#1 黒竜との邂逅
カッコよく戦う女の子、大好きなんです!
全五話。短いですが、よろしければお付き合いください。
お楽しみ頂けたら嬉しいです!
――ガァアアアアア!
大気すら震えるような凄まじい咆哮が辺りに響く。
それと同時に突如姿を現したのは、体長八メートル以上はありそうな漆黒の鱗を纏う巨躯。
両腕の先には白く長い鉤爪、口元から覗く鋭い牙、背中には大きく広げられた翼、漆黒の鱗に覆われた体躯、そして太く長い尾。その姿はまさに竜。
その黄金の双眸が黒髪黒瞳の少女と金髪碧眼の青年を見下ろす。
二人とも何かが現れるだろうとは予想していた。
宝物にはそれを守る守護者が存在する。
それはとてもよくある話だ。
もはや常識とさえ言ってもいい程に。
聖域とも呼ばれるこの山を、二人が登り始めておよそ三日。
眼下には雲海が広がり、目的の秘宝が眠ると言われている山頂はもう目の前だ。
このタイミングで何かが現れるであろうことは、当然想定の範囲内だった。
しかし、現実は青年の予想を遥かに超えていた。
まさかこれ程強大な守護者が現れるとまでは、正直予想できていなかったのだ。
突き付けられた現実と、その圧倒的なまでの竜の迫力に、金髪碧眼の青年はヘビに睨まれたカエルの如く身体を硬直させ、黒髪黒瞳の少女もまた、思わず小さく身震いをしていた。
だが、少女の黒い瞳に怯えの様子は見られない。
むしろ竜という生き物を生まれて初めて、しかも間近で見れた興奮で胸を高鳴らせ、口元には笑みさえ浮かび上がる。
――本物の竜に会えるなんて! この世界に来て良かった!
それが少女の素直な感想だった。
少女が生まれ育った世界に竜と呼ばれる生物は実在しない。
その世界では想像上の生き物でしかなかった。
それが今、少女の目の前にいる。
見上げるその黒き竜の姿にはとてつもない威圧感を感じる。
状況から考えて、今からこの黒竜と戦い、倒さなければいけないことも分かっている。でなければ、目的の秘宝どころか、自分の人生がやり直しの効かないゲームオーバーとなることは必至だ。
それは十分によく分かっている。
だがそれでも、少女の心はワクワクが止まらない。
――今、自分は異世界にいるんだ!
この世界に来て数ヶ月経つが、改めてそれを強く実感できたのだから。
――ズゥンンン
黒竜が二人を見下ろしながら一歩近付き、太い脚で大地を揺らす。
その震動で硬直が解けたのか、青年は震える足で僅かに一歩後退る。
だが、それとは対照的に少女のほうはむしろ一歩前へと踏み出していた。
「アルは下がって」
少女はそう言うと、首から下げていた小さな紅い宝玉を右手で握りしめた。
低い唸り声を漏らす漆黒の竜を見上げながら、何処か嬉しそうな呟きが少女の口から洩れる。
「……仕方ないよね。とっておき、いってみようか」
その言葉を耳にした青年は、硬直が解けたばかりの体を震わせ、声をも震わせながら少女に向かって口を開いた。
「マイコ? い、一体何を……」
だが青年の声は聞こえなかったのか、マイコと呼ばれた少女はそれに応えず、右手に宝玉を握りしめたままゆっくりと上に高く掲げた。
――アタシより、あんたのほうがコイツをうまく使えそうだ。
そんなことを言っていた赤毛の友人の顔が、一瞬マイコの頭を過る。
こちらの世界に来て出会えた大切な友人だ。
出会えた当初は色々と誤解も重なり、ちょっとだけ争ってしまったこともあった。だが、誤解が解けた後には妙に気の合う友人として、急速に二人の仲も深まった。
そして別れ際に渡された一つの小さな紅い宝玉。
――貸すだけだからな。いつかちゃんと、無事に返しに来いよ?
そんなことを言っていた顔も思い出し、自然とマイコの頬が少し緩んでしまう。
「……フューネ。また力、借りるね」
青年には届かないくらいの小さな声でそう呟いたマイコは、一度大きく息を肺にため込み、そして黒竜を見上げながら、今度は力の限り大きく叫んだ。
「いくよ! 紅姫共鳴!」
マイコの叫びに呼応するかのように、右手に握りしめられた紅玉が眩い深紅の光を放ちだす。
指の隙間から漏れ出た幾条もの光が周囲を照らす。
その光を浴び、マイコの黒髪はスウッと流れるように深紅へと染め上がり、風も無いのにふわりと揺れる。
ゆっくりと開いた瞳もまた、黒から深紅に変わっていた。
それはまるで、燃え上がるような熱く強い意志を宿したかのように。
――グルァアアアアア!
再び漆黒の竜が大きな口を開け、天に向けて咆哮を上げる。
それが戦闘開始の合図であったかのように、マイコは一瞬小さく身をかがめ、そして高く跳び上がった。