[文系的なもの]と[理系的なもの]。[社会学]
文系的なものと理系的なものは、どちらが優先されるものであろうか。
答えから書くとするならば、理系的なものが優先されるのではないだろうか。
分かりやすく説明するならば、理系的なものは、生きるために必要不可欠なもの、ということである。つまり、衣食住の生活に関わることは、理系的なもの、ということである。理系的なものは、全ての人に関わることである。ちなみに、生活が苦しい状況などでは、理系的なものだけで精一杯で、文系的なものに取り組む余裕も無いということではないだろうか。
人は、太古の昔より、理系的なものに、ほとんどの時間を使ってきた。まずは、食料を確保しようにも、技術的に不足している時代もあり、手作業で農業などの作業をしていたが、天災などで思うように食料が確保出来ないことも多く、常に飢えている状況も多かったと思う。そして、常に飢えている状況では、食料のことばかり考えていて、食料以外のことを考える余裕も無かったと思う。そのような状況では、文系的なものが発展する可能性は低かったのではないだろうか。
現代社会においては、技術などの進歩により、自分で生産しなくても、食料などを安い値段で買えるようになり、趣味として、文系的なものに取り組む余裕も出来てきた。さらには、理系的な仕事ばかりではなく、文系的なものも、仕事として成り立つようになり、社会全体の割合からすると、趣味または仕事で文系的なものに取り組む人は、急激に増えてきたと思う。まさに、現代社会は、文系的なものが花盛り、という状況になってきたのではないだろうか。
未来においても、その状況は変わらないと思う。むしろ、今以上に、文系的なものが多種多様になり、文系的なものが増えていく社会になるのではないだろうか。
結論としては、社会が豊かになり成熟していくにつれて、理系的なものよりも文系的なものの割合が、ますます高くなっていくのではないだろうか。それはそれで、趣味が多種多様になり、生活の楽しみが増えていくという意味においては、大変ありがたいことであるけれども、文系的なものばかりではなく、現実的な理系的なものも大事にしていかなければ、将来的に社会が成り立たなくなるような危機感も感じているものである。理想としての持論は、生活に関わる理系的なものも、楽しみに関わる文系的なものも、両方とも大事にする生き方が、両方のバランスが取れていて素晴らしいものであるのではないだろうか。
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