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栗花落の井

作者: みやま


 * * *



 昔々、摂津せっつの国、六甲山の麓の丹生(たんじょう)山田という里に、山田左衛門尉さえもんのじょう真勝さねかつという男がいた。


 男は都に出て、御所ごしょの庭掃きに雇われていた。ある日、庭を掃いていると、その日に限って御殿の(すだれ)が上がっていた。そっと近づいてみると、そこには美しい姫君が座っている。


 この姫は左大臣藤原豊成(ふじわらのとよなり)の次女で、白滝姫(しらたきひめ)といった。都で評判の中将姫ちゅうじょうひめの妹であった。


 一目で恋におち、抑えられない恋慕の情に苦しんだ真勝は、歌を詠んで姫に送った。

 真勝の歌に、姫はこんな歌を返した。


『 雲だにも かからぬ峰の 白滝を さのみな恋ひそ 山田おのこよ 』

 ( 雲にかからないほどの高い山のように、身分の高い私です。諦めなさい。 )


 諦めきれない真勝は、再び歌を送った。


『 水無月の 稲葉の末も こがるるに 山田に落ちよ 白滝の水 』

 ( 水無月にひでりで焦がれる稲の葉先のように私も恋い焦がれています。私のもとに降りてきてほしい。諦められないのです。 )


 真勝の誠実さと一途な思いを知った天皇の取り持ちで、ふたりは夫婦となり、真勝は大喜びで白滝姫を連れて山田の里へと帰っていった。


 ある年。ちょうど梅雨に入ろうという季節で、山田の里には栗の花がこぼれるほど咲いていた。慣れない貧しい山里の暮らしが身にこたえたのか、白滝姫は亡くなってしまった。


 悲しんだ真勝は、庭前に弁財天の堂を建てて姫を祀った。すると、その堂の前から清らかな泉が湧きだした。

 それから毎年、姫が亡くなった頃になると、その泉には滾々(こんこん)と清水が湧き、どんなひでりでも水が涸れることはなかった。

 真勝は姓を「栗花落つゆ」と改め、いつしかその泉は「栗花落つゆ」と呼ばれるようになった。



 * * *





藤原白滝ふじわらしらたきさん!」

 

 放課後の廊下に、男子高校生の低い声が響く。


「僕と付き合ってくだ」

「絶対イヤ!」


 最後まで言う前に、彼女は彼に鞄の角をぶつけながら大股で去って行った。


 膝に鈍く響く痛みに顔を顰め、先ほど自分を一瞥した彼女の、意志の強い瞳を思い出す。


「痛い……でもステキだ……」


 その場に残された彼――山田真勝さねかつは、去りゆく彼女の揺れる豊かな黒髪を見つめながら、陶然と呟いた。





 数日が経ち、白滝のいる生徒会室に山田がやってきた。


「白滝さん! 僕はあなたのことがす」

「あーはいはい、今日もご苦労様ですねー」


 白滝は書類から目を離さずに山田の言葉を遮る。


「白滝さんこそ、生徒会長のお仕事お疲れ様です」


 適当にあしらわれたというのに、にこにこと白滝を労う山田に呆れ、白滝は書類を手繰る手を止めて顔を上げる。


「よくもまあ毎日毎日、疲れないわね。ひまなのかしら」

「白滝さんに会えるんですから、全く苦じゃないです」


 白滝の嫌味も、山田は意に介していないようだ。ますます白滝は呆れかえる。


「あのね、私はあんたが何を言おうが何度告白しようが、頷くことはない。決して、絶対に。だから、諦めて帰りなさい」


「いえ、僕は諦めません」


 笑みは崩さず、はっきりと意志の固さを伝える山田に、白滝は呆れかえって問いかける。


「なんでそんなに頑張れるのよ。私にこんなに言われて嫌じゃないの?」

「嫌かと聞かれれば嫌ですが。でも、そんなところも良いと思うくらい、一目見たときから僕はあなたが好きなんです」


「え?」


 山田に何度も告白はされているが、そのようなことを言われたのは初めてだ。


「一年前のことです。掃除当番を押し付けられて中庭の掃除をしていたら、ちょうど生徒会室のそこの窓が開いていて、中が見えたんです。ひるがえる白いカーテンの向こうに、あなたが机に向かっているのが見えて。その真剣な横顔に、胸をつかまれたような感じがしたんです。それから、僕はあなたのことが気になってしょうがないんです。一目惚れですけど、僕は本気です。あなたはいろいろな人から告白されていて、僕のこともそのうちの一人くらいにしか思っていないのかもしれませんが、僕のこと、本気で考えてみてもらえませんか」


 笑みを顔に貼り付けているが、目は真剣そのもので、不安げな色が見え隠れする。

 山田のその目を見て、白滝は手に持っていた書類を机に置いて小さく深呼吸する。


「あんたの気持ちはわかった。でも、あんたが本気かどうかとか、あんたがどういう人かは関係ない。どうしても駄目なの。あんたとは絶対付き合えない」


 悪いけど、と白滝は心の中で付け足した。


「知っていますよ」

「え」

「あなたの名前の由来となった兵庫の伝説に、僕と同じ名前の人物が出てくるんですよね。そしてあなたはその話が嫌い」


 僕を気の毒に思ってお友達が教えてくれました、と山田が苦笑いした。


「それなら話は早いわ。あんた、あの話聞いてどう思う? あれはどう捉えても、ハッピーエンドじゃないでしょ。白滝姫は好きでもない男に嫁がされた挙句、慣れない貧乏暮らしに耐えられずに死んじゃうのよ。そんな不幸なお姫様と同じ名前ってだけで嫌なのに、その話に出てくる白滝姫の相手と同じ名前のあんたと付き合うだなんて、絶対イヤ!」


 吐き捨てるように叫んで、白滝は口を閉ざした。


 しとしとと、雨の滴が窓を打つ。

 昨日から梅雨入りしたとかで、今日は朝から雨が降っている。晴れの日は中庭から差し込む陽光で明るい室内も、今日は薄暗く、浅黒い山田がさらに黒く見えた。


 中庭ではきっと、この雨で散らされた栗の花がアスファルトの上で雨と泥にまみれて薄汚れているだろう。見た目が花らしくない栗の花は、散ると掃除が大変で、中庭掃除は特に不人気の掃除場所だ。



「それにしても、なんで白滝姫は死んだんでしょう」


 しばらく黙っていた山田が唐突に口を開いた。


「だから、貴族のお姫様には貧乏暮らしが耐えられなくて――」

「そこなんです。白滝姫の父親は、左大臣にまでのぼりつめた藤原豊成。白滝姫は、そんな父親に大事にされてきた、生粋のお姫様です」

「どういうこと?」


 山田の言葉の意味がわからず、白滝は問い返す。


「彼女は貴族のお姫様なんです。当然、身分の低い男との生活が彼女に合うわけがない。だから、彼女が嫁いだ後も、父親は彼女のことを気にしていたはずです。白滝さんの言う通り、白滝姫が貧乏暮らしに嫌気がさして困っていたのであれば、父親に助けを求めるのではないでしょうか」


「あ」


 そこでようやく、白滝は山田の言わんとしていることがわかった。


「大事な姫の命が危ういと知れば、父親が姫を実家に戻そうとするはずです。天皇が決めた婚姻とはいえ、命がかかっている状況だったわけですから、不可能ではないと思います。姫が彼との結婚を本気で嫌がっていたのであれば、それこそ実家に助けを求めて、これ幸いと帰りませんか」


 それ以上山田は言葉を継がなかったが、白滝は全て理解した。


 白滝姫が実家の藤原家に助けを求めなかったのは、姫がそれを望んでいなかったからだ。

 実家に助けを求めたら、きっと京に連れ戻されてしまう。だから、白滝姫は自分の窮状を訴えることはなかった。

 つまりは、そういうことだ。


 白滝は窓の外を見た。

 生徒会室の窓から、梅雨の滴に濡れて、黄色みのかかった栗の花が重く垂れ下がっているのが見える。


 この花が落ちる季節は、梅雨。

 この季節に白滝姫は亡くなった。そして、姫をうしなった山田真勝は、自身の姓を「栗花落つゆ」と改めた。

 少し、ふたりの関係性を見た気がした。



「ちなみになんですが」


 窓の外をじっと眺めていた白滝に、山田が声をかける。


「山田真勝が姫の死後に改めた『栗花落つゆ』という姓ですが、一説には、姫を降雨の神とする雨乞いの一族だったそうですよ」

 

「雨乞い?」


「そうです。梅雨の時期に雨が降らなかったら農民たちが困るでしょう。そこで、白滝姫が亡くなった後に湧き出た泉の水を呼び水にして、雨乞いをするそうです。栗花落さんが、祖先である姫に祈ると、たちまち雨が降るんだそうです」


 きっと白滝姫は夫が困らないように雨を降らしたんでしょうね、と山田は白滝にほほえみかけた。


「……白滝姫は、亡くなるときには笑っていたのかしら」


 ポツリともらした白滝の独り言のような問いかけに、山田は小さく笑って返す。


「どうでしょう。気の強い(・・・・)白滝姫のことですから、最期まで山田真勝に笑いかけなかったかもしれませんよ」

「なっ」


 意味深な言葉に白滝が山田を睨むと、山田はいたずらっ子のような笑みを浮かべている。


「まぁでも、笑ってくれたら僕も嬉しいですけど」


 今度は、すべてを包み込むような微笑みを浮かべる。それを見た瞬間、白滝の顔に熱がともった。

 山田に何か言い返したいのに、気持ちが言葉にならない。口を開けては閉めるを繰り返し、結局白滝は閉口した。


「白滝さん、長居してすみません。今日はこれで失礼しますね」


 眉間にしわを寄せて何も言わない白滝に、山田がくすりと笑って白滝に背を向ける。山田が部屋から出る間際、白滝はようやく口を開いた。


「……ありがと」


 山田が目を丸くして白滝を見ると、白滝は相変わらず眉間にしわを寄せたままで――しかし、耳まで真っ赤になっていた。


「白滝さん! 僕と付き合っ」

「それとこれとは別」


 声が感動で弾む山田を、いつもどおりピシャリと遮る。しかし、いつもと少し違うのは、白滝の口許が少し緩んでいることだ。


「でも、あんたと話をしてよかった。ありがとう」


 今度ははっきりと山田の目を見て、感謝の言葉を口にした。そんな白滝の様子を見て、山田は呆然と呟く。


「どうしましょう。いつもの怒っている白滝さんも良いですが、やっぱり、笑顔の白滝さんはもっとステキです」

「……いつも怒っているのはあんた限定だからね」


 眉間にとても深いしわが刻まれそうなのを抑えつつ、白滝は言った。


「やっぱり、僕はあなたを諦められません。明日も会いに来ますから」


 懲りずに宣言して山田が出て行った扉をしばらく見つめ、せいぜい頑張りなさいと白滝は口許を緩めた。


 窓の外に視線を移すと、中庭には雨が降り続いている。これから梅雨本番である。

 窓辺の栗の花には、雨粒がきらりと光っていた。






最後までご覧いただきありがとうございました。


前作をご覧の方は、ずいぶん違うなぁと感じたかもしれません。甘々ゼロで盛り上がりもないですが、こういうのも書いてみたかったので、挑戦の意味もあり書いてみました。

いかがだったでしょうか。



本文にも説明が多いですが、ここでも少し解説をば(読むの面倒! すみません!)。


●伝説について

この話は、兵庫県に伝わる『白滝姫伝説』をモチーフにしています。本作のタイトルもそこから来ています。

この伝説は、「伝承」ですので、本やサイトによっては内容にだいぶバラつきがあります。姫の返歌が全く違うものだったり、そもそも井戸はふたりが山田の里に向かう途中で姫が杖で地面を突いて湧いたものだったり、とさまざまです。解釈も諸々あります。

その中であらすじの部分と複数の資料でかぶっている部分を繋ぎ合わせて、この話は書かれています。生徒会室での山田と白滝の会話は、完全に私自身の解釈です。

また、白滝姫にまつわる伝説が群馬県桐生市や富山県山田鎌倉にもあります。桐生市の場合、「白滝」という名前のイメージが養蚕と結びついたようです。この伝説の本家がどこかはわかりません。

地元の方や、郷土史家、民俗学者の方からしてみれば、全然違うよ!と思うところも多々あるかと思います。伝説に関して何か情報がありましたら、ご指摘いただけると幸いです。


ただ、本作に関しては、あくまで伝説をモチーフにした話としてご理解ください。



●現実との相違に関して

藤原豊成は実在した人物のようです。奈良時代の人物です。

「栗花落」さんは実際にある苗字です。大阪や神戸などを中心に、「つゆ」もしくは「つゆり」と読むそうです。ステキな苗字ですね。

「栗花落の井」も実際にあります。



あとがきが長くなりましたが、ここまで読んでいただき誠にありがとうございました。




【参考図書】

宮崎修二朗・足立巻一『日本の伝説43 兵庫の伝説』角川書店、1980年

角川日本地名大辞典編纂委員会『角川日本地名大辞典|(28)兵庫県』角川書店、1988年

丹羽基二『日本の苗字読み解き事典』柏書房、1994年


【関連HP(もっと知りたい人向け)】

歴史博物館ネットミュージアム ひょうご歴史ステーション

https://www.hyogo-c.ed.jp/~rekihaku-bo/historystation/legend/html/014/014-tx.html

NHK神戸放送局

http://www.nhk.or.jp/kobe/hyogoshi/kitaku/


あと、一応著作権の面では、文化庁のHPやなろうのガイドライン等を確認しましたが、大丈夫だと思います。。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです(o゜▽゜) 伝承を膨らませて、ステキなお話をつくるなんて素晴らしいです(≧∇≦) [一言] 男の子の解釈は強引だとも思いましたが、 主人公の女の子の心が晴れたのが見えるよう…
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