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七月七日七夕の短冊に願いを込めて

作者: 滝川 海老郎

 今日は七月七日、七夕だ。

 僕たちの地元でも、商店街で七夕の笹と飾りがされて、お祭りのような感じになる。


 この高校には敷地内に竹だか笹が生えていて、毎年、七月になると剪定というのか間伐を兼ねて、笹が各部活に配られる。

 もちろん我、文芸部も貰いにいったので、こうして部室の隅に設置されて、今、願い事の短冊をつける準備に忙しいのだ。


「ねえねえ、はるちっちは何お願いするの?」

「え、僕ですか。僕はですね、まだ秘密です」


 僕こと「はるちっち」、すなわち河山春秋だ。


「ちぇ。いいじゃん、いけずぅ」

「ララちゃんこそ、どうなんですか」

「私はね、今書くから、見せたげる」


 文芸部は僕と、水島ララちゃんの二人だけなのだ。部というか実際のところは同好会なのだろう。

 人口減少で、この学校もクラス数が減って、部活も最小限度の人数しかいない。それでも部として一応だが認められている。

 彼女とは中学から数えて三年と三か月の腐れ縁で、今もとても清い関係を続けている。ただの部員の関係ともいう。


「じゃじゃん」


 黄色い短冊には『いつまでも文芸部が続きますように』と書かれていた。


「えへへ、いいでしょ」


 彼女はそうはにかんで、頬を少し赤くして、それを手で掻いた。


「そうだね。今は一年の僕たちだけしかいないもんね」

「うん。でもそういう意味じゃないんだ。わっかんないかなー、はるちっち、ニブチンだからなぁ」

「え、どういう意味だろう」

「え? 本当に、本当に分かんないの?」

「ええ、うん。来年でなくてもいいけど新入生が入って、部が続くようにって意味じゃないの?」

「本当に文芸部員?」


 そういうとララちゃんは可愛く首をかしげる。


「僕だって文芸部員です」

「ですよね。なら自分で考えてよ、私の気持ち。本当の、答え」

「本当の答え」

「そうだよ。えへへ」


 可愛く笑うララちゃんは本当に、可愛い。え、文が前後一緒でおかしいって? いやだって可愛い以上でも以下でもない。他に何といえばいいのか、語彙力がこい、こい、って思っても、こないわ。


「僕は文芸部なのに、まともな感情表現もできないや」

「なにそれ」

「あ、口に出てた? いや、なんでもない」


 まさか君が可愛い以上に何といえばいいか分からないとか、本人に説明なんてできないよ。


「ふーん」


 ララちゃんは少し首を下のほうから僕の顔を見上げるみたいな感じにして、迫ってくる。


「ちょ、ちょっと」

「んんー」

「顔」

「顔がどうしたの」

「ち、近い」

「わざと近くで見てるのよ」

「う」


 そういわれてしまうと、困る。僕はそっと顔をそらす。


「ねえ、こっち向いて」


 なぜかちょっと真剣そうな言葉に顔を背けていたものを元に戻すと、ララちゃんの顔がすぐ目の前にあった。


「……」

「……」


 二人とも無言だ。そして彼女はそっと目をつぶって、顎をほんの少しこちらへ上げる。

 こ、これは、もしや。


 どう見てもキスの顔だった。


 僕は動転して、もう何が何だか分からなくて、でも目をつぶって、唇が合うように、そっと顔をむりやり動かして。


 彼女と、そっとキスをした。


 唇どうしが触れ合うだけの優しいキス。


「……」

「……」



「ぷはぁ」

「はあはあはあ」


 軽く一分くらいそのままだった二人は、どちらかともなく離れて、息をした。

 ベテランなら鼻から息を吸ったり、口で息をしつつ、バードキスみたいな感じなのだろうけど、そんなこと考えている余裕はなかった。


「……」

「……、ぽ」


 彼女はほっぺたに両手を当てて「ぽ」と口に出した。


「ぷ、なにそれ」


「いやだってはるちっちとキスなんて、恥ずかし」

「お前から、してきだんだろ」

「いーや。はるちっちからだった。私は『待ち』だったもん」

「うう」


 確かに最後に顔を動かしてくっつけたのは僕だ。負けを認めるしかない。


「どう?」

「どうとは?」

「短冊の意味分かった?」

「わっかんねーな」

「この、にぶちんちん!」


 いや実際には分かっていた。後輩が入って続いてほしいって意味ではないことぐらい。

 僕と、ずっと、一緒にいたいと思ってくれているってことだってことぐらい。

 僕だって文芸部員だ。それぐらいの「作者の気持ちを答えなさい」くらい分かる。

 それも、ずっと一緒にいるララちゃんのことなんて、分からないわけがない。


 でも、そういうのは恥ずかしいわけで、ごまかしたいに決まってる。


「それで、はるちっちはなんて書くの」

「あーそうだったね」


 僕は上の空で、考えた。

 願い事はまだ叶っていないことを書くものだ。「大好きな人が彼女になりますように」みたいなことを書いてみて、揺さぶってみようと思っていた。でも、その必要はもうなさそうだ。


 僕は、目標の一つを今、達成したようなものだ。


 油性ペンを持って、水色の短冊に願い事を書いた。


『世界が平和でありますように ――春秋』


「なにこれ、ひっどーい」

「いいじゃんか」

「僕の願いは、もう半分叶ったみたいなものだし」

「そうなの? え、本当は何て願いだったの?」

「秘密」

「えーずるくない? ずるいよね、ずるい、めっちゃずるい」


 彼女はまた興奮して顔をぐいぐい近づけてくる。


「分かった、分かったから、離れて」

「うん」


 彼女は瞳を大きく開いて、僕を凝視してくる。口元は笑顔だ。


「あの、彼女ができますようにって」

「あーあああああ、そーなんだ。ふーん。で彼女どこ? どこにできたの?」

「いや、まだいないけど」

「そうなんだ、じゃあ、あの、ね、えへへへへ。ひひひ。私が彼女になってあげるっ」

「お、おう、よろしくお願いします」

「え、あれ? あれれ。そこは『なんだお前か』とか否定するところじゃん? なに私に彼女になってほしいの?」

「彼女になってください」

「本当に、こんな私だけど、彼女にして、その、彼女にしてくれるの?」

「うん。お願いします」

「はいっ、こちらこそよろしくお願いします」


 ララちゃんが、うれしそうに、頭を下げて礼をして、そしてガバって抱き着いてくる。

 いきなりこんなにスキンシップなんて普段してこないので、気が動転して、何が何だか、え、なに、結局どうなってんの。


 彼女は子猫みたいに、僕にくっついてスリスリしてくる。なんかいい匂いがする。

 まるでツンデレみたいだ。

 今までは、彼女ではなかったから遠慮していたのだろう。そのギャップがすごいかもしれない。


「えへへへへ」

「ああ、もういいかな? かな?」

「あ、あああああああ、ごめん、離れるね」


 彼女のほうも気が動転していたらしい、叫んだあとは小さい声で謝ってきた。

 そして恥ずかしそうに、もじもじとしている。

 なんだこれ超可愛い。


 僕はそれを眺めて、なんだか幸せをかみしめる。


「ねえねえ、はるちっち、夏休み前までに文芸部の作品作らないといけないって知ってた?」

「げ、なんだそれ、知らない」


 こうして二人は現実に引き戻され、ああでもない、こうでもないと、小説執筆を始めるのだった。


(了)


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