二重スパイ
「ふっ、はっ、せい!」
「まだまだ、遅いですよリリィさん!」
次の日、カエデの力の制御をする具体的な方法が思いつかなかったので、とりあえずいつも通り過ごそうということになり、学園に普通に通い、放課後の特訓をしていた。
「リリィ、力に頼るなよ」
「わかってますよ、そもそも私、力使ってもスピードはそこまで速くならないですからね…せい!」
リリィとカエデが模擬戦を行っているのだが、リリィの攻撃は1つもカエデには当たっていなかった。
「相変わらず速い…でも、負けませんよ!」
「おっと…リリィさん、なんかすごいやる気ですね。しかし、気合いだけじゃ勝てませんよ!」
「そこ!…ってまたぁ?!」
リリィが斬ったのはまたしても丸太だった。しかし、
「…こっちか!」
「なっ!?」
背後に回っていたカエデの一撃に、対応してみせた。
「ふっふっふ、同じ手は2度は食いませんよ?」
「たった1回で学習されたとは…」
「そいつ学習能力は異常に高いからな。剣に関することだけだが」
「そのようですね…しかし、忍の技がそれだけと思わないでくださいね!」
「うわっ、ちょ、飛び道具とか…!」
カエデは今まで使っていなかったクナイや手裏剣を使った。まだまだ本気は出していなかったようだ。
「なんのこれしきぃ!」
それを気合と持ち前の動体視力でかわしたり弾いたりするリリィ。
「やりますね…なら!」
「うぇえ!?か、カエデさんが増えた…?」
いわゆる分身の術。カエデは3人になっていた。
「もちろん本物は1人ですよ。さぁ、誰だかわかりますか?」
「全然わかんない…でも、わからなくたって!」
リリィは駈け出すと1人、また1人と連続してカエデの分身を斬っていった。
「全員斬れば問題ない!あなたが本物よ!」
最後の1人となったカエデをリリィは斬った、が。
「残念でした。また、私の勝ちですね」
「え、えええ!?う、嘘…」
カエデはリリィの後ろから忍刀を突きつけていた。
「ぜ、全部分身だったなんてぇ…」
「相手の裏をかくのは得意ですから。ですが、リリィさんの成長には驚きました」
「うう…次は負けないからね、カエデさん…いえ、カエデ!」
「え…」
「あなたは私のライバルよ!なんか他のことも怪しいし!だからカエデよ!」
「…ふふ、わかりました。他のことっていうのはよくわかりませんけど…妹弟子に勝てるくらい強くなってくださいね、リリィ」
2人の間に友情(?)が生まれた。アキヒトも微笑ましそうに見ている。
「うーん、青春してるねー」
「…何してきたんだ」
突然のアリスの登場で一気に表情が曇るアキヒト。
「そんなに嫌がらなくてもー。あれよ、私が手を貸したのに万が一のことがあったら嫌だしー。ことの顛末まで見届けようかなーって」
「さいですか…余計なことしなきゃなんでもいいよ」
「もーママにそんな口聞いちゃってー…いやごめんて、そんな本気の殺気ぶつけないでよ…さすがに怖いって…」
あまりにも本気すぎて演習場近くを歩いていた生徒が何人か倒れた。
「な、何事ですか先生…って、アリスさんですか」
「び、びっくりしたぁ…突然とんでもない殺気出さないでください…それだけで死ぬかと思いましたよ」
さすがにそれなりの実力があるリリィとカエデは倒れることはなかったが、すごいびっくりしていた。
「すまん、我を忘れていた」
「先生の気迫だけで動けなくなる生徒もいっぱいいるんですから気をつけてくださいよ」
「アリスさんも、あんまり旦那様からかわないでくださいね」
「ごめんねー。それはそうと、やっぱりまだ力は制御できてないんだー?」
「はい、自分でも呼びかけてみたりしてるんですけど…反応はないです」
「んー…よし、カエデっち、私と試合しよー」
「え、アリスさんと、ですか?」
「そのとおーり。追い詰められれば力が覚醒、なんてこともあるかなーって」
「…つまり、私がアリスさんとやり合えば、手も足も出ずに私が追い詰められる、と、言いたいんですか?」
カエデの瞳に静かに闘志が宿っていた。
「そーだけど…おやおやー?カチンときちゃったかなー?」
「いえ、そんなことは…しかし、あんまりいい気はしませんね。いいでしょう、やります」
「カエデって、案外負けず嫌いなんですかね」
「みたいだな。クールに見えるが、リリィみたいなところもあるんだな」
「…ん?馬鹿にされてます私?」
「え?なんで?」
「いえ、いつも馬鹿にされてるので今回もそうなのかと…」
「そんなつもりは今回はないんだが…なんかすまん」
リリィは馬鹿にされすぎて悲しい特性を身につけていた。
「じゃー始めよーかー」
「まいります…ふっ」
カエデから、素早い攻撃で戦闘は始まった。しかしその攻撃は空を斬っていた。
「おー速い速い。でもそれじゃ当たんないねー」
空間移動を得意とするアリスには、普通に移動するだけでは追いつけない。
「じゃあこっちからいくよー。ゲートオブ…」
「だからやめんか」
「ぶー…じゃー、アリスちゃん砲、発射ー!」
そう言うと、空間から無数の剣やら槍やらが飛び出してきた。やっていることは完全に慢心王のそれです。
「な…!?無茶苦茶な…!」
「ほらほらー、頑張って避けないと死んじゃうよー?」
「ちょ、アリスさん、本当に死んじゃうってそれじゃ…」
カエデは避け続けるが、武器の雨は止まらない。徐々に避けるのがギリギリになってきている。
「あっはっはっは!ほらほら当たっちゃうぞー?」
「あ、アリスさんなんかキャラ違う…」
「昔からあいつはあんな感じだよ…」
「くっ…このままじゃ避けきれない…もっと、速く…!」
訓練のはずなのだが、アリスは殺す気満々なのがわかり、本気で命の危機を感じる。避けなきゃ、死ぬ。
「こんなところで死んでられません…!」
(本当だよ…なんでこんなところで助かりそうなのに死ななきゃならないんだい…)
「え、今のは…?」
「あ、カエデ!危ない…!」
突然、カエデの動きが止まった。しかし、そこにも無情にも武器は降り注ぐ。
「あ、やば、マジで殺しちゃうかも」
「アリスさーん!?」
本気で殺す気は(たぶん)なかったアリスもちょっと焦っている。
「いや、大丈夫だろ」
しかし、アキヒトは落ち着いていた。しかし、ザクザクザクっと、カエデのいる場所に武器が次々と刺さる。
「あ、あははー…止められなかった…」
「え、え?か、カエデー!?ライバル宣言した瞬間にお別れとかやめてー!」
「そうですね、そんな死亡フラグは叩き折りましょう」
アリスとリリィがカエデの死を予感したが、それに反してカエデは2人の横にしれっと立っていた。
「ってうおわ!?か、カエデ、いつの間に?」
「ぎりぎりでしたが…力を貸してもらって、なんとか」
「力を…制御できたのね!」
「制御したというより、本当に力を貸してもらったという感じです。私の中で、あの竜が話しかけてきたんですよ」
「あ、お話もできたんだ。ちょっと羨ましいかも」
リリィとカエデがホッとしながら会話している横で、アリスが偉そうに言った。
「まぁ、こうなることは最初からわかっていたのさー」
「嘘つくな馬鹿野郎」
「そうですよ!途中であ、やば、とか言ってたじゃないですか!」
「殺気は本物だったのですが…」
「あ、あははー…結果オーライ!サラダバー!」
空間移動で逃げ出すアリス。バツが悪くなったらしい。
「まったくあいつは…」
「でも、まぁ本当に結果オーライでしたね」
「ええ、また、あの黒竜の声が聞けてホッとしました」
すっと自分の胸に手を当てて目を閉じる。その笑顔は本当に安心した、優しい笑顔だった。
「それにしても、本当にすごかったですねアリスさん…強いというか、めちゃくちゃというか…」
「空間魔法でなんでもござれだからな…昔、訓練であれを使われて何度死ぬと思ったことか…」
「私なら串刺しになる自信があります…」
アリスの力を見て、さらに年齢の話は絶対にしないと誓ったリリィ。
「まぁでも、なんとかなってよかったですね旦那様」
「…そうとは言ってられないみたいだな」
「え?あ…」
「…木葉、いるのでしょう。出てきてください」
「さすがお三方。俺の気配を察知するとは」
演習場の入り口から、風魔の長、木葉が入ってきた。
「あ、カエデみたいに突然現れたりするんじゃないんですね」
「言ってやるな…それで、何の用だ、風魔の長殿」
「いえ、我が一族の…私のフィアンセを迎えに来ただけですよ」
「……」
「…は?フィアンセ?そんなもの好きここにはいませんよ」
「そこにいるじゃないですか。たった今、木葉を救う最強の忍になった楓が」
「……え、カエデあんなのと結婚するの?」
「…昔から決められていたことなんです。木葉が風魔の長としてみなに認められたら、その時は私も共に風魔をまとめる、というのが…」
「なら無理ね。あなた、みんなから認められていないじゃない」
「今までは愚か者どもが多かったせいでそうだったが…これからは違う。俺は竜の力を手に入れたのだからな!」
「何言ってんですか。カエデがあなたに力を貸すわけが…え」
リリィの言葉とは違い、カエデはコノハの横に、いつの間にか移動していた。
「たいした速さだな。いいぞ、これで一族の愚か者どもも俺に従うだろう!」
「か、カエデ、なんで…?」
「…まだ、俺たちを騙していたってことか」
「…ええ、そうですよ。言わば、私は二重スパイ、ってやつです」
「そんな…嘘だよね?だって、ライバルだって…」
リリィは信じられないといった顔でカエデに声をかけるが、カエデは感情のない冷たい目をしていた。
「私は忍です。任務遂行のためならなんでもしますよ」
「そんな…」
「ふふ、いいぞ楓。ではな黒の剣。お前ほどのものが関わっていたので多少心配していたのだが…所詮はその程度か」
「……」
そのままコノハとカエデは去っていき、アキヒトとリリィだけがそこに残されていた。
「だ、旦那様…」
「…アリスを探すぞ」
「え、アリスさん、ですか?」
「ああ、あいつは風魔の隠れ家も知ってるみたいだからな。案内させる」
「あ、じゃあ…!」
「このままで終われるかよ…そっちがその気ならやってやるよ。風魔に、乗り込むぞ」