『3』
食べかけていたチョコデ〇ッシュを強奪されたかと思えば、代わりにみんなが食べていたパンを半ば強制的に口に入れられたりしながら、何とか終えた昼食。
もうじき昼休みも残り僅かという時間になったそのとき、ルトナさんが意地の悪そうな笑みを浮かべながら
「平民パシリに……いえ、この場にいるみんなにとって、とっても大事な話があるの」
と語り掛けてきた。
見ればルトナさんだけでなく、夏姫さんや華鈴さんも同じようなニヤついた表情をしていただけに、どうやらその大事な話とやらの内容を知らないのは僕だけのようだ。
……まぁ、今さらハブにされるのなんか慣れてるけどね。
そんな風に内心でいじけながらも、(どうせ、ろくでもない内容に決まってる……!!)と自分に言い聞かせながら、僕は黙って大人しくルトナさんの話に耳を傾ける。
だが、ルトナさんの発言は、僕が予想もしていないものだった。
「――平民パシリ、アンタは私達と一緒に、夏休みになったら二泊三日の温泉旅行についてきなさい」
……温泉旅行?
なんで僕が?
せっかくの夏休みで、多少は夏姫さんや華鈴さんに拘束される時間が減って、自由に過ごせると思っていたのに……。
第一、女の子三人の温泉旅行に僕みたいな冴えない陰キャを連れていってどうするつもりなんだ……?
困惑する僕に対して、クスクスと黒ギャルの華鈴さんが語り掛けてくる。
「んふふ~♡気づいてないフリしたって駄目だよ~?……君は~、ラブコメアニメに出てくる鈍感主人公なんかじゃなくて、単なるアタシ達のパシリなんだからね?」
それに続くように、夏姫さんが愉快そうに笑いながら言葉を引き継ぐ。
「あぁ!でもってお前は、3児の父親になる事確定済みな!――自分のガキどもの前で、情けなくパシられ続けるお前の姿……どんなみっともない姿を見せてくれるのか、今から楽しみでしょうがないぜ!!」
……ッ!?父親?ガキ!?
いつもとはシャレにならない言葉が、夏姫さんの口から出てきた事に戸惑いを隠せない僕。
そんな僕に向けて、ルトナさんがとどめとなる――到底信じられない内容を、僕に向けて言い放つ。
「夏姫や華鈴が言った通りよ。――平民パシリ。アナタには二泊三日の温泉旅行で、私達三人との間で新たな生命を宿す行為をしてもらうわ」
「え……えぇッ!?僕がルトナさん達と、二泊三日の温泉旅行でShippori and the Cityな行為だって!?そ、そんなの、いくらなんでもパシリの範疇を越えてるよ!!絶対ダメだって!?」
ルトナさんの発言を受けた僕は、あまりの衝撃で椅子から転げ落ちて尻もちをつく。
そんな情けない格好でしどろもどろに反論する僕を面白そうに、イジメっ子達は笑いながら見ていた。
「ねぇねぇ、なっちゃん!パシリ君がShippori and the Cityなんてイヤらしい言葉を使ってるよ~?……全く、新しい命を育む神聖な行為をなんだと思ってるんだろうね?オタクって!」
「ったく、これだから童貞はすぐに調子に乗ろうとするし、本当に始末に負えねぇよな!……オイ、このパシリ野郎!!テメェの見境なく歪み切った性根を、アタシ等がまっすぐそそり立つもんに更生させてやるから、覚悟しやがれッ!コラッ♡」
……クッ!僕が大人しくしていたら、勝手な事ばかり言って……!!
『やられっぱなしじゃいられない』と言わんばかりに、僕はルトナさんから脱出したときと同じ勇気を奮い起こし、二人へと反論する――!!
「一年の頃に出会ってからずっと、皆にこんな事され続けていっこうに距離が埋まった感じがしないのに、ここに来て僕達だけの二泊三日の温泉旅行だなんて、何もかもが急すぎるよ!?――第一、僕はどうなっても良いけど、本当に三人に赤ちゃんが出来ちゃったら、一体どうするつもりなのさ!?そんなの、僕みたいなパシリじゃ、どうにも出来ないって分かってよ!!」
涙ながらに必死に反論する僕。
今自分でも言った通り、三人とも一年で同じクラスだった時から今に至るまで、ずっと変わらずに、僕の事をアメとムチで人格を壊そうとしてきたり、裏で過剰にスキンシップしてドギマギ慌てふためかせたり、ゲームで僕を一方的にボコボコにしたりしてきたんだ。
それがいきなりその相手である三人とそういう行為をさせられるなんて……あまりにも、理論や段階といった諸々が飛躍し過ぎている。
それに僕は、三人のパシリをしている辺り、人望もなければ、運動も勉強も特技もなにもないつまらない陰キャであり、将来性やら甲斐性なんてものが全くないことは、火を見るよりも明らかなはずだった。
そんな僕が突然、三人の子供の父親になるなんて……無謀以外の何物でもないと断言できる。
……確かに僕は華鈴さんの言う通り、ラノベのラブコメ作品のハーレム主人公ではないかもしれない。
それと同じように、僕はハーレムメンバーを同時に孕ませてもEDで何故か何とかなっているエロゲーの主人公なんかじゃない、どこにでもいる単なる陰キャの一人だって事が、どうしてこの三人には分かってもらえないんだろう……。
僕は自分の想いが伝わらない事が、ただひたすらに悲しくて仕方なかった。
そんな僕の気持ちなどお構いなしに、いじめっ子達は僕に追い打ちをかけてくる。
「そんな顔したってダメだよ~♡せっかくアタシが今まで『どんなゲームでも良いから、勝てたらとっておきのご褒美をあげる♪』って言ってきたのに、へなちょこすぎて負けっぱなしだから、パシリ君を勝たせてあげる事が出来そうな、温泉宿のお布団の上で雌雄を決してあげる!って、言ってあげてるんだよ?ご褒美は十月十日後にプレゼントしてあげるから、楽しみに待っててね♡」
「ったく、パシリはやっぱり裏でコソコソと、アタシに隠れてカリンと悪だくみしてやがったのか!……許せねぇ~~~!!アタシを今まで焦らしてきた分、テメェは眠る間もないくらいにキッチリと落とし前をつけさせてやんぞ、オラッ♡」
……今まで、ゲームに負け続けてきて、本当に良かった!!
それと同時に、それだけ求めていながら、勝負事には一切手を抜いてこなかった華鈴さんのゲームへの真摯な姿勢を前に、深く感心させられる――!!
それに比べて夏姫さんは、好き勝手にこんな事を言ってるけど、僕と二人っきりの時にこれまで散々じゃれついておきながら、
「……駄目だ!!アイツ等に黙って、ここでこれ以上アタシが抜け駆けするわけにはいかないッ!!」
って、自分がそういう事を拒んできたくせに!!
少しだけ関係を進められるかな?と思って、壁際に追い詰められたある日、
「あの、そんなに僕とそういう事したいなら……他の二人に内緒に出来るなら、キ、キスくらいなら、してもバレなんじゃないかな……?」
って夏姫さんに提案したけど、結局先にヘタれたのはそっちじゃないか!
あのとき、はっきりと僕の事をはっきりと断るか、もしくは万が一でも受け入れるかしてくれていたら――僕ら四人はこんな状況にならずに済んでいたんじゃないか、と思わざるを得ない。
そんな焦燥とした僕を見ながら、彼女達の背後でルトナさんが妖艶とも酷薄ともつかぬ笑みを浮かべながら呟く。
「――アタシ達が予約したのは、『子宝の湯』として有名な“菓子之山温泉”。平民パシリのご両親には既に連絡を入れてご了承済み。……フフッ。部屋から全く出ない事になるだろうけど、楽しい旅行になりそうで、今から期待に胸が高鳴るわね?」
そんな戯言を言いながら、急に一転してあどけない表情で小首を傾げるルトナさん。
そんな彼女や詰め寄る二人を見ながら僕は、例えこの学校を卒業しても、彼女達からは逃げられないのだという事を、今さらになって理解していた――。




