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スコアボードを持って観客席へ向かう。
悲しくない。
悲しくないよ。
ただ、目まいがひどいだけ。
耳鳴りがすごいだけ。
胸の中で次々ひび割れた音が響くだけ。
「部長、さっきなんで止めたんですか。」
「相手の士気下げるいい機会だったのに。あーあ、あいつら負けねぇかなー。」
「馬鹿だな、お前たちは。ああやって助ければもしかしたら俺に惚れるかもしれないだろ。そしたら凛の悔しがる顔が見られるかなって思ってさ。 」
さっき聞いたばかりの声がやけに耳に届く。
耳鳴りでうるさいのだからわざわざ拾わなくていいのに。
「うわー…相変わらずゲスいっすね部長。」
「なまじ顔が良いだけに反論できないわ。」
気付けばげらげら下品に笑う彼らの前に来てしまった。
「…残念ながら。」
意識せずの言葉が唇から洩れる。
「私はあなたを好きにはなりませんし万が一そうなっても凛は悔しがりません。」
平坦な、ひどく冷たい声だった。
自分の耳に届いても驚いたのだから言われた彼らはもっと驚いただろう。
部長の男をじっと見据え小さく頭を下げて背を向ける。
後ろで何か聞こえたけど、もう耳は彼らの声を拒否している。
スコアボードを握りしめる指がいつのまにか真っ白になっていた。
立っているのがやっとで、目まいで世界が歪む。
それを我慢するためスコアボードを見つめれば水滴で滲んでいた。
ああ、私は泣いているのか。
ポタポタと用紙を濡らす涙が止まらなくて心の隅でひどく慌てた。
泣いてもどうにもならないことは十分理解している。
それどころか両親たちに見られたら状況が悪化することも知っている。
拭っても拭ってもあふれる水を止めようと頑張っていればひどく温かい何かに包まれた。
「ましろ。」
低くなり始めた声が私を呼ぶ。
走ってきてくれたのか心臓の音が速い。
「ましろ、帰ろう。」
こんな場所にもういなくていい。
力を入れすぎて歪んでしまったスコアボードを座席に放り出し弟は慰めるように背中を撫でる。
「もういいよ。大丈夫だから。もう帰ろう。」
「…スコア、書かなきゃ。」
「ダメ。帰るのが先。どうせほかの部員もスコアとってるんだから。」
具合が悪くなったましろが帰っても問題ないよ。
そう言い聞かせた真護は幼い時と同じように手を握る。
「ほら、行くよ。」
だけど幼い時は逆だったはずで。
泣いていた真護の手を握って帰ったのに、今では逆転してしまった。