『10』
ルトナさんの抱擁でまどろみかかっていたところを、夏姫さんと華鈴さんの騒々しさとルトナさん自身に優しく促されることによって、起きることが出来た僕。
そんな僕に対して、ルトナさんが今までとは違う真面目然とした表情で話を切り出してくる。
「分かったわ、平民パシリ。アナタの言う通り、“パシリ”の範疇を逸脱し過ぎた『二泊三日の子作り温泉旅行』は特別に今回はなしにしてあげる。キャンセル料は将来アナタが働き始めた時の給料3か月分を形にしたものを私達に贈与する事で許してあげることにするわ」
ルトナさんの寛大な精神(?)によって、何とかあまりにも無謀過ぎる無軌道人生プランを回避した僕。
ホッとするのもつかの間、それでおしまいなんかじゃないと言わんばかりに、ルトナさんがさらに話を続ける。
「何を安心しているのかしら、平民パシリ?――私達が人生を賭ける覚悟で挑もうとしていた温泉旅行がなくなったというのに、それで私達が自制出来ると本気で思っているの?……これだから、何も考えないくせに、私達の心だけはしっかり射抜いてくような平民パシリは気楽でいいわね」
そんなルトナさんに、夏姫さんや華鈴さんも「そーだ、そーだ!!」と言葉を重ねてくる。
「この夏最大の楽しみを潰しやがって、絶対に許さねぇぞこのパシリ野郎ッ!!今日は、頭ポンポンしてもらった上に抱きしめられたから幸せな気持ちでぐっすり眠れるけど、明日からは絶対にこの怒りをぶり返してやるから覚悟しとけよ、テメェ~~~ッ!!」
「あっ、なっちゃん!ズルーい!!アタシもパシリ君にギュッとされたいのに~~~!……こうなったら、アタシの事も満足させないと、今度からはフェアな精神でゲーム勝負なんかせずに、手当たり次第に負けちゃうよ~~~?そんな全然楽しくない遊びで本当に良いのかな~?」
クッ……!?
流石は、生粋のいじめっ子達。
僕の渾身の告白によって、多少は接し方なりなんなり変わるかと思ったけど、感情面と功利の部分から、僕を容赦なく追い詰めてくる!!
でも、それなら彼女達は僕にどうしろと言うのだろうか……。
困惑する僕に対して、ルトナさんが自信満々にある提案を突きつける。
「――簡単な話よ、平民パシリ。アナタは『二泊三日の子作り温泉旅行』をしない代わりに、夏休み中ず~~~……っと、アタシ達の誰かとローテーション形式で過ごすのよ。これで良いわね?」
それを聞いた僕は、すぐさま驚きの声を上げていた。
そりゃ、そうだろう。
夏休みになったら、少しは自分の時間が持てると思っていたのに……!!
思わず僕は声を上げながら、ルトナさんに反論する。
「え、えぇっ!?何を言っているのさ、ルトナさん!夏休み中ずっと、みんなと一緒なんて……流石に、本気じゃないよね!?」
「何よ、私達と一緒に過ごすのがそんなにイヤだって言うの?……そうじゃないなら、これは決定事項だから。アナタは私達専属の“パシリ”なんだから、拒否権はないわよ?
「いやいや!普通のパシリは、学校のない夏休みにいじめっ子と一緒に遊んだりしないよ!?」
そんな僕の反論に対して、三人が無言のままジト目で睨みつけてくる。
その表情は、言葉以上に雄弁に「私達と一緒なのが、そんなに嫌なの?」と語っているようだった。
自分から告白などと言うパシリらしからぬことをした手前、『夏休みに彼女達との遊びに付き合う』という申し出に強く出ることが出来ない。
……何より、僕が告白した以上、その当人が彼女達を嫌がるなんてあり得るはずがないのだ……。
こうして僕は、なし崩し的にルトナさん達の提案を呑むこととなった――。
それから、少し協議を煮詰めた結果、僕の夏休みの予定は田舎に里帰りする日以外は、
夏姫さん→華鈴さん→ルトナさん→全員
の順で、僕は彼女達と遊ぶことになった。
信じられない事に、本気で僕だけで過ごして良い日が割り振られなかった。
ルトナさんは、今回の告白の件以降、僕や他の二人に対して過度に遠慮する事を辞めたようであり、夏休みに僕と二人で過ごすための予行練習として、これまで遊んでこなかった分を取り戻すかのように 僕の事を放課後や休日に『平民の生態観察』という町での食べ歩きに誘ってくれるようになっていた。
『この庶民が食べる“はんばーがー”という食べ物、美味しいわね』
『いやいや!前にも何回か購買で僕が買って来たよね!?そこまでお嬢様になりきるの!?』
みたいなやり取りなんかをして、ルトナさんはとても楽しそうだった。
そういえば、これまでと違って楽しい学校生活を過ごせるようになった僕だったけど、たまにあの屋上での騒動で知り合った犬神君から
「お前の命を救ってやったのは、紛れもない事実なんだから、少しは俺の仕事に付き合ってくれや……!!」
と言われて、怪しげなクスリの調達や、豪勢な温泉旅行での宴会セッティングなどを手伝わされたりしたんだけど……彼は、一体なにをするつもりだったんだろう?
まぁ、あれほど敵対していた綾凪さんとも、最近は愛想良く話しかけたりしてるみたいだし、それを機に犬神君が悪いことから足を洗ってくれると良いな……と、僕は密かに思っている。
そんな感じで慌ただしくも賑やかに過ごしていた僕らが迎えた終業式。
僕は夏休みを待たずして、三人に町へと連れ出されようとしていた。
独身最後の夜を迎える人って、こんな心境なのだろうか。
そんなことを考えながら、僕は彼女達に向かって叫ぶ。
「きょ、今日くらいは一人でゆっくりさせてよ~!!明日からなら、いくらでも付き合うからさぁ!?」
そんな僕の困った表情を見ながら、三人のいじめっ子達が意地悪く笑みを返す。
「うるせー!お前があの時、告白なんかしてアタシ等の心を完全に繋ぎとめるから悪いんだろうが!こんなのお前の自業自得だコノヤロー!!……分かったら、さっさとアタシ等を散歩に連れてけ!ワンワンッ♡」
「なっちゃんの言う通り、パシリ君に拒否権はありませ-ん♪これ以上、私達みたいにパシリ君に人生狂わされる女の子達が出てくる前に、アタシ等が連れまわしてパシリ君は誰にも渡さないよ~!ってマーキング&アピールしとかないとね!……はぁ~、歩く公害レベルのパシリチー牛オタクに見初められちゃうとか、乙女として終わっちゃってる……こりゃ、最後まで責任取ってもらわないとな~……」
そんな二人の発言を聞きながら、ルトナさんが楽しそうにフフッ、と笑いながら凛とした表情で語り掛けてくる。
「――諦めなさい、平民パシリ。アナタがどれだけ遊び惚けたとしても、洋宮院の家の力を使って、絶対にアタシ達を養えるだけの職場に放り込むか、それが無理だったとしても、アタシ達がアナタをとことん甘やかしてあげるんだから。――分かったら、今は全てを忘れて、これまで私に構ってこなかった分を取り戻すくらいに、この夏は私と一緒に過ごす予定なんだから、しっかりと覚悟なさい?」
勝ち誇ったかのように、そう宣言するルトナさん。
――なんてこった。
下手したらこの夏どころか、受験生になった来年すらも、この三人と一緒に過ごすことになるかもしれない。
そんな考えが浮かんだりしたが、不思議と後悔は全くなかった。
それどころか、彼女達と一緒なら、この先の人生の予定全部が潰されてもいいかもしれない……と、思えてくる。
(いけない、いけない。今は、目の前の“今”に集中しないと……!!)
ぼんやりと考え事をして立ち止まっていた僕を、いつも通り――そして、これからも共にいる事を選んでくれたイジメっ子達が呼びかけてくる。
僕はそんな彼女達に向かって、いつものように――それでいて、これまでのパシリ生活の時とは違う気持ちを胸に、彼女達に追いつけるように駆け出していく。
『イジメで人生を潰された高校二年目の夏』~~fin~~




