合格する方法について。[哲学]
ひとりひとり目標にしている受験は異なるものであると思うが、持論になってしまうかもしれないが、受験に合格する方法について考察してみたいと思う。なお、この章は、受験に合格することを保証するものではないことは、先に書いておきたいと思う。この章での方法以外にも、受験に合格する方法は、多種多様に存在すると思うので、自分に合う方法を見つけて頂きたいと思う。
持論としての、受験に合格する方法は、とにかく勉強に専念する、ということである。当然なことを書いてしまったが、しかし、これは、なかなか難しいことであると思う。人間は、ややもすると、遊びのほうに流されていきやすいものである。一日は二十四時間しかないが、理想としては、全ての時間を勉強に専念できれば、とても勉強が進むものであるし、受験に合格できる可能性は高くなるものであると思う。しかし、実際には、全ての時間を勉強に専念することは不可能である。睡眠・食事・風呂・トイレ・通学などは、削りたくても削れないものであるし、削らないほうが良いものであると思う。これらの生活に必要なことを引いた残りの時間が、勉強に当てられる時間であるが、筆者の場合も、短い時間になってしまうことが多かったものである。
では、勉強に当てられる時間を多くして、なおかつ、長期的に勉強を続けられるためには、どうすれば良いのであろうか。
それは、大きな息抜きは我慢して小さな息抜きは我慢しない、ということである。どういうことかというと、大きな息抜きと小さな息抜きは、似ているものであるが異なるものであると思う。
大きな息抜きというのは、勉強が止まってしまうような息抜きである。アルバイトまたはクラブ活動と掛け持ちしながらの勉強であったり、テレビ視聴やゲームプレイで息抜きしながらの勉強である。テレビ視聴やゲームプレイは少しのつもりが、ついつい長時間になってしまうものであるので、できればテレビ視聴やゲームプレイは我慢することが理想である。食事の時だけのテレビ視聴ならば、勉強に影響が無さそうな感じもするが、テレビ視聴は予告編が多く流れるので、予告編で他の番組を見たくなってしまうと、ズルズルとテレビを見続けてしまうことにもなると思う。あるいは、イベントや遊園地に出掛けてしまうことも、その日は勉強ができない日になってしまうので避けたいところである。要するに、受験勉強の期間は、遊びの国行きの馬車に乗ってはいけない、ということである。遊びの国行きの馬車に乗るのは合格してからと考えて、思いとどまるのが最善であると思う。そういう意味では、誘惑に対する我慢の連続になってしまうと思う。我慢の連続ばかりでは耐えられない場合も有るので、小さな息抜きが必要になってくる。
小さな息抜きというのは、勉強に影響が出ない息抜きということである。筆者の経験では、テレビ視聴しながらの勉強は物理的に不可能であったが、音楽を聴きながらの勉強は物理的に可能であった。自宅での勉強であれば、音楽を聴きながらの勉強や菓子を食べながらの勉強も物理的に可能であると思う。要するに、勉強を止めずにできる息抜きが、小さな息抜きということである。そういう意味では、小さな息抜きをしながら勉強を止めずに勉強に専念することが、長期的に勉強を続けられることになると思う。
ここまでは、勉強に専念して勉強時間を多くすることを書いてきたが、本題は、受験する科目の内容を正確に理解することである。受験する科目の内容を正確に理解することは受験で一番大事なことであるが、短時間で受験する科目の内容を正確に理解することは困難であるので、勉強に専念して勉強時間を多くすることが必要になってくる、という意味なのである。勉強も、多くの時間を使わなければ自分のものにならない、ということなのではないだろうか。
持論の結論としては、受験に合格するためには、勉強に専念して勉強時間を多くする・受験する科目の内容を正確に理解する、ということである。実際に勉強してみると、本当に時間が足りないことを実感すると思うので、多くの勉強時間を確保して頂きたいと思う。
最後に余談であるが、専念するということは、受験以外の目標にも適用できることであると思うので、成功するために大事なことである、と思うものである。
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