王立イーストウェル学園入学式典
学園の大広間。今日は入学式典当日。そこにはこれから強くなることを望み、期待に胸を膨らませる新入生が集まっていた。真剣な顔をし、式典が始まるのを待つもの。知り合い同士で和気藹々と話をするもの。何をするでもなくぼーっとしながら待つもの。様々な生徒がいる中、1人だけなぜか負のオーラ全開の女生徒がいた。朝謎の男に軽くあしらわれたリリィちゃんである。
「ちょっとリリィ…あんたなんでそんなに暗い顔してんのよ…あんなに入学を楽しみにしてたくせに」
「ほっておいてベッキー…朝から完全敗北を味わって私の心はマリッジブルーなのよ…」
「え、なにあんた結婚すんの?」
「は?しないわよ?」
「あ、うん、そう…とにかく気持ちがブルーなわけね…でもリリィが負けるなんて、一体何があったのよ?」
「今朝いつもの場所で鍛錬しようと思ったんだけど、知らない東国の男がいてね。見たことなくて怪しかったからとりあえず斬りかかってみたの」
「とりあえずの意味がわからないけど…それで?」
「だけど、いとも簡単に防がれたわ…そして何事もなかったかのように去って行ったわ」
「へぇ、あんたの馬鹿力をそんな簡単に…世の中強い人がいるものね。でも、そういう人たちの仲間入りするために、ここに入学したするんでしょ?」
「そうね…うん、そうよね。これからさらに強くなればいいだけよね!よし、やる気出てきた!」
「あいかわらず単純ね」
さっきとは打って変わってやる気に満ち溢れたオーラを出し始めたリリィに、周りの生徒は若干引いていた。
「ほら新入生どもー、静かにしろよ。そろそろ始まるぞ」
壇上から赤い髪の少々柄の悪そうな女教員が声を掛けると、今まで話していた者も、ピタッと静かになった。この辺りからは、世界最高峰の学園であることがうかがえる。
「えー、こほん。それでは、第…何回だっけ?えっと…あ、そうそう、第10回王立イーストウェル学園入学式典を行う。まずは学長、アルベルト・グラナドスの祝いの言葉だ」
「ローズ先生、そんなキリのいい数字忘れないでください…うぉっほん、ワシが学長、アルベルト・グラナドスである」
壇上にはもう1人、長く白い髭が特徴の白髪の老人が立っていた。老人であるにはあるのだが、この場にいる誰もが、その人の実力を肌で感じられるほど、威厳に満ちていた。ローズと呼ばれた先生のせいで若干ふわっとした空気になっていたが。
「あれが王国一の大魔導師、アルベルト・グラナドス…直接見るのは初めてだわ。当然なんだけど、とんでもない魔力ね。勝てる気が1ミリもしない…」
「そうね…ふぁあ…」
などと尊敬の念を抱くベッキーと呼ばれた少女、本名レベッカ・オルコットの横で、興味なさげな脳筋少女はあくびをしていた。魔法はイマイチ苦手なので強い剣士以外はどうでもよかったりするのだ。
「まずは、入学おめでとう諸君。この学園に入学できた時点で、君たちはそれなりの技量をもっていると思うが、まだまだ上を目指してもらいたい。素質ある若者を育て、この国を、この世界の人間を魔物から守れる戦士を育てるのが我が校の1番の目的である。といっても、十数年前に急増した魔物も、今ではだいぶ対策が進み、世の中はほぼほぼ命の危険を感じずに暮らしていけるようになってきてはおるがの。だが、だからこそ今のうちに若者を育て、世界の平和を保つために、こういう教育機関が必要なのだと、この老いぼれは思っておる。いつ何が起こるかわからないが、どんな事態にでも対応できるように、君たちには成長してほしい。あんまり長くなると嫌がられるじゃろうから、簡単ではあるが挨拶はこのぐらいにしておこうかの。最後にもう一度、入学おめでとう。あと、学園生活を存分に楽しんでくれたまえ」
「えーと、じゃあ次は、お前らの担任となる教師陣を紹介する。先生方、壇上にどうぞ」
10人ほど壇上に上がって行く。どの教師も武具や魔法の達人である。
「はー、やっぱり教師陣も豪華ね。ほとんど知ってる人ばかりだわ。あ、あの人もこの前の大型魔物討伐で活躍してた人だわ」
「そうね…さすがにあの男はいない、か」
「あの男って…今朝の東国の人?」
「ええ、もしかしたらって思ってたんだけど、考えすぎみたいね」
それぞれの教師が簡単な自己紹介をし、司会進行を務めている赤髪の女教師の番となった。
「私も新入生を担当することになっている、ローズ・フィールディングだ。担当は武具による実技。よろしく頼む。ついでにもう1人紹介しておきたい。今年から実技の演習を手伝ってくれる特別教員を拾ってきた」
「拾ってきたって…変な言い方ね」
「実技の特別教員…」
「それじゃクロノ、こっち来てくれ」
「へいへい…(あぶね寝かけてた…)」
そう呼ばれて、男が気だるそうに壇上に上がってきた。その見た目は、黒い着物に、腰に2つの刀を挿していた。
「今年から特別教員として雇われました、黒野秋人…じゃないこっちじゃ逆か…アキヒト・クロノと言います」
男が自己紹介をすると、会場中がどよめいた。
「アキヒト・クロノ、だって…?!」
「ま、待てよ、その名前って確か…」
「黒の…剣…?」
会場のザワザワがさらに増して行く。
「ほらー、静かにしろお前ら。まぁ気持ちはわからんでもない。お前らの想像通り、あの黒の剣だ。運良く私が拾ってきた」
ローズが認めたことにより、会場はさらにざわめきを増した。
「黒の剣がなんでこんなところに…!?かの剣聖と互角かそれ以上の実力の持ち主なんだろ!?」
「かつてSランクの魔物を1人で撃退したって聞いたことある…」
「さ、さすがにそれはないだろ…Sランクって言ったら国の軍隊動かしてやっと倒せるかどうかってレベルだぜ?」
「でもそれが嘘でもさ、黒の剣ってだけで相当の実力持ってるってことには変わりないよな!?」
「マジかよそんな人の指導受けられんの?!すげーラッキーじゃん!」
「あーほら、静かにしろ!まったく、たいした人気だな黒の剣さん」
「ああ、うん、自分でも普通に驚いてる…みんな結構知ってんだね…めんどくさいことになりそう…」
「まぁしばらくは我慢しやがれ。おらお前ら、いい加減静かにしろ!まだ終わってねーんだぞ!」
さらに柄の悪くなった赤髪教師の言葉で、会場は徐々に静かになった。
「よしよしそれでいい。そうだな、今後も騒ぎが起きてもかなわんから今のうち少し質問でも受け付けようか。いいよな、学長?」
「かまわんよ。ふぉっふぉっ、わしも聞いてみたいことはたくさんあるからの」
「うし、じゃあクロノ、さっさと始めてちゃっちゃと答えろ」
「マジっすか…しょうがない…えーっと、何か質問ある人いますか?あ、じゃあそこで手あげたキミで」
「はい!えっと、クロノ…先生?は、どうして突然ここの教師に?拾ってきたとか言われてますけど…」
「ああ、うん。文字通り、道端で餓死寸前で倒れてたところをローズ先生に拾われた」
「まさかの文字通り!?」
「餓死寸前で倒れてたって…本当に強いのかよこの人…」
「んで、三食しっかり食える分だけの給料を条件にここの教師になりました」
「しかも条件めっちゃ普通の雇われ方だね…」
「なんか威厳もないし…」
てきとうな態度のクロノに、生徒たちから疑いの眼差しが向けられていた。
「なんか思ってた雰囲気と違うねー。リリィはどう思う?」
「……間違いなく、強いわよ」
「へぇ…やっぱりわかるものなの?」
「いえ、今は殺気もなければ闘気もない。隙も多く見えるし、全くわからないわ」
「ん?じゃあなんで強いって思うわけ?」
「実際に見たからよ、その一片を。氷山の一角にも満たないほんの欠片程度なんだろうけど」
「…もしかして、今朝の東国の人って?」
「ええ、あいつだわ…アキヒト・クロノ…黒の剣、だったのね」
「そりゃリリィでもかなわないわけね」
会場の熱は、一部を除き、さっきとはうってかわってかなり冷めていた。
「ったく、それなりの実力があるって言っても所詮は新入生のガキどもね…まぁ静かになったならそれでいい。以上で入学式典を終わる。この後は各教室の担任に従って教室に移動だ。面倒だから騒がず速やかに行動するように」
こうして、第10回王立イーストウェル学園入学式典は、なんとも言えない雰囲気で終わったのであった。