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風詠と蟲姫

目と目が合って、それから先は?

作者: あやぺん

 目と目が合った。


 それだけなのに、とっても不思議なことに、"あっ"と分かった。


 道を尋ねられるなとか、名前を呼ばれるなとか、この人これから何か言うなとか、そういうのとは違う。全然違う。まったくもって違う。何が違うって?何かが違うのだ。


 今から何が起こるのか、知らないことのはずなのに()()()()()


 何故だろう?初めてなのに分かる。知識としてあるんじゃなくて、もっとこう違う感じ。何て言えば良いのかな?とにかく、今彼と目が合ったのは、今までの"目が合った"とはまるっきり違う。


 ほら、手を握られた。大きい骨ばった手が男の人なんだと強く感じさせる。向かい合って手を繋がれて見つめられたら、何かが違うという予感はますます確信へと近づいていく。


 つい視線が泳ぐ。目線が自分と彼の足元を彷徨った。次に目が合った時が合図だって分かるから中々顔を上げられない。胸の内側からパチンとはじけてしまう。何か分からないけれど、何かがはじける。


 それが何なのか、知らないことのはずなのに()()()()()


 胸がドキドキするなんて単純な単語じゃない。自分の心臓の音が聞こえるなんて簡単な表現じゃない。それなら何?ともしも誰かに聞かれても答えられない。むしろ多彩な表現方法を教えて欲しいくらい。恥ずかしくてこんな気持ち、誰にも教えられないけれど。


 声を出したくても喉が詰まる。あまりに急に体が熱くなって息がしにくい。顔を見たいのに上手く見れない。これから起きることを期待しているのに逃げ出したい。


 あ、ほら、やっぱり。私の髪に彼の指が触れた。さらさらと顔の横の髪の毛が流れ落ちる。彼の手が伸びてきて、そうっと頬を撫でられた。そのまま首元に移動する。


 全速力で背中を向けて走り出したい気持ちと、その逆でいっそのこと自分から思いっきり胸に飛び込みたい衝動。それなのにどちらも選べず体は固まっている。少し震えている。寒くも怖くもないのに小刻みに指先が揺れる。


 宝物みたいに扱われたら何をすれば良いのか?知らないことのはずなのに()()()()()


 覚悟を決めると目と目が合った。


 思わず息を飲む。


 いつもの無邪気な笑顔から、知らない人みたいな憂いを帯びた微笑み。そして熱視線。


 そっと両目を閉じて、ほんのわずかに顔を上げた。触れたのは一瞬。温かくて柔らかいそれが何なのか、見ていなくても、知らなくても即座に分かった。


 まぶたの裏には彼と一緒に眺めた、色とりどりの珊瑚礁。


 遠くからは澄んだ鐘の音が響いてくる。


 パチリと何かがはじけた。


 彼の腕にすっぽりと包まれて緊張はどっかに消えて、安心感や嬉しい気持ちが押し寄せてくる。


 一生忘れない。こんなの忘れられない。


「そろそろ仕事に行かないと」


 違う。


 その台詞は今必要ない。


 確かに仕事前にわざわざ時間を割いて散歩に連れてきてくれたけど、その台詞は違う。今相応しいのはその言葉じゃない!違うったら違う!絶対違う!


 私の手を引いて歩き出した彼に追いつこうと小走りする。横から顔を覗き込んだ。


 目と目が合った。


 少しだけ彼の足が止まる。へらっと緩んだ笑顔になってから彼がまたスタスタと歩き出した。繋がれた手がギュゥッと強く握られる。でも急がないと引きずられるんじゃないかってくらいの速度。完全に仕事に気持ちが奪われている様子。この余韻のなさ、納得いかない。さっき相応しかった台詞はたった一言。もしかしてわざとなの?


 一生懸命追いついてまた横から顔を覗き込む。


 目と目が合った。


「疲れた?」


 急に横抱きにされた。逞しい腕に包まれて嬉しいけど、違う。違うったら!最高の思い出に相応しい台詞があるでしょう?よし、なら自分から言うぞ。大きく深呼吸して、グッと胸を張る。


「ちゃんと食べてる?もっと重いかと思ったのに」


 重いかと思った。()()()()?私は開きかけた口を閉じた。


「もうっ!一人で歩けるから下ろして!」


 身をよじって砂浜に立つと一目散に逃げ出した。十分離れただろうという所で振り返る。キョトンとした彼に向かって声を出さないで口を動かす。


 "大好き"


「何?聞こえない!」


 絶対聞こえるようには言わない!だって先に聞きたいもの!私はくるりと彼に背中を向けて走り出した。今この瞬間、世界中で一番幸せなのは私なのだと叫びたい。むずむずして自然と笑みが溢れてくる。


 これがきっと恋。


「足元危ないって!」


 忠告通り砂浜に足を取られて転んだ。顔から砂に突っ込んだ。こんなの絶対忘れられない。


「あはは!砂だらけだ。だから危ないって言ったのに」


 彼の手に引っ張られて体を起こす。彼は顔や髪、服から砂を払うのを手伝ってくれた。


 また目が合った。


 二度目のキスは何か考える暇もないくらいあっという間だった。呆気にとられて感想も言葉も出てこない。


 ねえこの先は?


 期待の眼差しは届かなかった。困ったように笑うと彼はまた私の手を引いて歩き出した。未だかつてないくらいニコニコしている。それに聞いたこともない鼻歌。彼の全身に花びらが舞っているみたいなフワフワした雰囲気。男と女ってなんか思考回路が違うっぽい。知っているつもりが、知らなかったみたい。


 目と目が合った、その先は?


 最後までロマンチックを味あわせて。なんて無理みたい。男の人って変なの。


 それでも初めてのキスも二度目のキスも燦々(さんさん)と輝いていつまでも私の胸をくすぐるだろう。思い出すたびに甘ったるくて悶えてしまうに違いない。こんな気持ち絶対、絶対に忘れられない。

灰色の水曜日より

「さあ想い出して 輝いていた頃を

何もかもまぶしくて 恋におちてた頃を」


キュンとしたり甘酸っぱかった自分を思い出したりしてもらえれば良いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 胸キュンなお話が素敵すぎるです(/ω\) [一言] 恋のお話は難しいデス。今書いてるお話も結構苦戦してたり
[良い点] わああ、ものすごく素敵なお話でした!!!!! 読んでるうちに段々とこちらが恥ずかしくなってきました(笑) 目と目が合って、それから……。 男は面と向かうと「大好き」って言えなくなっちゃう…
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