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黒き剣と白き花  作者: ベンツ
間章
12/32

リリィの宿敵

リリィの婚約者騒動から1週間ほどが経ったある日。アキヒトは学園の演習場で鉄人アレキサンダー・モーガンと対峙していた。ヘーメルが本当に連れてきたのだ。リリィは大変なことになったとヒヤヒヤしていたが…


「はっはっは!久しいの黒の剣!まさかお主が妻を盗られてこんなヒヨッコごときに殴り込みに来るとはな!」

「やめてください…ちょっとした勘違いだったんです…」


心配とは裏腹に、鉄人はアキヒトにとても気さくに話しかけていた。アキヒトもいつもと違っていたずらがばれた悪ガキみたいだった。


「それにしても、お主腕が鈍っておるのではないか?我が孫とはいえ本当にまだまだヒヨッコ。お主ならば一瞬で終わらせることもできたであろうに」

「最近刀をむやみに抜くことを禁じられてましてね。正直鈍ってると思います」

「そうか、ならばワシが直々に鍛え直してやろう!」

「え、や、ちょっと待って…!?」


問答無用でアキヒトに斬りかかっていく鉄人。アキヒトも刀を抜き応戦する。さすが騎士の中の騎士と言われる鉄人。アキヒトも本気で相手していた。しかし全く殺気は感じられなかったため、リリィは途中からは普通に観戦していた。


「さすが鉄人、というかさすが黒の剣と言うべきなのかしら。ハイレベルな戦いだわ〜」

「お、お爺様…」


ただ1人アキヒトに復讐してもらおうと思っていたヘーメルだけはがっくりしていた。


そして1時間ほど、鉄人とアキヒトの特訓?は続いた。


「ふー…相変わらずやりおるわい」

「て、鉄人こそ、とても現役を退いたとは思えないですね…」


2人とも息を切らしていたが、久々の強者とやりあえたからか、顔は満足そうだった。


「よし、今の特訓で、不出来な孫が迷惑かけたことはなかったことにしてくれるな?」

「そんな特訓しなくたって別にいいですよ…そうだ、1つだけ尋ねたいことがあるのですが」

「ふむ、なんだね?」

「お孫さんが連れていた魔法科の生徒は誰なんです?相当な魔力を感じたのですが」

「…ほう、ヘーメルよ。よもやお前のガキの企みにキルシュタインの家のものを巻き込んだわけではあるまいな?」

「そ、それは、ですね…ただちょっと頼んだだけで…」

「この馬鹿者が…家の名を汚すつもりか!すまんな黒の剣よ。そいつは長年モーガン家に支えてくれている魔術師の家系のものでな。ヘーメルに逆らえんかったんじゃろ」

「そういうことですか…まぁ本気は出してなかったみたいでしたし大丈夫ですよ」

「そう言ってくれると助かる。さて、そろそろわしは帰るよ。孫の根性も叩き直さんといかんのでな」

「はい、ご指導ありがとうございました」


鉄人はヘーメルの首根っこを掴み、引きずりながら帰っていった。ヘーメルの近い未来が少し心配になった。


「ふぅ…あー疲れた」

「お疲れ様です旦那様。真面目な感じで喋ってる旦那様なんて珍しかったです」

「どちらかと言えばそういう喋り方してる方が疲れた…鉄人には前からそういうところを直せと目をつけられててなぁ…」

「真面目な旦那様もカッコよかったですよ!」

「最近なんでもカッコいいって言うよなお前」


夫婦関係は良好なようだった。


「さ、そろそろ帰ってご飯にしましょう…にへへ」

「なんだ気持ち悪い笑い方して。また拾い食いでもしたか」

「またってなんですか!?拾い食いなんてしたことないですから!いえね、なんかこういうの新婚ぽくていいなぁって思いまして」

「そうか?」

「私が!作った料理を2人で!同じ家で!食べてるんですよ!」

「わかったわかった近い近い…」


アキヒトはうっとおしそうにしているが本気で嫌がってるわけではないのでリリィは上機嫌だった。最近アキヒトが本気で嫌がってるかどうかわかるようになってきた。そしてわかったことは8割嫌がられているらという悲しい結論だった。


「そういえば、旦那様って私の、いえ、私たちの家に来る前は食事はどうしていたんですか?」

「わざわざ言い直さなくて良いよ…あー飯か。木の実食ってた」

「…はい?」

「木の実食べてた。野宿が多かったんでな」

「あー狩りとかしてたんですね」

「狩りはめんどくさいからやらなかった」

「せめて猪とか言ってくれた方がよかったですよ…学園に来てからはどうしてたんです?」

「学園の食堂であまりをもらうか、オルコットさんに恵んでもらってた」

「へー、ベッキーに…なんですと?」

「腹空かして歩いてたらオルコットさんが持ってたパンわけてくれてな。それからはほぼ毎日めぐんでくれた」

「な、なんですって…!?まさか、私がお弁当作るって言ってもいらないって言ってたのは!」

「オルコットさんがくれるし良いかなぁって」


リリィは戦慄した。自分の旦那様が親友に胃袋を握られているという事実に。


「油断した…まさかベッキーが」

「私がどうかしたの?」

「来たわね泥棒猫!」

「な、なによいきなり…」


いつの間にかいた(普通に歩いてきただけだが)レベッカに威嚇を始めるリリィ。どちらかと言えばリリィの方が猫っぽい。


「ベッキー!旦那様のご飯養ってたって本当!?」

「養ってたっていうか…ご飯を手に入れるアテがなかったみたいだからあげてたけど」

「ほ、本当だったのね…!?」

「それよりオルコットさん、なんか用事でも?」

「あ、そうそう。この前預かってた服、直しておきましたよ」

「ふ、ふくぅ!?」

「ん、おーそうだった。わざわざありがとな」


なんでもないことかのように普通に服を受け取るアキヒト。


「ま、待ってください旦那様!ふ、服直してもらったってなんですか?!」

「この前モーガン邸に行った時に執事のじーさんに斬られてたみたいでな。オルコットさんが気づいてくれて直してくれてたんだ」

「そ、そんなの言ってくれれば私が!」

「リリィ裁縫できたってけ?」

「私が…一ヶ月かけて直しますよ!」

「そんなに待てるか…」


うーっと唸るようにして悔しがるリリィを横目に、アキヒトとレベッカは楽しそうに世間話を始めていた。リリィの目には、そちらの方が新婚のように見えた。


〜〜〜〜〜〜〜


「オルコットさんとクロノ先生について何か知らないか、ですって?」


次の日、リリィは学園中で聞き込みをすることにした。レベッカと愛する旦那様の関係がいかがわしいものではないかと。


「どんな些細なことでもいいわ。何か知らない?」

「知らないもなにも、結構有名な話じゃないあの2人のことなら」

「そうなの!?」


とりあえずクラスメイトからと思っててきとうに声をかけた1人目から衝撃の事実だった。


「ほら、クロノ先生って普段あんまり喋らなくてクールじゃない、って、リリィにはそうでもないか。とりあえず他の生徒からしたらそうなのよ。それとあの弟子になれる制度のせいでみんななかなか声かけられなくてね。先生結構かっこよくて強いからお近づきになりたいって子は多いんだけどなかなかチャンスがなくてね。でもオルコットさんは平然と話しかけたり一緒にご飯食べたりしてたからみんな噂にしてたわよ」

「待って、そこでなんで妻の私が噂にならないの?」

「リリィは、ほら、馬鹿だから」

「なにそれ?!」

「冗談よ。あんたは刀を抜かしたってことでお近づきになれたってみんな知ってるから。でもオルコットさんは剣士でもないのに仲良くなってるって羨ましがられてるのよ」

「そうだったのね…」


聞き込み1人目からだいたいの情報が得られてしまった。アキヒトが人気なのは妻として嬉しいことだが、まさかレベッカとアキヒトが噂になるほど仲がいいのは知らなかった。


「先生の2人目の奥さんはオルコットさんで決まり、なんて言われてるわよ。 よかったわねリリィ、親友と同じ旦那様持てて」

「そうなんだけど…」


この国は恋愛に関してはかなりゆるい風潮なので、親友同士で同じ人を好きになったとしても2人で夫にするなんてことは結構あったりする。その場合だいたい夫は妻たちに尻に敷かれる運命を背負うことになるのだが。しかし、リリィはアキヒトの恋愛感を知っていたため気が気ではなかった。アキヒトの国ではたいていの場合生涯に1人の女性を愛するというのが普通だと聞いた。だとしたらもしレベッカがアキヒトの2人目の妻となったら…自分が捨てられることはないにせよ、アキヒトはレベッカを愛し、自分はただいるだけになるのではないか、と。


「と、とにかく情報ありがとう」


それだけは避けたいリリィは、確証を得るために他の生徒にも聞き込みを続けることにした。次は男子生徒に聞いてみた。


「クロノ先生とオルコットさん?ああ、知ってるよ。クロノ先生羨ましいよなぁ。あのオルコットさんにご飯作ってもらえるなんて」

「そのことも広まってたんだ…でも、羨ましいってどういうことよ」

「だってあのオルコットさんだぜ?金持ちの貴族でありながら料理を含めた家事が得意。いつも明るくて誰に対しても優しい。それでいてガードが固くてなかなか親しくなる男子はいないと来たものだ。そこがまたいい。そんな可愛い女の子人気がでないわけがないだろう!」

「そ、そんなに人気があったのベッキーって…」

「そうさ、男子生徒の憧れの的の1人だよ。いやぁクロノ先生もそんな子とあんなに親しくしてるなんて羨ましい…しかし先生ならオルコットさんを嫁にしても許せてしまう!でもやっぱり羨ましい!」

「…あのさ、私もアキヒト・クロノの妻なんだけど?ていうか現状だと私だけなんですけど?」

「うん、オルブライトはオルブライトだからな」

「みんなの私に対する評価なんなの?ひどくない?」


誰もが美しい容姿であると認めるリリィであったが、いかんせん考えるより先に手が出る脳筋なため他人の評価は観賞用というところに収まっていた。


「まぁとりあえず情報ありがとう…」


その後も聞き込みを続けた結果、だいたいの生徒が人気者同士いいコンビだという感想だった。


「まずいわ…非常にまずいわ」


このままではアキヒトを盗られてしまう。なんとかせねば、とリリィは焦っていた。


「仕方がない。こうなったら直接本人に聞くしかないわね!」

「なにを?ていうか誰に?」

「ベッキーに、旦那様のことを!っていうか昨日から突然現れて普通に会話に入ってくるのやめてくれない?」

「どうせ気配で気づいてるだろうしいいかなぁって」


平然とした様子でリリィの横をレベッカは歩いていた。ちなみにレベッカは神出鬼没であることも有名であつた。


「それで、私とクロノ先生がどうしたの?」

「ベッキー、直球で聴くけど、あなた旦那様のこと好きなの?」


リリィはリリィらしくど真ん中ストレートで尋ねた。


「え、うん好きだけど?」

「あっさり答えたわね…いいでしょう!受けて立つわ!いくらベッキーだからって容赦はしないわよ!」

「…なんの話してんの?」

「旦那様の愛をかけた女の戦いの話よ!」

「はぁ…ごめん全く理解できない」


1人で殺る気まんまんなリリィ。レベッカはキョトンとしている。


「さぁなにで戦おうっていうの?料理?なんでもかかってきなさい!」

「なんで勝負…?まぁ、じゃあ裁縫で」

「汚いわよベッキー!自分の得意分野で負かそうなんて!」

「なんでもって言ったのあんたじゃないの…そろそろ疲れてきたんだけど…」


だんだんレベッカがやつれてきた。リリィの作戦なのだろうか。


「やっぱり勝負といったら武よね!さぁ剣を抜きなさい!」


得意げに刀を抜き、不敵に笑ってみせる。脳筋極まれり。


「いや私剣使えないし…そもそも持ってないし…」

「なら魔法使ってもいいわよ!」

「回復魔法特化なんだよなぁ私…てか暴力で解決とかあんたこそ卑怯じゃない」

「正々堂々やれば問題ない!」

「問題しかないんだよなぁ…」

「いざ尋常にあいたぁ!?」


ガツンと割と痛そうな音がなった。いつの間にか現れたアキヒトがゲンコツを食らわしたのだ。


「お前丸腰の人間に向かって何やってんだ。山賊かなんかかよ」

「違います!騎士の決闘です!」

「これは一方的な暴行って言うんだよ。すまんオルコットさん、馬鹿が騒いで」

「大丈夫ですよ、いつものことなんで」

「旦那様…ベッキーの味方するんですね…やっぱり旦那様は…うわぁぁん!旦那様の馬鹿ー!」

「は?いや何言ってんだお前…あ、おい待てよ!」


泣きながら走り去って行ってしまうリリィ。どうでもいいが体育会系女子なだけあってかなり速い。


「はぁ、なんなんだまったく…ごめん、オルコットさん、ちょっと追いかけてくる」

「先生も大変ですね、元気な奥さんで」

「まったくだ…」


リリィの後を追い、歩き始めるアキヒト。どうせ気配は掴んでいるので焦る必要もない。


「クロノ先生もいろいろ言う割にはリリィ好きよねぇ」


〜〜〜〜〜〜〜〜


リリィは学園近くの公園で泣いていた。


「ぐす…旦那様の馬鹿、アホ、イケメン、最強…」

「貶すか褒めるかどっちかにしてくれ」


ちなみにとっくにアキヒトには追いつかれている。


「私なんかよりベッキーと仲良くしてくればいいじゃないですか」

「なんでオルコットさんが出てくるんだよ」

「だって旦那様、ベッキーと話してるときとかたのしそうですし、ベッキーの料理食べてますし、ベッキーに服直して貰ってますし…」

「それがどうした?」

「おかしいじゃないですか!旦那様は基本的に人を近くに置かないのに…つまりベッキーは特別ってことじゃないですか!」

「何言ってんだお前…別にそんなつもりはないんだが」

「じゃあなんでベッキーとあんなに仲いいんですか?」

「あのなぁリリィ…」


アキヒトはそんなの当たり前だろと言わんばかりにこう言った。


「飯くれる奴に悪いやつはいない」


キリッとキメ顔で。


「は?」

「世の中金なんて言う人もいるが、世の中食い物だ。金があったって食い物がなけりゃ人は生きてけない。うまい飯なら腹が満たされるうえに幸せにもなれる。素晴らしいじゃないか!」

「…はぁ」

「だからタダで飯くれる奴に悪いやつはいないってことさ!」

「…木の実ばっかり食べてたらそうなっちゃうんですかね、人って」

「この学園に来て1番の収穫は飯にありつけることだな。素晴らしい…だからさ、俺はお前に1番感謝してるんだよ」

「え…」

「お前は飯どころか住むところまでくれた。まぁ俺はあの倉庫でもよかったんだけどな。まぁいいところに住めるならその方が誰だって嬉しいだろ。それにな…側にいてなんとなく心地いいやつも久しぶりなんだよ」


頭を掻きながらリリィの顔も見ないでそう告げた。チラッと見えたその横顔は少し赤くなっていた。


「旦那様…」

「だから、その、なんだ。オルコットさんと仲良くしてるとか気にしなくていいんだよお前は」

「…にへ、にへへ…旦那様、もう一回言ってもらえますか?私の顔見ながらもう一度!」

「うるさい」

「良いじゃないですか!ほらほら!」

「うるさいっての!もういいだろ、帰るぞ」

「ねぇねぇ旦那様ってばー!」

「くっつくな!うっとおしい離れろ!」


ギャーギャー騒ぎながら帰っていく2人。アキヒトは口では嫌がっていたが、リリィにはそうは感じなかった。




ちなみに、後日。

「ベッキー、旦那様好きって言ってたけど、本気?」

「うん、だってなんか犬みたいで可愛いじゃん」

「…ん?」

「ご飯あげると嬉しそうに食べてる時とかまんま犬だよ、あの人」

「ああ、そうね…ペット感覚…完全に餌付けだわこれ…」


服も、ただ本当にリリィができないだろうからしただけらしい。

レベッカに恋愛は、まだ早かったそうな。

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