真相
ヘーメルは焦っていた。目の前にいるのは黒の剣と呼ばれる凄腕の剣士。現在学園最強と言っても過言ではない。なんでこんな奴とやりあわなくてはならないのか、と。
「どうした、かかってこないのか?悪いがここは学園じゃないんで刀を普通に抜くぞ。さっきのじーさんのおかげで準備運動はできてる」
「せ、セバスチャンを倒したからっていい気になるなよ…僕の剣は、彼よりも速い」
「気をつけてください先生、こいつこんなのですけど、剣の腕は鉄人の孫なだけあって本物ですから」
「みたいだな…」
その言葉を聞き、ヘーメルの気持ちが切り替わった。
(そうだ、僕は強い。お爺様に鍛えられた僕が引けを取ることはない。勝てるさ…勝ってやるさ!)
剣を抜き、構えを取る。緊張した空気が流れていた。
「…はぁぁあ!」
ガキンッと剣と刀がぶつかる音がした。
「ちっ、本当に速いな…!」
アキヒトは反応こそできたものの、さっきのようにはいかず止めるだけで終わった。
「せい!やぁ!はっ!」
キンッキンッキンッと何度も刃を交わし合う。一方的にヘーメルが攻め、アキヒトが守るといった形に見える。
「は、ははっ!なんだ、この程度か!?たいしたことないな黒の剣も!ほら、ほらほらほら!」
なおも続く猛攻。アキヒトは黙って攻撃を受け続けている…かに思えたが、
「…うん、もう慣れた」
そう言って、大きくヘーメルを弾き飛ばした。
「な、なに?いきなりなんだってんだ!」
尻もちをつきながら声を荒げるヘーメル。今まで一方的に攻めていたため、気持ちが大きくなって興奮気味であった。
「慣れた、って言っただろ。確かに速いには速いが、もっと速い奴とやりあったこともある。しかし…本当に俺も鈍ってたみたいだな。この程度にこんなに苦労するとは。気がつかせてくれたお礼だ。リハビリついでにちょっと本気見せてやる」
「なにを言って…!?か、刀、が…?」
アキヒトの持つ刀、黒櫻の刀身が黒くなっていた。竜の力を少し解放したのだ。
「ほら、来いよ」
「く、黒くなったからなんだよ…舐めるなよ!」
立ち上がったヘーメルが、全力で向かってきた。今までよりも速い。そしてそのままヒュンッと振り切った。途中で刀に止められることもなく。
「慣れただって?どこがだよ!思いっきり斬られてるじゃないか!」
「ああ、そうだな。斬れたな、お前の剣が」
「…は?」
気がつくと、ヘーメルの剣が半分になっていた。音もなく、豆腐のように斬られていたのだ。竜の力をまとった黒櫻によって。
「な、え、いつの間に…?」
「速さには慣れたって言っただろ。まだやるか?」
チャキン、と黒い刀を突きつけられ、ヘーメルの顔はみるみる青ざめていく。
「ひ、ひぃぃい?!」
ついには恐れをなして情けない声を出してドアに向かって駆け出した。すると、ガチャっとドアが開いた。そこに立っていたのは…
「り、リリィ?」
いつの間に来たのか、リリィがいた。
「そこをどけ!!」
それでもかまわず逃げ出そうと、ヘーメルは折れた、と言うより斬られて短くなった剣でリリィに斬りかかっていった。
「すぅ…」
リリィは腰にした刀を掴み、集中した。そして、
「はっ!」
ヒュンッと居合いを放った。その刀身は、白く輝いていた。
「な…は、やい…!?」
その一太刀はヘーメルの剣より速く、彼の体を斬り捨てていた。そのままドサッと倒れた。
「ふぅ…ごめんベッキー、こいつに治癒魔法かけてやってもらえる?」
「ふぇ?あ、う、うん、りょーかい。うわ、結構容赦なく斬ったね…」
「さてと…」
リリィがスタスタと、アキヒトの目の前まで歩いてきた。
「お、お前いつの間にんむぅ?!」
そしておもむろにアキヒトの唇を奪った。
「??!?!!?」
アキヒトは混乱しすぎてパニックになっていた。
「ん〜〜〜ぷはっ…旦那様ー!!旦那様旦那様旦那様ー!」
やっと唇を離したかと思うと、今度はアキヒトに抱きついて犬のようにスリスリと頭を擦り付けていた。さっきまで殺伐としていた部屋は今やハートが飛んでいる。
「ちょっとお二人さん、人に後処理させといてなにしてるんですか」
「…は!?い、いやそんなつもりじゃなくて…っていうかいきなりなんなんだよリリィ?!」
「だってだって、突然あんなこと言われたら嬉しくなりますって!」
「…え、あんなことって…?」
「そうですね、1番嬉しかったのは、あいつがいなくなってたった3日で…寂しいって感じたんだよ。あいつがそばにいないと物足りないって思っちまったんだよ!のところですかね」
「…ま、まさかさっきのやり取り全部聞いてました?」
「はい!なんかよくわかんないですけど私のことが大好きだってことはわかりました!」
「……」
アキヒトから魂が抜け出ていった。
「リリィ、よくわかんないってのは先生可愛そうだって。あんたのためにあんなに頑張っていろいろ言ってくれたのに」
「うん、それはわかるんだけど…なんのこと話してるのかよくわかんなくて」
「いや、だからそれは…」
レベッカはここまでの経緯をこと細かく説明した。特にアキヒトの心情を詳しく。
「というわけで、愛に溢れた先生は愛のない結婚をしようとしてたあんたを助けたわけよ。わかった?」
「あー…なるほど…そんな風に2人とも思っちゃってたのね…」
「そんな風にって…え、なに?違うの?」
「えっとね、そもそも私とヘーメルが決闘したのってさ5歳くらいのことなんだよね」
「…はい?」
「小さい頃から私やんちゃだったじゃない?だから男の子にも負けたくなくてさ。自分より強い奴がいたらお嫁さんになってあげる!なんて言ってよく決闘というか喧嘩してたのよね。その時ヘーメルに負けて…こいつ小さいころのことなのにずっとそのことを持ち出して僕の白百合なんて呼んできてさ…だからこいつ負かしてなかったことにしようと思ってたんだけど、スピードタイプのこいつ相手に私の大剣のスピードじゃ勝てそうになくてずっと言わせたい放題だったのよねぇ…ま、今は刀で見事に勝ってやったけどね!」
「ま、待て、じゃあこの前のあのシリアスな感じはなんだったんだよ?」
話を聞いて魂が戻ってきたアキヒトが慌てて尋ねる。
「シリアス…?いつのことですか?」
「ほら、お前が竜…じゃなくて、えーっと刀使いこなせた時こいつと一悶着あっただろ?」
「え、あの時ですか?あの時は確か…」
〜回想(リリィの心の中の声を添えて)〜
「あ、あなたは…ヘーメル・モーガン…」
(なんでここにこいつがいるのよ…目合わせたくない、早く行きましょ旦那様)
その生徒を見るなり、リリィはうつむいてしまった。そして、アキヒトの服をぎゅっと掴んだ。
「それはよかったです。なにせ僕と白百合は婚約者なものでね」
「婚約者…?え、マジなのかお前?」
「そ、それは…」
(子供のころの話…だけど実際に負けたは負けたからなぁ…)
「おやおやリリィさん、そんなことないとは言いませんよね?なにせあなたから言い出したことなんですから」
「…はい…」
(こいつまじ言いたい放題言いやがって…)
「なんだそりゃ…おい、それならそうと言えよ。マザーにあんなこと言われたからってその通りにしなくたっていいんだぞ」
「そ、そういうわけじゃ…」
(ちょっと旦那様が変な勘違いしちゃったじゃないの!?)
「そういうことだったのかよ。おかしいと思ってたんだよなぁ。魔法まで使って刀抜かせようなんて。そもそも自分の実力だけでやんないと俺もいろいろ言い訳してやろうと思ってたし」
「ごめんなさい…巻き込んでしまって…」
(いや本当にくだらないことに巻き込んじゃってごめんなさい)
「まぁお前も竜だとかなんだで気が動転してたんだろ。じゃなかったらあって数日の男旦那様なんて呼ばないか。あんまり彼氏怒らせんなよ?」
「彼氏…そうですね…すみません師匠、私ももう帰りますね…」
(あいつ殺すマジ殺す今からでも殺す)
〜回想終了〜
「という感じですけど。結局その日に挑んでまた負けちゃって…旦那様をこれ以上巻き込むわけにもいかないので、今日まで1人で頑張って修行してました!あ、彼氏って否定し忘れてましたね。旦那様にそう思わせたあいつに対する純粋な殺意で満ちていたので」
「え、いやだってお前去り際に泣いてた、よな?」
「泣く…?あ、下向いてたら目にゴミが入りました」
「………」
「り、リリィ…くくっ…あ、あんた面白すぎ…!」
アキヒトはまたもや魂が抜けたようになり、レベッカは笑いをこらえるのに必死であった。
「よ、要するに、ヘーメルはあんたを自分の『物』にするんじゃなくて本当にお嫁さんにしたかったのね。どうりで、なんとなくさっきの先生との会話もどこかおかしな感じがしたのね」
「そ、そうだ!あいつだってただ見た目の美しさを認めてるだけでリリィは見てないって…!」
「あ、あれは意味が分からなくて、てっきり美しすぎて直視できない的な意味かと思って…」
「テメェも紛らわしいんだよもう一回寝てろ!」
「ゲフッ?!」
レベッカの治癒魔法で回復してやっと目を覚ましていたヘーメルはアキヒトに蹴られてまた気絶した。
「もう、人のこと美しいなんてそんな何回も言わないでくださいよ旦那様、照れますって」
「お前ももう黙っててくれ…はぁ、じゃあ俺は無駄に一人で騒いでたってことか…そりゃあの執事のじーさんもこんなことで来るとはって思うはずだよ…」
「まぁでも、完全に無駄ではなかったみたいですよ?ほら、この部屋見てくださいよ」
「この部屋が、どうかしたのか?」
「この部屋、たぶんリリィのために作られた部屋ですよ。リリィの好きそうな雰囲気の部屋ですもん」
「言われても見ると、確かに私好みの部屋ね」
「つまり、どういうことだ?」
「それだけヘーメルが本気でリリィを嫁に迎えようとしていたってことですよ。きっとこれ以上話が進んでたらリリィも後戻りできなくなるところでしたって」
「な、なるほど…ていうかこいつマジで子供のころのあの話だけでここまでのことしてたの…病んでんじゃないかしら」
最愛の婚約者にボロクソに言われて、再び目を覚ましていたヘーメルの心はズタボロである。
「ちくしょう…あと少しだったのに…覚えてろよ!お爺様に言いつけてやるからな!」
泣きながら走り去ってしまった。
「……とりあえず帰ろう。疲れた…」
アキヒトは、最近俺のやることなすこと無駄なことが多いな、とため息をつきながら、走り去ったヘーメルにベェっと舌を出している隣の自分の嫁を見て、微笑むのであった。
余談だが、ヘーメルが女好きという噂はヘーメル自身で流したものらしい。そうすることで自分の周りから女子を遠ざけ、雑念を払いリリィへの一途な思いを守ろうとしていたらしい。一途で結構だが、愛が重すぎる。