法律について。[法律学][提言]
この章では、まずは、現代人が忘れていることを書きたいと思う。太古の昔の地球上では、法律は、ひとつも存在しなかったということである。
現代社会においては、多種多様の法律が存在しているものであるが、太古の昔の地球上では、法律はゼロであったということである。法律がゼロの社会では、法律に代わるものとして、自然界の法則というものが存在している。これは、言い方を変えると、弱肉強食の法則ということである。現代社会においても、弱肉強食の法則のみの社会で生きている生物が居る。それは、野生動物の社会である。野生動物の社会で生きていくことは、本当に苛酷である。つまり、明日の自分の命の保証は何も無い、ということである。食うか食われるかになってしまう残酷な社会である。
そこで、人間は、法律というものを考案した。自分は、もしも、野生動物の社会に居たならば、今頃は、もう生きてなかったかもしれないので、人間の社会で良かったと本当に思う。
ところが、法律も、利点ばかりだけではないような気もする。法律は、ひとりひとりの人間を守るものであると同時に、ひとりひとりの人間を縛るものでもあるからである。もしも、悪法のような法律が成立してしまったとしても、法律として成立したからには、その法律を守る義務が生じてくるものである。ちなみに、実際には無い法律であるが→歩くときには右足から歩き始めて左足で歩き終わらなければならない←というような法律が仮に成立してしまったとしても、法律として成立してしまったからには、守る義務が生じてくるということである。だからこそ、政治家の議員の皆様には、法律の成立には、慎重にも慎重を期して頂きたいと思うものである。全ての人に対して配慮している法律であってほしいと思うものである。
次に、法律の数であるが、前章の、中庸の効果にちなんで、多過ぎず少な過ぎずの法律の数であってほしいと、個人的には思っているものである。多過ぎず少な過ぎずの基準が何処であるのかは、大変に難しいところであるけれども、ひとりひとりの人間を守り、ひとりひとりの人間を縛り過ぎない、法律の数であってほしいと思うものである。
そもそも、現代社会は、法律が多過ぎるような気がしている。何故かというと、太古の昔の地球上では、法律は、ひとつも存在しなかったからである。ちなみに、法律の存在しない、野生動物の社会は、本来の社会の姿であるような気もする。何故かというと、野生動物の社会は、食物連鎖など、絶妙なバランスを保って、上手く回っているようにも見える。野生動物の社会は、人間の社会が抱えるような、少子高齢化や環境破壊などの社会問題は、存在しないようにも見える。
とはいえ、長生きが不可能である野生動物の社会には、人間は戻りたくないものである。しかしながら、人間の社会が野生動物の社会から離れ過ぎないためにも、法律を作り過ぎないということは、もしかしたら、大事なことであるのかもしれない。
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