魔法使い
平穏な学園生活を送っていたアキヒトたち
しかし、戦いはまだ続いている
風魔との戦いを終え、楓が風魔楓改め黒野楓となって早一ヶ月。アキヒトたちは特に大きな事件もなく、学園での生活を送っていた。ただ最近になって変わったこともあった。アキヒトへの挑戦者が増えたのだ。1日に二桁は挑んでくる生徒がいる。しかも、女生徒ばかり。その中の大半は、弟子になりたいというものではなく…
「私もお嫁さんにしてくださーい!」
「はーいお引き取りくださーい!」
リリィと楓の弟子2人が揃ってアキヒトの妻となったため、弟子になる=アキヒトとの結婚という噂が出回ったのである。もちろん、アキヒトにそのつもりは全くなかった。そのせいもあり、最近ではリリィと楓が挑戦者の相手をしている。今も無策に突っ込んできた女生徒をリリィが吹っ飛ばしたところである。
「あーもう、まだ午前中なのにすでに5人目…」
「しかも今の生徒、昨日も一昨日も突っ込んできた先輩ではないか…全く、あんなもの私たちがいなくても主様にはかすりもしないぞ」
最初は腕試しにもなるし、変な虫がつかないようにできるしで2人ともやる気MAXであったが、数が多すぎて流石に呆れていた。
「悪いな2人とも。剣抜けないんじゃ相手が諦めるまで付き合わなきゃならんからな」
「そんなの1日が今の倍以上の時間になっても足りませんよ」
「旦那様に挑戦するなら私たちを倒してからっていうのが案外簡単に受け入れられてよかったです」
一応中には本当に弟子にしてもらいたくて挑んできている者もいるため、そういう者の相手はアキヒトが行なっていた。
「ママが不在でよかったですね…学園にいたら何人か死んでるかもしれませんでしたよ」
「それはそう…なんだけど、未だにカエデのママ発言には慣れないし納得がいかないんだけど…」
「それについては俺もだ…黒歴史を白日の元に晒されてる気分になるから勘弁して欲しいんだが」
楓の言うママとは、当然アリスのことである。アリスに認められてから、流石は忍と言うべきか、取り入るのが異常に上手く、早かった。今ではアキヒト並みに実の子供のように可愛がられている。楓もママと呼び、慕っている。
「ふふ、リリィが認められることはなさそうですからね」
「認めさせてみせるわよ!ママとは絶対呼ばないけどね!」
「お前までそう呼び出したら俺は旅に出るからな…」
ちなみに先ほど楓が言っていたように、アリスはここ最近姿を見せない。もともと神出鬼没であるため、誰もあまり気にしてはいないが。
「あぁ、いたいた色男」
そんな風に挑戦者を軽くいなしながら昼休みを過ごしていた3人に、赤髪の教師、ローズが話しかけてきた。
「ん?ローズ…先生。何かご用ですか?」
「やめろやめろ。お前からの敬語なんて鳥肌がたつわ。用ってほどのことでもないんだが、調子はどうかと思ってな」
「なんだそれこっちが鳥肌がたつわ。ローズが俺の心配するなんてどういう風の吹きまわしだ?」
「いやなに、これでも先輩教師だしな。あと、風魔の郷では少しピンチだったらしいじゃないか」
「なんでそんなこと知ってんだよ…」
「お前のママから聞いたんだよ。珍しいこともあるもんだと思ってな。腕が鈍ってるんじゃないか?」
「かもな。なんせ意味不明な取り決めのせいでなかなか刀を抜く機会がないもんでな」
「ふむ、なら私が稽古に付き合ってやろうか?」
「え?お前が?」
「私はこれでもこの学園のトップ5なんだが…うかうかしてるとそこにいるやつに抜かれそうな気がしてな」
そういってちらっとアキヒトの弟子2人を見る。ふふん、と偉そうに胸を張るリリィ。
「白巨人じゃなくて黒の風の方な」
しかしローズが気にしているのはリリィの方ではなく、楓の方であった。楓も主様の妻となったからにはと軽く6位の生徒を倒して番持ちになっていた。二つ名は黒の風。ここ最近、向上心からではないのに番持ちになる生徒(アンネと楓のことだが)が出てきて教師陣も軽く頭を悩ませている。
「なんでですか!確かに序列は私の方が下ですけど!あと私の二つ名は誰がなんと言おうと白き花です!」
「お前も確かに強くなったけど、力の使い方がまだまだなんだよ。力でのゴリ押しではお前の序列より高位の奴らには勝てねーよ」
「…え、力の使い方って…ローズ先生ってもしかして、知ってるんですか?」
「ん?ああ、竜の親子とはそこそこ付き合いが長いんでな。いきなりあんだけ力つければ感づくだろ」
「そ、そうだったんですか…」
「なんかお前ら勘違いしてるみたいだから言っとくけど、別にそこまで几帳面に竜のこと隠してるわけでもないからな?バレたところで対策する術は…この前やられたけどそんなにないからな」
この前とは風魔の郷でのことである。相手は完全に竜種との戦いに備えていた。それでもまだ不十分であったのだが。
「あんなのは普通じゃ用意できないっての」
「ま、逆に考えればそいつらが普通じゃないってことなんだがな。今は動きがないみたいだが、そんな奴らを敵に回してんだ。お前も腕が鈍ってちゃいざという時大変だろ?」
「確かにそうかもな…んじゃちょっとお相手願いますか」
「そうこなくっちゃな」
2人は不敵に笑っていた。それぞれが認め合う実力の持ち主と戦えると内心では少しウキウキしているのかもしれない。
「おお…この2人の試合なんてそうそう見られないわね」
「ああ、是非とも参考にさせてもらおう」
2人がそれぞれの獲物を構え、対峙する。アキヒトは黒櫻。対するローズは、なんとメリケンサックだった。
「ローズ先生の武器って、いつ見ても逆に不気味よね」
「そうだな。一見剣を相手に拳で勝負を挑むなど正気の沙汰とは思えないが、先生ならそれができてしまうからな」
「おいおい、このメリケンサック舐めんなよ?特注品で、魔法だって殴って消せる特殊金属製なんだぞ?もっとも、そんな機能は黒の剣相手には全く意味をなさないけどなら」
「うるせぇ。口閉じねーと舌噛むぞ」
それから、2人は黙って相手の動きに意識を集中させた。2人とも動かない。出方の探り合い。2人ほどの実力となると、頭の中で相手の動きと自分の動き、自分がこう出れば相手はこう出る、相手がこう出れば自分はこう出る、といった駆け引きが行われる。下手をすればこのまま何分間も動かない。そんな駆け引きが、まさに2人の間では行われているのだ。
「こちらが緊張してしまうほどの緊迫感だな」
「本当に…寒気がしてくるほどだわ…へくしゅっ」
「いや、いくらなんでもくしゃみはおかしいだろう」
「う、うるさいわね。だってなんだか本当に寒気が……ねぇ、なんかマジで寒くない?」
「そういえば…なんだか本当に気温が下がっている、ような?」
リリィと楓の言う通り、4人のいる周辺の気温が下がっていた。当然、アキヒトとローズの2人も気がついている。
「…ちっ、変な邪魔が入ったな」
「みたいだな。おい、その自慢のメリケンサックあてにするぞ」
「あいあい、欠けらは任せな」
「おい、リリィ、楓、頭上注意な」
「頭上注意…?って、なにあれ!?」
「い、いつの間に…!?」
リリィたちが上を見上げると、そこにはとてつもなく大きい氷塊が浮いていた。直径にして10メートルは超えていそうだ。
「氷塊よ、押しつぶせ…アイスファール」
どこからか聞こえてきた声とともに、その氷塊がアキヒトたちの頭上に落ちてくる。楓とアキヒトの速度をもってしても回避はギリギリ、ローズやリリィではまず回避不能な速度で氷塊はせまっていた。
「一の型…桜花!」
その氷塊をアキヒトが黒櫻で粉々にした。斬るというよりは叩き割ったような感じだ。だがそれでも、氷塊が大きすぎたせいで、当たれば大怪我で済めばいいほどの大きさの氷塊がいくつか残る。
「オラオラオラァ!」
その欠けらを、ローズが目にも止まらぬ速度で突き出された拳でさらに粉々に粉砕していく。リリィと楓は突然の事態に体が反応しなかったが、アキヒトとローズにより、無傷だった。
「な、なに今の?!」
「ま、魔法、か?しかしあれほどの大きさの氷塊に今まで気づけなかったのはどういう…?」
「認識阻害の魔法か、あるいは、一瞬で作り上げたか、だな。おそらくだが…後者だ」
「流石、お見事ですね先生方」
今の攻撃に対する推測を行なっていると、近くの木陰から1人の少女が現れた。
「なに!?そんなところに…しかし、気配が…」
「そちらは認識阻害の魔法ですよ。それよりも、クロノ先生」
現れた少女は、学園の制服を着ていた。つまりは、彼女もまた、学園の生徒であり、
「刀、使いましたよね?」
それだけで、アキヒトに挑み、弟子となる権利がある。
この時から、アキヒトたちの戦いは再び幕を開けた。