風魔の一族
オルブライト邸、つまりアキヒトとリリィの家に帰ってからもなお、リリィは機嫌は悪かった。
「うう…簡単にやられました…」
「しかたないっての。あっちの方が一枚も二枚も上手だ」
「旦那様がそうやって実力を認めているのも気に入りません!」
実際あの後指導していても、その実力の高さは伺えた。それに、姿を消しているときは、アキヒトでさえなかなか気配がつかめない。
「実力は本物…そしてその実力を隠す気もない…何が目的なんだか…」
「剣の腕が伸び悩んでるって言ってたじゃないですか」
「言っていたが…本当にそれだけの理由で忍が簡単に忍でない者の弟子になるってのがどうもなぁ」
「忍については私はよくわからないんですけど、フウマっていう名前には聞き覚えがあります」
「ん、そうなのか?」
「はい、この国ではそこそこ有名な忍の家系らしいですよ。何してるかは知りませんが、王族からも秘密裏に仕事を受けていたとか」
「お偉い様の御用達の忍、か。そりゃまたやっかいそうな」
「あーでも、最近だとほとんど話を聞かなくなりましたね。私の父の時代なんかは本当に活躍してたみたいですけど。あれじゃないですか、一族の復活を願って手段を選ばないとか」
「一族の復活を願って手段を選ばない、か…なるほど。しかし、まさかな…」
「え、なんですか?」
「いや、なんでもない。リリィにしては鋭い推理だと思ってな」
「本当ですか!旦那様に初めてそういうことで褒められた♪」
普段は馬鹿馬鹿と言われているため、リリィはすぐに機嫌を直し、夕飯作ってきますね〜っと言ってキッチンへ行ってしまった。
「ちょっと調べてみる必要があるか…まったく、めんどくさいことには巻き込まないで欲しいな」
アキヒトはやれやれといった感じで、ため息をついた。
〜〜〜〜〜〜〜〜
「フウマの一族について何か知らないか、ですか?」
次の日、アキヒトはリリィにカエデを見張らして(意味があるかわからないが)レベッカと2人で昼食を取っていた。リリィには散々文句を言われたが、お前にしかできない仕事だと言ったらあっさり引き受けてくれた。騙しているようで若干気が引けたが、今はその素直さを利用させてもらうことにした。
「そう、実は弟子が増えてな。カエデ・フウマってやつなんだが、どうして忍がわざわざ俺の弟子になるか気になってな。オルコットさん、なんか知らないか?」
「そうですね…あくまで噂ですけど、知っていることはあります」
「え、本当に?よかったあっさり情報収集できて…」
「でも、お教えするには条件があります」
「条件?え、お金ならあんまりないけど…」
「知ってますよ。誰がお昼ご飯用意してると思ってるんですか」
「それもそうか…じゃあなに?」
「私のこと、レベッカ、もしくはベッキーと呼んでください」
「…え、そんなこと?」
「そんなことじゃないですよ。私だって結構先生と仲良くなってるのにいつまでたってもオルコットさんなんですもの。昨日できたばかりのお弟子さんだってさんはついてますけど名前で呼んでるらしいですし?」
レベッカはちょっと頬を膨らまして怒ってみせた。可愛らしいです。遠くから見ていた男子生徒が卒倒するほどには破壊力があります。
「わかったよ…レベッカ、さん、でいいのかな?」
「レベッカって呼び捨てで!後、話し方もリリィと話すときみたいにもっとくだけてていいですよ」
「そう言われてもなぁ…」
「じゃあ私も知ってること教えません。せっかくお父さんから聞いた話なのになー」
プイッとそっぽを向いてしまうレベッカ。可愛らしいです。今度は見ていた女子生徒が鼻血を出しました。
「…はぁ、わかったよレベッカ。丁寧な話し方よりこっちの乱暴な話し方の方がいいとか、おかしな話だな」
「えへへ、いいんですよ、そっちの方が。だってその方が距離が近い感じがするじゃないですか」
ニコッと笑ってご機嫌なレベッカ。可愛らしいです。このやりとりを見ていた生徒の大半が鼻血を出すか倒れるかしました。
「俺としては丁寧な喋り方の方が特別なんだがなぁ…んで、なんなんだその親父さんから聞いたフウマの噂ってのは」
「はい、それはですね、最近代替わりした、ってことです」
「代替わり?当主が変わったってことか?」
「らしいですよ。先代の当主は、それは有能な忍だったそうで、あの手この手の仕事をなんでも完璧にこなしていたそうです。しかし、ここ数年は世界が平和になりつつあり落ち着いてきたため、忍の仕事は減っていたそうです。それで、フウマは影を潜めていたそうなのですが…」
「代替わりして、何か大きな行動でも起こしたのか?」
「そうなんです。人前に以前よりも出るようになったそうです。これまでは闇に生きる一族、なんて呼ばれたりするほど姿を見たことある人は少なかったそうなんですが、ここ最近表舞台に出てきてるみたいです。具体的に何かしてるという話はないんですが…カエデさんなんていい例ですよ」
「そうなのか?」
「はい、そもそもお父さんが私にこの話をしてくれたのもカエデさんがここに通ってると知ったからです。今までフウマの人がここに通うなんて表に出てくることはなかったのだがって」
「そうなのか…確かに、忍が簡単に表舞台に出てくるのはなんか妙だな」
「私が知ってるのはそれくらいですかね」
「ありがとう、十分だよオルコットさん…あーいや、レベッカ」
「よろしい!じゃあまた明日のお昼に」
レベッカは嬉しそうに去って行った。途中で倒れたり鼻血出してる生徒を不思議に思い横目に見ながら。
「なるほどねぇ…本当なのかい、カエデさん?」
突然、アキヒトは誰もいないのに誰かに話しかけた。すると、またもいつの間にかカエデが現れた。
「気づかれていましたか」
「昨日でだいたい気配は覚えたよ。そういや、リリィを一応監視に置いといたはずなんだけど?」
「リリィさんなら教室で私の身代わり人形を凝視してますよ」
「まぁそんなことだろうと思ったよ…んで、今の話聞いてたんでしょ?」
「ええ、最近私の祖父…先代当主、源十郎は一線を退いて、私の従兄弟の木葉が後を継ぎました」
「従兄弟?カエデさんのお父さんとかじゃなくて?」
「父も、木葉の父である私の叔父も、魔物との戦いで負傷してしまい、命こそ助かりましたがもはや忍として生きてはいけなくなってしまったのです」
「だから孫が継いだってことか…表舞台に出始めたってのは?」
「時代に合わせたまでです。もはや今の時代影での仕事はほとんどありません。スパイも情報収集も暗殺も、およそ忍の仕事はほとんどありません。ならば、我々も表舞台に出て魔物と戦えるというのを見せつけて、一族の繁栄を目指す。それが現当主のお考えです」
「なるほどね…だからカエデさんは俺の弟子になってまで強くなろうとしてたってこと?」
「その通りです。もはやこそこそしているだけでは、風魔の家はいずれ滅びてしまう、と現当主は考えております」
「了解した。ならばこちらも教えられることは教えよう」
「ありがとうございます。では、午後の授業がありますので」
そう言って、カエデは姿を消した。
「現当主、ね…まずはそこから調べるか」
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「今日の訓練はなしってのはいいんだけど…旦那様どこ行っちゃったのかしら」
放課後、アキヒトはリリィに訓練の中止を伝えた後、どこかへ行ってしまった。なのでリリィは1人で学園をブラブラしていた。
「1人で素振りでもして帰ろうかしら…今度こそカエデさんに勝たなきゃならないし…というか昼間はよくもやってくれたわね…って、あら?あれはカエデさん…と、誰かしら?」
校舎の影になっているところで、リリィはカエデを見かけた。誰かと話しているようだが、もう1人の男には覚えがなかった。そもそも、この学園の制服を着ていない。
(あんなところで何してるのかしら…よく聞こえない…けど、これ以上近づいたら確実にカエデさんには気づかれる…まぁ、気づかれたら気づかれたでいっか)
またもよく考えずなるようになる精神でリリィは2人の会話が聞こえる位置まで近づくことにした。しかし、2人は会話を止めずに話し続けていた。
(おかしいわね…この距離でも気づかれないなんて…まぁいいわ。今は会話に集中しましょう)
「…上手く黒の剣には近づけたようだな」
「はい…しかし、こちらを疑い、なにやら嗅ぎ回っている様子です」
「そうか。まぁいい。そう簡単に気づかれはしないだろう。お前は、しっかりと黒の剣とその弟子の力について調べるんだ」
「はい、わかっております。弟子の方はその力と思われるものは確認しましたが、黒の剣の方は未だ力を使ったのかはっきりとはいたしません。もとからとても腕の立つ剣士なので…」
「ふん、そのうち尻尾を出すに決まっている。我らフウマの一族が最強であるためにも、あの力の制御の仕方を知る必要があるのだ。決してバレるなよ」
「御意…当主様も、どうかお気をつけて」
「またそのような堅苦しい呼び方を。将来を誓い合った仲だ。気安く木葉と呼び捨てにしてくれて構わんぞ?」
「いえ、今は任務中ですので…」
「そうか、さすがだな楓。では、しくじらないようにな」
そう言って、男、コノハは去って行った。カエデもその場を去るのかと思った時、ちらっとリリィのいる方を見た。
(気づかれてた…あ、あら?)
しかし、そのまま音もなく消えて、どこかへ行ってしまった。
「おかしいわね、確かにこっちを見たと思ったのだけど…それより今の話…まさか、竜のことが…?」
力、と言ったらそれしか思いつかない。つまり、カエデは自分とアキヒトの竜の力の制御の仕方を探っている、ということだろうか。
「何のためにそんなことを…とにかく、旦那様に伝えなきゃ…って、そういえばいないんだった…しかたない、家で待ってればそのうち帰ってくるでしょう」
リリィは家でアキヒトの帰りを待つことにした。
「……」
カエデにその姿を見られているとも気がつかずに。