昔の話
「さーて。じゃあ竜の力を制御しちゃいましょー」
「よ、よろしくお願いします」
無事(?)簪を手に入れられたカエデは、アリスに力の制御のレッスンを受けることになった。
「旦那様ー!?ダメですってばー!!」
「もういいんだ…離してくれリリィ…!」
ちなみにアキヒトは刀で自害しようとしているのをリリィに必死に止められている。
「可愛いアキ坊はほっといて、とりあえず簪つけてみてよー」
「はい…えっと、これでいいですか?」
可愛い顔によく似合っていた。もともと東国顔をしているのでなおさらである。
「うんうん、似合ってるよー。じゃ、またねー」
「はい、それではまた…じゃなくて!ここからどうすればいいんですか?」
「どうすればって言われてもなー。人それぞれだしー?」
「き、決まったやり方はないんですね…それでは、皆さんはどうなさったんですか?」
「はぁ、はぁ…え、私たち、ですか?」
やっとの思いで黒櫻をアキヒトから取り上げてリリィはヘトヘトだった。ちなみにアキヒトは横になって倒れて何かをずっとブツブツ言っている。かなり不気味です。
「私のときは…綺麗な刀だなーって眺めてたら、突然白くなって…完了?」
「…何の参考にもなりませんね。先生は…後で聞きます」
「アキ坊のやり方なら知ってるぞー。まぁただひたすらに刀で素振りをし続けてだけみたいだったけのなー」
「なるほど、対話するために刀を使いこなそうとしていたのですね」
「ああ、そういえば私のときも刀を使えるようになれって言われました。自分がそうだったからなんですね」
「でもー、今回は簪だよー?」
「た、確かに…簪を使いこなすの意味がよくわからないです…」
「めちゃくちゃオシャレするとか…?」
「さぁ…アリスさんはどうやったんですか?というか、アリスさんの媒介ってなんですか?」
「私ー?私は媒介使ってないよー?」
「え、媒介なしでも制御出来るものなんですか…?」
「こう、竜が出てきそうになったらー、出てくんじゃねぇよもっかい殺されたいんかあぁ?みたいな感じで脅してたらいけたよー」
「竜を脅すってどんだけなんですか…それにビビる竜も竜ですけど…」
「まぁ媒介あった方が制御しやすいのは本当だよー。私なんか媒介なかったから、竜に乗っ取られることはなかったけど、なかなか力が安定しなくって…小さな村を3つほど謎空間に飛ばしちゃった☆」
てへぺろっ。
「てへぺろっ、って…そんな失敗失敗、どんまい私!みたいな軽いノリの出来事じゃないですからね?」
「そうかなー?まぁなんでもいいけど、媒介がいるのは初めて力を制御した以降の話かなー。とりあえずはなんとかして竜が表に出てくることだけは避けないとねー」
「そうですね…対話、ですか…正直まだ何も感じていないので、自分の中に竜がいるなんて嘘じゃないかってちょっと思ってます」
「何か強大な者が自分を乗っ取るような感覚になるんだけど…そうなったら焦ったほうがいいかもねー」
「あー、私のときなんか熱が出てる時にすでになんか感じましたよ」
「リリっちも私のこと言えないくらい特別な例だからねー?」
とりあえず、2人とも全くカエデの参考にならないということがわかった。
「やっぱり先生に聞くのが1番いいのでしょうか…って、オルコットさん、何してるんですか…」
「え?あ、ベッキーいつの間に…なっ!?」
「ついさっきだけど?」
神出鬼没で有名なレベッカが、放心状態のアキヒトを膝枕して頭を撫でていた。膝枕して。
「おぉいこらオルコットォ!?人の旦那様に何してくれてんですかぁ?!」
「いや、先生死にそうなのに3人とも楽しそうにお話ししてるからおーよしよし、みたいな?」
「それは私の仕事!話が終わったらしようと思ってたのにぃ!!」
「なんだアキ坊、今は違うママを見つけたのか…あ、うん、冗談だって…ちょっと調子に乗りすぎただけだからさー、舌噛み切ろうとするのはやめよーな?」
アキヒトから本気で死のうとしてるのを見て流石のアリスも謝った。死のうとしてるんだけど、いつまで膝枕してもらってるんでしょうか。
「旦那様も!なんで死ぬほど嫌がってるのにされがままなんですか!」
「…されるが、まま…ママ…う、うぅぅ…」
「うわ、ちょっとリリィ、なんか知らないけど先生泣かしちゃダメだよ」
「そんなに嫌だったかなー…アキ坊が壊れた」
「し、しばらくそっとしておきましょう…」
アキヒトが正気を取り戻すのに1時間くらいかかった。
〜〜〜〜〜〜〜〜
結局学園では媒介を手に入れただけで特に他には進展せず、仕方がないのでオルブライト邸に帰ってきた。カエデも帰るところがないので、一緒についてきていた。
「はぁ…今日は散々だった…」
「あはは…お疲れ様です旦那様。でもアリスさん、マザーや旦那様が言うほどの人でしたか…なんて目してるんですか旦那様」
アリスをさほど嫌がってないリリィを見て、信じられないといった顔をして目を見開いているアキヒト。
「あいつに世話になったことは確かだけど…未だにその時のことをいじってくるのが耐えられない…子供の頃のことなんだからやめて欲しい…」
「先生意外とプライド高いんですね」
「いつもクール気取ってますからね。イメージがあるんですね」
「別にクール気取ってるわけじゃないんだが…」
「まぁ先生が嫌がるのはわからなくもないですが…マザーまでってのがきになりますね」
「その辺は俺もよく知らないんだが…」
キョロキョロと周りを見回して、アリスがいないことを確認してから、
「…アリス、マザーと同じくらい生きてるらしい」
「……マジですか」
「年上って…年上過ぎませんか」
「マザーが全ての竜の長になる前からの知り合いらしいからな…100年以上生きてることになる」
「え、もしかして私たちもそんなに生きることに…?」
「わからん…まぁ、普通の人よりは長生きするだろうとは思うが」
「竜は200年生きると言われてますから、ありえない話ではないんでしょうが…」
3人はアリスの年齢に触れるのは本当にもうやめようという結論に至った。
「そ、それにしても、カエデさんの力の制御、どうしましょうか?」
「そ、そうだな。まだ体に影響はないんだよな?」
「はい、まだなんとも…」
「んー…考えてたらお腹空いてきました…私夕飯作ってきますね!腹が減ってはなんとやら、です!」
「あ、それなら私も手伝います」
「いいよいいよ、カエデさんはお客さんだし、大変な時なんだから大丈夫!」
そう言って、リリィは台所へ行ってしまった。
「…リリィさん、良い人ですね。私は、もともと敵みたいなものだったのに」
「敵ではないだろ。騙していたかもしれないが、最初から竜を助けようと考えてたんだから」
「そうですけど…あの、1つ聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「先生は、なぜ私が殺してくれと頼まれたと思ったのですか?」
「ああ、それはな…俺も、そうだったんだよ」
「先生も…?」
「10年前、俺の住んでいる村が年齢からか暴れ出した竜に襲われてな…10歳の俺に討伐命令が出た。というか、まともに剣が使えるのが俺しかいなかったんだ。師匠は国の仕事で外に出ててな。だから仕方なく、村の生き残りが逃げる時間を稼ぐために俺が戦うことになった。勘違いしないで欲しいが、村の奴らが俺を犠牲にしたわけじゃない。本当に温かい人たちだったよ。何度も俺にすまないと謝っていたよ…だから、俺も村の奴らを守ろうと、竜に1人で向かっていったよ。そしたら、竜から意外な言葉をかけられてな…」
「それが、殺してくれ、ですか」
「ああ…びっくりしたよ。どうも自分では止められなくなってたみたいでな。その後、竜の動きが止まって…簡単に殺せたよ。それで、カエデみたいに高熱が出て…気がついたら、アリスに拾われてマザーのところにいたよ」
「その黒竜も、きっと村のために1人で立ち向かった先生になら自分をたくせると思ったんでしょうね。私の時のように…」
「本当にそんな理由かね…こいつと会話するととてもそうは思えない…そうだ、俺からも1ついいか?」
「え、あ、はい、なんでしょうか?」
「竜を殺したかって俺が聞いた時、すごい怯えたみたいになってたけど…あれ、俺が怒るから怯えてた、だけじゃないよな?」
「…はい」
「どうして、あんなに竜を殺したことに怯えてたんだ?」
「…私、幼い頃に竜に命を救われてるんです」
「竜に…?」
「はい。風魔の一族は5歳になるともう本格的に忍の修行が始まるんです。私は筋がいいということで、山奥で他の子たちとは違う修行を1人で行っていました。でも、まだまだ未熟で、崖から足を滑らして落ちてしまったんです。落ちてる間に、子供ながらにこれは助からない、と思ったんですけど…私は死にませんでした。何が起こったかわからずに困惑してました。私、空を飛んでいたんです。白い竜の背中に乗って。その竜は、崖の上まで私を運ぶと、何も言わずに飛び去りました。私は、竜がいなければ今生きていません。だから、竜を殺してしまったと思ったとき、命の恩人…人ではないので恩人というのかわかりませんし、その竜とは違う竜だったのですが、とにかく、大きな恩のある竜を殺してしまったということが悔しくて、怖くて…」
「そういうことか。しかし、白い竜ねぇ…」
「白い竜がどうかしたんですか?」
「いや、なんでもないよ。それにしても、本当に運がよかったな」
「そうですね。だから私、自分の中にまだあの黒竜が生きてると知って、すごくホッとしました。でも、まだ助かると確定してないとわかって…必ず、助けてみせます。力を制御して、あの竜を」
「そんだけやる気があるなら、なんとかなるさ」
「先生、楽観的すぎますよ」
「いやいや、カエデさんなら大丈夫だって本気で思ってるさ」
「そうですか…あの、先生、お願いがあるんですけど」
「なに?」
「その、私のことも、呼び捨てにしてくれませんか?ここ数日弟子としてすごして、先生は本当に尊敬できる人だって感じました。なので、これからも、その、良い関係でいたくて…少しでも仲良くなれたらな、と、思いまして…」
恥ずかしそうにそんなことを言うカエデ。リリィには足りない可愛らしさがあります。
「ん、そんなことか。わかったよ、カエデ…いや、楓、かな」
「?なにか違いますか今の2つ?」
「気持ちの問題かな」
「そうですか…?あ、図々しいんですけどもう1つ…話し方も、もっとくだけてくれませんか?距離を置かれてるみたいで、ちょっと寂しい、です…」
またも恥ずかしそう。学園の男子生徒がみたらイチコロでしょう。レベッカのときみたいに女子生徒も悶絶するかもしれない。
「…みんなもの好きだよなぁ、俺としては丁寧に喋ってる方が誠意を持って話してるつもりなんだが」
「素の先生と付き合っていきたいんですよ」
「レベッカにも似たようなこと言われたなぁ…まぁ、了解したよ、楓」
2人は穏やかに笑っていた。いい雰囲気です。そこへ、料理を持ってリリィが帰ってきた。
「お待たせしました〜。2人ともなんか楽しそうですね?」
「ああ、ちょっとな。楓と昔話してたんだよ」
「東国のお話とかですか…ん?カエデ…?」
「いや、私は先祖が東国の人間なだけで生まれも育ちもこの国です…って、リリィさん?どうかされましたか?」
「いえ、今旦那様からよくない雰囲気を感じ取りまして」
「なんだそりゃ。ついに宇宙から謎信号でも受信したか?」
「そんなのしませんって!」
「なんでもいいけど、早く食べようぜ。楓も腹減ってるだろ。飯が食えることは素晴らしいことだからな」
「先生は本当に食事が好きですね。はい、ではいただきましょう」
「やっぱり、またカエデって呼び捨てに…うう、なんか嫌な予感がします…」
1人で悩むリリィを横目に、2人はにこやかに食事を始めるのであった。