一般兵士の見解
サクッと読める短さです。
始め。何してんだ?って思った。
留学先から帰って来たばかりの将来有望な騎士と、側室の子『忘れられた王子』と陰口をたたかれる殿下。
人気のない外壁物見台の下で二人して話し込んでいる。
接点なんかなさそうな二人なのにな。
「殿下―!」
びっくって背後を振り返ると、殿下の侍従の少年だ。
満開の笑顔で手を振っている。気安すぎないか?子供だから解んねぇのか?
もう一度殿下を見たら、無邪気な侍従に殿下が手を振りかえしていた。
金髪碧眼の将来有望騎士は、もういなかった。
殿下は暖簾みたいに顔を隠した黒髪の隙間から僅かに目を覗かせている。
ああ、どうしよう。俺、跪くのか?遠いけどどのくらいの礼がいいのか?
って、考えている内、侍従も殿下も居なくなっていた。
あ~良かった。怒られなかった。
そうこうしている内、休暇に入る。たった二日だが貴重な休み。帰省すると決めた。
貴族で無い俺は休みの日は官舎で寝ていることが多い。今日は帰るぞ。
久しぶりの実家。
王都の外れ、まだ自然の豊富な場所に立つ『祈りの家』。そこが俺の実家。
殆どが人からの寄付で成り立つ孤児院なんだけど。
俺も家に帰る時は兵士の報酬から食料を買って持っていく。
芋に野菜。果物。重くて運ぶのが大変そうな物や、新鮮な魚なんかを選ぶ。
恰好が悪くとも背中の籠に入れて街中を歩いて帰る。
孤児院の子供らは俺の事を『騎士様』になったと思っているが、正確には城勤めの兵士だ。訂正はしていない。
あいつらにはその内ばれるし、ちょっとは夢があった方がいいだろ。
三角屋根の小さな塔が付いた家を前に、立ち止まってしまった。
「なんだアレ?」
視線の先には重厚な幌馬車。
そしてその横に俺より一回りも大きいだろう男。
男は子供を両腕にぶら下げてぐるぐる回っていた。
厳つい顔のまま。
子供たちははじける笑顔だ・・・。
「誰だアレ?」
家の戸口が開いて、中から院長のおばちゃ・・・妙齢の女性と・・・男がふた~り・・・。
「で!」
黒髪殿下と少女みたいな顔の男が出て来たっ!
殿下は髪を耳に掛け、ちゃんと顔が見えていた。整った王族らしい顔がっ!
「え、笑顔?」
殿下の口が笑いの形な気がする。
とりあえず、ぼーっと突っ立ってても仕方ないし、院長の元へ歩き出す。
途端、少女顔が殿下の前に立ちはだかった。
剣呑な視線。院長が俺の事をとりなしている様子。
ああ、やっぱりズボン履いてるし男だな。うん。ローブっぽい物を着ているのは今日が肌寒いからとしておこう。噂の魔術師とかじゃない。多分寒がりの青年だ。
貴族が孤児院に来て奉仕する。慈善事業。良くあることだ。
俺には関係ない。
それからも、街の破落戸をのしている殿下似の人を見たが、その人がやたら強くてもそれは他人の空似。
将軍の相手をして簡単に地面に転がる殿下と酷似しているが、他人。他人。
★★★
そう。
その日。
兵士は全て。
いつの間にか現れた武装集団によって完全に制圧された。
自分達は一つに寄せ集められて、座り込んでいた。
王城出入り口の大階段の直ぐそこ。広くなった場所で、王宮がどうなったかも知らずに。
あからさまな王の派閥の騎士は容赦なく切られ、隅に転がっていた。
平民出の兵士の自分たちはビクビクとしながら、大人しく見張りらしい屈強な男を伺っている処だ。
反抗的な者は取り押さえられた。
近衛騎士ともなれば、力がある筈だが、本当の手練れの者以外は、無傷で取り押さえられているという体たらく。
「アレ?」
ちょっと焦った。
孤児院で見た奴に似てる。
と思って思わず凝視。そしたら、装集団の中心人物と思わしきその男が、振り返る。
何も覚えていません!見ていませんっ!!
・・・目を逸らす。
向こうも俺に構っている暇はないらしい。よかったぁ~。
男の甲冑には、大陸中に名を馳せる傭兵集団の印があった。視力だけは良いからよく見えた。
炎に包まれ踊る兵士のレリーフ。死神の名で呼ばれる傭兵集団。
怖すぎる。
突然の制圧も納得。王都なのに。誰の策だろう。
興味ナイナイ。
俺は下を向く。
血気盛んな輩がまだ彼らを睨んでいたが、俺達はただそこにいるしか選択の余地がない。
日の暮れるその直前だったと思う。
王の死を都中に知らせる鐘の音が高らかに響き渡ったのは。
うわぁ、そうか!いったい誰が?とは考えない。
鐘の音の意味に気付いた誰かが声を上げた。悲劇の始まりのような気がした。
一気に嘆きの感情は伝播する。
鋭く威嚇していた者も、大人しくなっていった。
結果。
俺が想像したような悲劇や混乱は起こらなかった・
拍子抜け。
まあ、俺は天辺の王様が誰だろうがどっちでもいい。自分に害がなければ。
寧ろ、前王太子坊ちゃんでは不安だった。・・・と、多分誰かがいってました。
職も失わなかったし。良い。
上の方はすげ代わったようだけど。
今日も俺は平和。
「なあ、今日女子寮官舎の女の子と飲みに行くんだけど、お前も行く?」
「おお!行く行く!可愛い子いる?」
「それは見てのお楽しみってことで。」
国葬も終わり、街には少しずつ活気が戻り出した模様。