新しい弟子
カエデ・フウマと名乗った少女。剣術科Aクラスといえば、リリィと同じクラスである。
「え、いましたっけこんな子…?」
しかし、リリィには見覚えがないようだ。クラスの人数はそんなに多くないため、見たことないというのはありえない話なのだが。
「いつも突っ伏してるやついるだろ。あいつだよ。実戦演習には出てこない…いや、いるけど姿は見せてないけどな」
「突っ伏してるやつ…ああ!そういえばいましたね!」
「さすが黒の剣、教室だけでなく演習中まで気づかれてましたか。自分もまだまだですね」
すっと顔を上げるカエデ。いまだ膝はついたままであるが。その顔を見て、リリィは驚いた。
「な…なんですって…!?」
「ん?どうしたリリィ?」
信じられない、といった顔をしている何故そんなに驚いているのか、驚かれているカエデさえわかっていなかった。
「あの、自分の顔に何か…?」
「なんてこと…なんて…可愛い顔してるの!」
「…はぁ?」
カエデはポカンとしているが、リリィは本気だった。カエデの顔は美人というよりはどこかあどけなさの残った可愛らしい顔。美人(顔だけは)と言われるリリィとは違った魅力に、リリィは驚愕していた。
「いや、まぁそうかもしれんが…なんでそんなに驚いてんだ」
「だって…だってこの可愛らしい子が、旦那様の弟子になるんですよ!?一大事じゃないですか!」
「まぁ、刀抜かしたからその権利はあるんだが…そのつもりで良かったのか?」
「…うぅ…」
アキヒトに尋ねられたが、カエデは顔を赤くしてうつむいてしまっている。
「…フウマさん?聞こえてる?」
「え、あ、はい!?す、すみません、そんなに可愛いなんて言われるなんて思ってませんでしたから…」
どうやら恥ずかしがっていたらしい。顔はまだ赤い。
「その反応もなんて可愛らしい…!これは危険です…!」
「お前は少し黙ってろ。で、弟子になりたくてやったの?なかなか強引な手だったけど」
「は、はい。そうです、弟子にしてもらいたくて少々強引な手を使わせていただきました」
やっぱりピンチー!と暴れるリリィを無視して話を進めるアキヒト。
「そっか。しかし、変な時期だね。今まで俺に仕掛けてきたことはなかっただろう?なのに突然どうして」
「それは、失礼ながら見極めさせていただいておりました。その実力が本物かどうか」
「ふーん…まぁいいか。条件は満たしたし、弟子になるのに文句はないよ。獲物も忍刀なら、まぁ教えられることもあるか」
「はい、忍刀は刀と少し構造が違ったりしますが…同じ東国出身の先生ならきっとそう言ってくださると思いました」
カエデが嬉しそうな顔をして答えた後、リリィがアキヒトの服をクイっと引っ張って小声で尋ねてきた。
「あの、旦那様、忍って確か東国のスパイみたいなものですよね?」
「そうだな。諜報活動だけじゃなくて暗殺やらなんかの汚れ仕事もしたりするがな」
「大丈夫なんですか?そんな人弟子にしちゃって」
「まぁ、こうやって顔を見せたってことは暗殺の可能性は低いだろう…懐に入ってからだとお前もいるし、殺り辛くなるからな。何か企みがあるにせよ、今は泳がしておくよ」
「あの、どうされました?なにか問題が?」
「いや、大丈夫だ。さて、お前ら授業が始まるだろ。そろそろ行け。続きは放課後にな」
「そうですね。じゃあ行きましょうかカエデさん…あれ?」
気がつけば既にカエデの姿はなかった。
「いつの間に…?」
「俺も気がつかなかった…なかなかの腕前だな。リリィ、さっきはああ言ったが、教室でもちょっと様子を見ててくれ。どうせバレるだろうから堂々とで構わん」
「はい、わかりました」
リリィはアキヒトに頼られて、やる気満々で教室に帰って行った。
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「じー…」
授業中、リリィはアキヒトに言われた通り一切の躊躇いなくカエデを凝視していた。
「おい、白巨人はどうしたんだ?」
「いや、わからん。あの…誰っけ?いつも突っ伏してるやつずっと見てるが…」
クラスメイトも何事かとヒソヒソ話していた。なので、クラスで授業していたローズがキレた。
「うっせぇぞテメェら!人が授業してんのに聞く気ねぇなら帰りやがれ!」
実際にはローズも実戦演習担当なのだが、休んでいる教師の代わりに臨時で座学を教えているため既に機嫌が悪かったところにこれである。簡単にキレた。
「おいこらオルブライト、お前が原因だろ。いったいなんだってそんなにフウマのこと見てんだ。ああん?」
かなり柄が悪いが、これでも教師である。
「あ、いえ、そのですね…」
リリィはどう言い訳したものかと考えているが、ローズの威圧感が凄すぎて何も思いつかなかった。すると、意外なところから助け舟が出た。
「…自分がクロノ先生の新しい弟子になったから気になっているのでしょう」
「なにぃ?お前がクロノの弟子だと?」
それはカエデ本人だった。カエデは隠すこともなく、珍しく顔を上げてローズに告げた。
「ええ、先ほどの昼休みに、認めていただきました」
「なんだそういうことか。おいオルブライト、愛しい旦那様に新しい弟子ができたからってそんなに穴が空くほど見てんじゃねぇよ。わざわざ私が授業してやってんだから聞きやがれ」
「は、はい、すみませんでした!」
ローズに怒られ、リリィは大人しく授業に集中することにした。しかし、他のクラスメイトはそれどころではなかった。
「お、おいまじかよ…ってことはクロノ先生に刀抜かせたのか?」
「あの子そんなすごうでだったの…」
「それより見たかよ…むちゃくちゃ可愛くなかったか…?」
「そ、そうね、いつも突っ伏してるからわからなかったけど、女の私でも羨ましいほど可愛かったような」
今度はカエデのことでザワザワし始めた。当の本人は、また突っ伏してしまっている。リリィしか気づいていないが、耳はほんのり赤かったそうな。そんなわけで…
「いい加減にしろテメェら!よしわかった全員表でろ、一人一人念入りにぶん殴るから」
ローズもさらにキレて、授業どころの騒ぎじゃなくなってしまった。
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放課後。アキヒトの前にはリリィとカエデが揃っていた。リリィはげんなりしていた。
「なんだ?まだなんもしてないのになんでそんな疲れてんだよ」
「いえ、ローズ先生が授業中にブチギレましていろいろ大変だったんですよ…カエデさんはいつの間にかいなくなってましたけど…」
しれっとした顔をしているカエデ。忍の名は伊達じゃない。
「何してんだか…さて、じゃあ今日はどうするか。まずは、そうだな、とりあえずリリィとカエデさんで模擬戦でもしてもらおうか」
「リリィさんと、ですか?」
「ああ。今のこいつの実力はだいたいわかってるからな。それでカエデさんの実力を見極めさせてもらう。結果は、まぁ見えてるようなものだが」
「そういうことでしたら…」
「お任せください!サクッと終わらせてみせます!」
リリィはやる気満々、カエデは静かに持ち場につく。
「じゃ、始め」
やる気なさそうに開始の合図を出す。その瞬間、カエデの方からしかけた。
「え、速い…!?」
隼ほどの速さはないが、一瞬で距離を縮める。
「でも私だって…!」
「っ!?」
しかしその動きに合わせて、居合抜きを放つリリィ。カエデはそれをギリギリでかわす。
「抜刀術、なかなかの腕前…少しみくびっていたようです」
「これでも黒の剣の一番弟子で妻なのよ!」
「妻は関係ないだろ…しかし、ふむ」
アキヒトが少し微笑んでいた。最初の一手で決まるかも、と考えていたアキヒトは、教え子の成長が嬉しいようだ。
「でも、ここからです…!」
「うぅ…!?」
忍刀を使った連続の剣戟が放たれる。右から左から上から下から。あらゆる方向から斬撃が休むことなく放たれる。
「まだまだ…!」
「や、ちょ、待って…!」
次々と休む事なく斬撃は続く。とにかく手数が多い。一撃一撃は重くないが、様々な方向から来るので、全ては捌ききれず、リリィに細かい傷が増えていく。
「いい加減に…しなさい!」
「なにっ…!」
リリィが刀を大きく振るうと、その風圧だけでカエデは後ろに飛ばされる。リリィはたまらず竜の力を少し使ったのだ。
「なんていう馬鹿力…!さすが白巨人です」
「やめて!私の二つ名は『白き花』よ!私が決めたの!」
文句を言うリリィだが、花は刀を振るだけで人間を吹き飛ばす事はできません。
「仕方ありません…忍の実力、お見せします」
今の馬鹿力を見たにもかかわらず、真正面から突っ込むカエデ。
「いい度胸ね!圧倒的な力でねじ伏せてくれるわ!」
向かってくるカエデに対して全力で刀を振る。速さに慣れたのか、タイミングはほぼ完璧であったが…
「斬った!…って、な、何これ?」
確かに何かを斬った手応えはあった。しかし、リリィが一刀両断したものは、
「ま、丸太?」
木の丸太であった。忍おなじみの変わり身の術である。
「なかなか強かったですね」
「うっ…」
そして本人はリリィの後ろから首筋に忍刀を当てていた。勝負あり、である。
「そこまで。まぁ、リリィも思ったよりもよくやったな」
「うう…結果は見えてるって、私が負けるって思ってたんですね…」
「正直最初の一撃で終わるかと。だから頑張った方だろ」
「ええ、まさかリリィさんがここまでやるとは予想外でした。さすが序列8位ですね」
「…は!?待って!今私が負けたという事は…序列剥奪!?」
「いえ、興味ないのでいりません」
カエデは序列には本当に興味がないらしく、あっさりと権利を放棄した。
「それはそれでムカつく…」
「それより、一つ質問してもいいでしょうか」
「うん?なに?」
「リリィさんの抜刀術は確かになかなかのものですが、戦い方はどちらかと言えば力技。ならば、リリィさんがもともと使っていた大剣の方がその戦闘スタイルに合うのでは、と思いまして」
「そ、それはあれよ。力があるって言ってもやっぱりもともとが華奢だし?大剣を使うのにも限界があるから…」
「そうでしょうか?先ほどの力強さならまったく問題なかったと思いますが」
「そ、それはたまたまよたまたま!いやー火事場の馬鹿力ってのはあるものねー」
実際のところ、大剣を使うことには限界がある。先ほどの馬鹿力は竜の力を使ったもの。白櫻を用いていないと発現できないのだ。
「そうなんでしょうか?普通に使っていた気もしますが…」
「ま、刀はまだまだ修行中だからな。これからだよ。それにしても、流石の腕前だねカエデさん。それだけできるなら俺の弟子なんかにならなくても良かったんじゃ?」
「いえ、正直なところ伸び悩んでいるのです。これ以上の成長を望むなら、より強い人の教えを請うしかないと思いまして」
「なるほどね。まぁ忍刀は専門じゃないけど、できる限りの事はしようか。一応、小太刀は持ってきたから、始めようか」
「ご指導、よろしくお願いします」
「リリィは今日は休んどけ。怪我は後でオルコットさんにでも頼んで治してもらえ」
「はい…うう…」
その後、アキヒトはカエデに指導をした。自分をを圧倒する手数の多さを披露され、カエデは驚嘆し、師事して良かったと告げ、その日の訓練は終わった。新しい弟子の初日は、こうして終わった。