なくなっていた。
「ルトナさんには、そういう意味では今までいろんな事を彼女に押し付け過ぎていたのかな……本来なら、そんな暴走しがちな二人を冷静な視点から諫めてくれるはずなのに、今回の二泊三日の温泉旅行はルトナさんが自ら率先して計画していたみたいだし……彼女も今までたくさん色々な事を我慢してきて、とうとう暴発しちゃった感じなんだろうな……」
ルトナさん曰く、宿泊予定日は八月一日。
なんでも、その日から三人のドストライクな日が上手く重なるようになっているらしい。
綿密な計画性と手際からして、ルトナさんは他の二人とも打ち合わせをしてるに違いないし、今回の発表でお互いがお互いにそれほど驚いていなかった事から判断するに、その段階でルトナさんは二人から本当の事を打ち明けられたのかもしれなかった。
彼女達が本当の友人同士になれたことを嬉しく思う反面、それだけの計画性をもっと先にまで向けられないのかと、僕は頭を抱える。
「……だって、学校を卒業するまで、あと一年以上もあるんだよ!?こんな状態で、いきなり妊娠したりさせたりなんかしていたら、全員退学になって人生破滅に決まってるじゃないか……!!」
そう何度も言っているのに、僕の発言は全く彼女達に聞き入れてもらえなかった。
そのくせ、どうするのか真面目に答えてもらい辺り、彼女達は――実家が裕福なルトナさんも含めて、全員人生を舐め切っているとしか言えなかった。
「みんな、家庭環境に恵まれていたり、もともとスペックが高めだから世の中何とかなる!って、漠然と考えているみたいだけど……退学させられた中卒が、マトモな職業になんかつけるはずないじゃないか……!!」
まして、彼女達より遙かに劣る陰キャの僕が、彼女達やその子供の面倒を見れるわけがない。
そして、そんな事が分からなくなるくらいに、彼女達が見境なくなるほどパシリに過ぎないはずの僕が追い詰めてしまっていたのだ……。
「……パシリだから、荷物持ちくらいなら出来るけど――流石に、そこまでみんなの人生を背負うのは無理だよッ!!」
これまで誰にも言えなかった苦悩を叫びながら、僕はこれまでのイジメの時とは異なる涙を流していく――。
今度は、涙をハンカチで拭いてくれる相手もおらず、何とか一人で泣き止むことが出来た僕。
ひとまず感情を落ち着かせた僕は、そのままノロノロと歩きながら一人黙考する。
――陰キャである僕の人生において、これ以降そんなチャンスが訪れる事なんて二度とないんだから、あの三人のお望み通り、好き放題してしまえば良いじゃないか。
そんな風に開き直った考えをするには、僕はあまりにも人間として弱すぎた。
……きっと、人が堕落へと向かうのにも、方向性は違えど何某らの才能なり強さといったものが必要なんだ。
本当の意味で何も持っていない僕は、これ以上、不幸な存在をこの地上に生み出さないためにも、もはやこうするしかないんだ――。
「……本当は、まだ死にたくなんかないけど……今は難しくても、三人ともいつかきっと、僕なんかよりずっと素敵な人に会えるはずだよ……」
――だから、さようなら。
そう呟いてから、柵に足をかけて屋上から飛び降りようとしていた――そのときだった。
「待って!水津盛君!!――まだ、そんな形で死んだりしちゃ駄目ッ!!」
背後から突然そのように切羽つまった感じで、僕の名を呼ぶ女の子の声が聞こえてきた――。