育ての親
夜が明け、マザーに別れを告げて3人で学園にやってきた。
「さぁ、今日も学業に励もうか」
「え、なに言ってるんですか旦那様?」
「そうですよ先生、媒介を持っている誰かのところに行くんですよね?」
突然できる教師のようなことを言い出したアキヒトに弟子2人は困惑していた。
「はっはっは、なに言ってるんだ君たち。学生は学業に励むものだろう?俺もしっかり教師として働かないと…」
「どうしたんですか先生!?先生が先生するなんて?!」
「旦那様、森で何か変なもの食べたんですか!?あれですか、今話題のその辺の草の鍋ですか?!」
「あ、いや、うん…ごめんね、普段先生なのに先生やってなくて…」
「謝った!?」
「た、大変よリリィさん、すぐに医者を呼ばないと…!」
「うん、ごめん…謝るからやめて…」
アキヒトはもうちょっと仕事しようと思った。
「いや、本当すまん…あいつに会いたくなさすぎて…」
「あ、ああ、そういうことですか。いや、どんだけ会いたくないんですか」
「黒の剣にそこまで恐れられる…というか嫌がられてるって何者なんですか」
「失礼しちゃいますよねー。こんな可愛い子を前にして」
「ですねぇ…え?」
3人で会話してたはずなのだが、いつの間にか1人増えていた。
「な、なんでテメェの方から…!」
「マザーから念話があったのよー」
「いらんことしてくれやがってー!」
空に向かって叫ぶアキヒト。本気の叫びだった。
「あ、え?アリスさん、ですよね?」
「はい、クラスメイトのアリスちゃんですよー」
いつの間にか会話に加わっていたのは、剣術科Aクラス、つまりはリリィとカエデのクラスメイトのアリスだった。名字は誰も知らない。誰が聞いてもアリスちゃんはアリスちゃんです。それ以上でも以下でもありません、としか答えない。ちなみに、初日にアキヒトが教室にいたのに気がついた5人、リリィ、カエデ、ベルヘルト、アンネ以外のあの気がついてるのに驚いたふりをしていた生徒がアリスである。
「なぜあなたが…?もしかして、マザーの言っていたあいつとは…」
「アリスちゃんでーす。というかマザーまで私のことあいつとか酷くない?」
「いい歳こいてそんな喋り方してるからだろうがあぶねぇ!?」
突如アキヒトの鼻すれすれのところを小型のナイフがかすめていった。
「女性に年齢の話は厳禁って何度言ったらわかるのかなー?」
「はい、すみませんでした…」
「は、はやっ!?」
「な、何者なんですかあなたは…?」
リリィはともかく、カエデすら目で追えなかったその動きに、2人は目を見開いて驚いていた。
「アリスも、竜だよ。俺よりずっと前からな」
「え、そうだったんですか!?というか、旦那様よりずっと前からって…」
「アリスさん、いったい何歳…ひっ」
今度はナイフがカエデに向けられていた。
「だーかーらー、年齢の話はダメって言ったよねー?と言っても、ちょっとは話さないと話が先に進まないかー。まぁ、私はアキ坊よりずっと年上なのよねー」
「ええ…?いや、だって見た目はどう考えたって…」
「…幼女、ですよ」
カエデの言う通り、アリスの見た目はとても幼い。まだあどけなさの残るカエデは、16歳と言われれば童顔だね、で済むくらいだが、アリスの見た目は16歳と言われても信じられないほど幼い。入学式典からしばらく飛び級した子がいると少し話題になっていた。
「なんかねー、竜になった時から見た目は歳とらなくなっちゃってー」
「いったい何歳の時に竜になったんですか…?」
「えっと、20歳くらいー?」
「どっちにしろおかしくないですか…?さっきカエデさんも言ってましたけど明らかに…ねぇ」
竜だということよりその見た目が20歳の頃の姿だということの方が信じられなかった。
「そんな人が、なんで学園に通ってるんですか。しかも新入生として」
「ローズが、私のクラスに席用意してあるからきな。面白いもの見せてやるよって連絡してきたからー。暇だったし何かなーって来てみたらいいもの見れたよー。まさかアキ坊が教師なんてねー。仕事あんまりしてないけどねー」
「ローズ先生とお知り合いなんですね。っていうかやることめちゃくちゃですね」
「俺もアリスがクラスにいるのを見たとき心臓止まるかと思ったよ…てか、アキ坊はやめてくれ」
「いいじゃーん。アキ坊はアキ坊だしー」
「アキ坊…あの、アリスさんと先生の関係って…?」
「私はねー、アキ坊が竜になってからの育ての親なのさー」
「そ、育ての親?え、旦那様って何歳で竜を倒したんですか…?」
「10年前だからー…10歳だねー」
「10歳!?え、というか、旦那様今20歳なんですか?!」
「そうだけど、何歳だと思ってたんだよ」
「いや、無駄に偉そう…あ、いえ、落ち着いてるのでもっと年上なのかと。4つしか違わなかったなんて…」
「リリィさん、年齢も知らない人と結婚したんですか…さすがにこの国の人間でもなかなかないですよ」
「ふっ、本当の愛に年齢なんて関係ないのよ」
キリッとキメ顔。非常にうざい顔です。
「それでー、そろそろ本題入ろっかー?」
「そ、そうでした。いろいろ驚くことがありすぎてすっかり忘れてました…アリスさん、媒介をどうにかできる、ってことでいいんですよね?」
「媒介?あーそういうことー。実はマザーから連絡はあったんだけど、アキ坊に手を貸してやれとしか聞いてなくてねー。カエデさん、捕まえてた竜殺しちゃったんだ?」
「え、な、なぜそれを…というか、捕まえてたことまで」
「あれで隠してるつもりなら甘い甘い、まだまだ若いねーみんな。あ、いや私も若いけどー?」
「どこが…はい、アリスはいつまでも若くて可愛らしいです」
「よろしい。んー、今在庫あったかなー?」
悩むようにして、空間に手を伸ばすと、何もないはずの空間に飲み込まれるかのように、手の先が消えた。
「え、ええ…私もう驚き疲れたんですけど…な、なんなんですかこれは…」
「んー?何がー?」
別になんでもないことのように何かに手を突っ込んでゴソゴソと何かを探すように動かしているアリス。はたから見たら割とホラー。
「アリスはな、空間魔法のプロフェッショナルなんだ。基本空間転移で移動してくるから気配も掴めない。それはまぁどっかの倉庫に手だけ空間転移してんだろ」
「そのとおーり!これぞ我が宝物庫、ゲートオブバビ…」
「それ以上はいけない」
真顔でアキヒトがセリフを遮った。
「まぁそれは冗談として、私の中にいるのは青竜だからねー。魔法系統ならそんじょそこらの魔法使いじゃ敵わないさー。特に、空間魔法なら私の右に出るものはいないと断言できるねー」
「青竜…確か、人間をはるかに超越する魔法を使うんですよね。そんな竜を宿しているなら納得できるような…していいのかわからないですけど」
「へー…そういえば、黒竜さんはどんな特性なんですか?」
「黒竜は簡単に言えば速さ特化だな」
「ああ、確かに力使ったときの旦那様は全く目で追えませんものね。カエデさんにもちょうど良かったですね」
「そうかもしれないが…まだ制御できるからどうかわからないし…」
「こらこら、そんな弱気じゃできることもできないぞー。まずはできると信じないといけないぞー。お姉さんからのアドバイスだぞ☆」
「お姉さん…」
「ん?何かな?」
「い、いえ、見た目が幼い…とっても若いのでお姉さんに違和感ができただけです!」
アリスの目が怖すぎてカエデはマザードラゴンにあった時よりもガチガチになっていた。
「まったくどいつもこいつも…お、あったあったー。カエデっちにちょうどいいのがあったよー」
「カエデっち…いや呼び方はなんでもいいです。それで、媒介があったんですね」
「あったあったー。ほーいこれー」
アリスが空間倉庫(アキヒト命名)から取り出したものは簪であった。
「綺麗な簪ですけど…これが、媒介なんですか?」
「そうだよー。ほら、この装飾の部分に竜の鱗が使われてるのさー。これならカエデっちの黒髪にもぴったり。いいのがあって良かったねー」
「自分に似合うかはわかりませんが…ありがとうございます」
そう言ってカエデが受け取ろうとしたが、アリスはすっと差し出していた簪を自分の方に引き寄せた。
「え?あの、どうされました?」
「誰がタダであげるって言ったのかなー?媒介ってのはさ、要は竜の体の一部が使われてるの道具なわけさー。今の時代そんなもの作れるわけないし、残っている媒介ってのは昔っからある言わばお宝なんだよー。それこそアキ坊のお給料じゃどうにもならないくらいの値段がつくのさー」
「え、この刀そんなに高い物なんですか?」
「白櫻や黒櫻なんて私でも目が飛び出るくらいのレア物さー。高いなんてものじゃないよー」
「マジですか…私結構乱暴に扱ってるんですけど…」
刀になっても未だパワータイプのリリィの刀の使い方はお世辞でも丁寧とは言えなかった。
「その分には大丈夫だよー。むしろ白櫻を折ることができたらリリっちはもう竜でも人でもない何かだよー」
「リリっち…ま、まぁそれなら良かったです」
「えっと、それで、どうやったらその簪を譲っていただけるんですか?その、お金はそんなに用意できないんですけど…」
「わかってるよー。私もお金なんていらないしー。そうだなー…」
チラッとアキヒトの方を見てニヤッと意地の悪い笑みを浮かべたアリス。
「きーめた!アキ坊が昔の様に呼びながらお願いしてくれたら、譲ってあげるよー」
「アリス、割とまずい状況なんだから素直に譲ってくれよ」
「だから、お願いするだけでいいって言ってるよー?昔みたいに呼んでさー。ほらほらー」
「………リリィ、カエデさん、ちょっと耳を」
「あ、リリっちとカエデっちは耳ふさがずにしっかり聞いててね☆」
「……」
アキヒトの顔が絶望に染まっていた。
「だ、旦那様?そんな泣いてる子犬みたいな目でこっち見ないでくださいよ…可愛すぎて悶え死にそうです」
「せ、先生、そんなに嫌なら無理しないでください。私のために迷惑をかけるわけには…」
「……いや、やるよ。わかったよやればいいんだろ!これだからこいつに会いたくなかったんだ…」
「んんー?昔アキ坊は私のことこいつなんて呼んでたっけー?」
苦々しい顔をしながら頭を下げて、アキヒトは頼んだ。
「その簪、譲ってください…アリスママ…」
…………しばらく、静寂が続いた。
「……oh」
「……アリス、ママ…」
「いひ、いひゃひゃひゃひゃひゃ!」
アリスの下品な笑い声だけが響いていた。見た目幼女なだけに、違和感しかない。