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そう思って開いた体育館の扉の向こうで思いがけない人物が私を出迎えた。
「しろちゃん!!」
甘ったるいはちみつのような声。
か弱そうな風貌と儚げな体躯。
「ま…ゆ、ちゃん」
病院にいるはずの姉が部員たちに囲まれて立っていた。
その後ろには顧問や監督に挨拶する両親。
どういうことだと凛をみれば、嬉しそうに真由へ近づく姿が映った。
「どこにいってたのしろちゃん。」
試合始まっちゃうよ?
こてんと首を傾げて言う真由はいつも通りで。
違ったことは病衣ではなく私の制服を着ていること。
「ましろ、ジャージを真由に渡しなさい。」
母がよそ行きの顔で私のはおっていたジャージを引っ張る。
「どういうこと?」
感情的にならないように小さく低く尋ねれば、母は一瞬だけ面倒そうに顔をしかめた。
「真由がね、どうしても部活というものに出てみたいって言うから先生に相談したの。一日だけ真由を部活に参加させてくれないかって。そしたら快く引き受けてくださったわ。」
「今日が決勝って聞いたからどうしても参加してみたくて!!」
ねっ、と父と笑いあう姉に目まいがした。
「そういうわけだから、真由にジャージを渡してちょうだい。」
どういうわけなんだろう。
マネージャーは一人しかベンチ登録できない。
彼女が参加するとなれば私は此処から離れなければならない。
どうして。
なんで。
せっかく最後の試合なのに。
凜が引退するから、私も今日でやめなくちゃいけないのに。
「しろちゃん、嫌なの?」
微動だにしない私に真由は声を震わせながら問う。
ああ、嫌な流れだ。
遂には肩を震わせ泣き始めた姉に同情の視線が集まる。
「ミケ、代わってやれよ。お前ずっと大会出てたからいいじゃん。」
副部長がそう言い始めたのを皮切りに部員たちから同意の声が上がる。
じゃあ彼らは誰かにレギュラーを譲ってやれと言われれば笑顔でコートから去るのだろうか。
「三毛谷、ドリンクとかはもう用意してあるんだろう?」
顧問が取り成すように言うけど、それは真由の為で。
「だったら上でスコア付けてくれてたらいいから。今回はお姉さんにベンチにいてもらおう?」
今回が最後なのにこの男は何を言っているのだろう。
…ここに、誰も味方はいない。
誰にも気づかれないように深く息を吸った。
お腹に力を入れる。
胸の中で何かが割れる音がずっと大きく響いていて気が狂いそうだ。
「はい。」
いつも通りの声で返事をしてジャージを渡す。
「初めから素直に渡しておけばいいのに。本当にあなたは意地悪なんだから。」
微笑んだまま小さく言い放った母は次の瞬間真由に満面の笑みで「ましろより似合うわ」と褒めたたえていた。
それを愛おしそうに見つめてシャッターを切る父。
よかったなと真由へ笑いかける凛。
真由ちゃんのために頑張るぞと気合を入れる部員。
…――もう、私の場所じゃない。