魔女っ子のお友達
「やぁ二人とも、ごめん待った?」
「あ、兄貴」
「河辺君……」
僕の存在に気づくと二人は不安そうな表情を浮かべた。
「な、何だよこんな所に呼び出して」
「河辺君……私達に教えたいことって何?」
僕はメールで二人を近所の公園に呼び出していた。二人にリナの正体を知ってもらいたかったからだ。
あわよくばリナの妹探しにも協力してもらえれば、という思惑もあった。
「うん、急に呼び出してごめん。実は二人にはリナのことをちゃんと話しておきたくて」
そう言うと僕の背中いたリナがひょこっと顔を出す。
「やっほー。こんにちは」
「あ、あんたは今朝の女!」
「昨日の女の子……」
リナの存在に気づくと麻祐理と玉泉さんはほぼ同時に口を開いた。
「何だよ! 兄貴の彼女でも紹介しようってのかよ。だったらそんなの必要ねーぞ。兄貴が誰と付き合おうがオレには関係ねーし」
麻祐理の口調は明らかに不機嫌だ。
やっぱり勘違いされてる……。
「河辺君……。私もそういうのは遠慮したいかな……」
玉泉さんの方も何故か表情が暗い。
よっぽど僕のこと軽蔑してるのかな……。
「違うんだ二人供。リナは僕の彼女じゃなくて、ただ寝床を貸してあげてるだけなんだよ」
「ふーん……」
「そ、そうなんだ……」
僕の言葉をまるで信じていない様子の二人。
やっぱり正直に言わなきゃだめだよね……。本当はもうちょっと和やかな雰囲気になってから話したかったんだけど、もうそんなことも言ってられない!
「聞いてくれ二人共! 大事なことなんだ。実はリナの正体は……」
「……」
「……」
二人は真剣な眼差しで僕の次の言葉を待つ。
「魔女っ子なんだ!」
あぁ……ついに言ってしまった……。
「……は?」
「えっ……」
二人の表情が先程から一変して呆然とした顔つきになる。そうしてみるみるうちに哀れみの表情に変わっていった。
「兄貴、見損なったぜ。自分の女もまともに紹介できねーような腰抜けになっちまったのかよ」
「河辺君……どうしてそこまでして私達に嘘つくの? それじゃあ彼女さんが可哀想だよ」
……やっぱりそうだよね。そういう反応になっちゃうよね。
あぁーもう!
「リナ、それじゃあアレよろしく!」
「はいはーい!」
僕の合図を受け、リナは前に出る。
ハナから話だけで信じてくれるとは思ってない。この時のためにリナには魔法を実演してくれるように頼んでおいた。
「マジカル~ラディカル~タンジェント!」
リナが意味不明な言葉を唱えると辺りが光り出す。
──ピカー──
「きゃっ」
「な、なんだよこれ」
数秒して光が収まると、リナが姿を現した。
「じゃじゃーん! 魔女っ子リナちゃん参上!」
え? なにこれ?
現れたリナの姿はピンクのふりふり衣装を身にまといシルクハットを被っていた。
その姿はまるでアニメに出てくる魔法少女のようだ。
「リナ、何なのその衣装! それに魔法出す前に言ってた意味不明な呪文みたいなのは? 今までそんなこと言ってたなかったじゃん」
不可解なリナの言動に僕は二人より先に反応してしまう。
リナは頬を膨らませながら僕を睨みつけ、
「むー。永明!」
「え?」
「永明が魔法使う前は魔女っ子らしい呪文唱えてこういう衣装着ろって言ったんだよ! リナすっごく恥ずかしかったんだから」
「え! ぼ、僕が?」
リナに言われ、昨日の夜のことを振り返る。
言われてみればそんなことを言ったような気がする……。
何故かあの時は妙にテンションが高くて自分でもよくわからないことを口走っていた。
──ジトー──
ん?
なにやら視線を感じ振り返ると、
「へぇー……兄貴ってそういうのが趣味なんだ……」
「河辺君……」
麻祐理はジト目で僕を見つめ、玉泉さんは引き気味に顔を歪めていた。
「あ、いや、違うんだよこれは」
二人に弁解しようとするとリナがすかさず割り込んでくる。
「何が違うの! リナは永明のために恥ずかしいの我慢してやったんだからね」
あーもう! お願いだからリナはちょっと黙ってて。
「と、ところでさ! これで信じてくれたよね?」
これ以上話がややこしくならないように僕は慌てて話題を変えた。
「あー信じたよ」
神妙な顔つきで麻祐理は答える。
ほっ……良かった……。これで何とか話が進められる。そう思った瞬間……。
「兄貴とそこの女がラブラブだってことがな」
全然わかってないーーーー。
「いや、だから違うって! 今、魔法でリナが変身したところ見たでしょ? 玉泉さんは信じてくるよね?」
「河辺君……二人で手品するくらい彼女さんと仲良いんだね」
こっちもかーーーー。
リナの変身姿に全く動じない二人。むしろ事態はさらに悪化していた。
くそっ……こうなったら……。
「リナ、変化魔法で僕を何かに変えて」
「え? いいの?」
「うん、お願いだよ! もうそれしかこの二人を信じさせることはできないんだ」
本当は自分に魔法をかけられるなんてちょっと怖いけど、もうなりふり構ってられない。
「わかった。それじゃいっくよー」
そう言うと、リナは手に持っていたステッキを僕に向けて振り下ろした。
──ビカッ──
そこから光が流れ出ると、一直線に僕に向かってくる。
「うぎゃぁぁぁああ」
光が僕の全身を包み込み、体全体に電流を受けたようなビリビリとした衝撃が走る。
次の瞬間、目の前が真っ白になった。
「あ、兄貴!」
「河辺君!」
──ん、んー?
意識が戻ると麻祐理と玉泉さんが僕を呼んでいることに気づく。
とゆうかやけに声が大きく感じるな……。
てっ……うわっ! なんだこれ!
視界が戻ると、目の前には巨大化した麻祐理と玉泉さんの姿!
デカっ! な、なんでこんなに二人とも大きくなってるの!
いや違う。僕が小さくなったんだ。普通に考えればリナに魔法をかけられたのは僕の方なんだからそれが当然のはず。
(おーいリナ! 一体何に変化させたの!)
……あれ?
リナに聞こうと口を開くと、ある異変に気づく。
……声が出ない。
「えへへ~。大成功!」
当のリナ本人はこっちの気持ちを察することもなく、自分の魔法が成功したことを喜んでいた。声が出せないどころか、何か鳴き声すら出せないんだけど……。一体リナは僕を何に変えたんだ? 少なくとも動物系ではない気がする。
てっきりイヌかネコあたりに変化させてくれると思ってたんだけど。とゆうかさっきからやけに体が軽い……。
何か思わずこう……飛び跳ねたくなるような……。
あーもう我慢できない。
僕は思い切ってその場でジャンプしてみる。
──ピョーン──
「ひっ」
僕がジャンプすると玉泉さんはひきつった顔を見せた。
え? な、なんだ?
──ピョーン──
もう一度ジャンプする。
「きゃぁぁぁぁああああ」」
今度は悲鳴を上げ、僕から後ずさる。
玉泉さんがそんなに恐怖する生物ってなんだ?
何か嫌な予感がする……。もしかして今の僕の状態って……。
「兄貴が……兄貴がバッタになっちまったよー」
やっぱりーー!
麻祐理の言葉を聞き、僕の嫌な予感は当たっていたことが判明した。
リナはあろうことか、あの夜、僕等に絡んできた男達と同じバッタに変えたのだ。
いくらなんでもそりゃないよリナ!
──ピョーン──
リナに早く元の姿に戻すように必死に抗議する。
言葉がしゃべれない分、こうして飛び跳ねて示すしかない。
「あははー。永明ってばそんなに嬉しいんだ」
僕の行動を喜んでいると勘違いしたのか、リナは無邪気に笑う。
違うってば! お願いだから早く元の姿に戻してーー!
──ピョーン、ピョーン──
そうしてしばらくの間、僕はリナが気づくまでひたらすら飛び跳ね続けるしかなかった。
「はぁはぁ……死ぬかと思った」
ようやくリナが僕の意図に気づいたのはあれから十五分後のことだ。
「ひどいよリナ! よりによってバッタに変えるなんて!」
「えー? なんでー? バッタさん可愛いじゃん」
僕の恨み言葉にも、リナは素で意味がわからないといった様子だ。
バッタが可愛いって……ちょっとリナの美的センスはわからない。
もしかしたらあの時、男達をバッタに変えたのも懲らしめるためじゃなくて純粋に自分が好きだったから?
そんなことを考えていると、麻祐理が心配そうに声を掛けてくる。
「兄貴……大丈夫なのか?」
「ああ、うん。大丈夫だよ。ごめん心配掛けて。でもこれでリナが魔女だってことを信じてくれたかな?」
「あ、ああ……さすがにこんなの見せられたら信じないわけにはいかねーよ」
そう言いつつも麻祐理は完全には納得しきれていない様子だ。
「河辺君、こないだはあんなひどいこと言ってごめんなさい……」
玉泉さんが申し訳なさそうに頭を下げてくる。
どうやらデパートの一件のことを言っているようだ。
「ううん、全然気にしてないよ。それより玉泉さんも信じてくれたみたいで良かったよ」
「う、うん。本当はまだ怖くて信じたくないんだけど、でも河辺君がそこまで言うんだから、きっと本当なんだよね……」
僕は信じてくれた玉泉さんに感謝の念を込めて笑顔でお礼する。
「信じてくれてありがとう玉泉さん」
「そ、そんなお礼を言われるようなことじゃないよ」
そ玉泉さんは何故か焦ったように顔を俯けてしまった。
ん? 僕いま何かおかしなこと言ったかな?
「で、兄貴……こいつが魔女だってのはわかったけど、兄貴は一体この魔女とどういう関係なんだ?」
「うん、実はそれなんだけど……」
僕は二人に今までのリナとの経緯を話した。
「妹さん探してこの世界に……。何だかちょっと切ないね……」
リナの事情を話し終えると、玉泉さんは切なげな表情でそう呟いた。
「うん、それで良かったら二人にもリナの妹さんを探すのを協力して欲しいんだ」
「リナからもお願い! リナ、どうしてもニーナに会いたいの! でもリナ、この世界のことネットの知識くらいしか知らなくて……。だから一人でも多くの協力者が欲しいの。ニーナの手がかりが欲しいの! だからお願い二人共、リナのこと手伝って」
僕に便乗してリナも二人に必死に請う。
ここまで真剣なリナの表情はいままで見たことがない。
「あぁいいぜ! そういう事情なら見過ごすわけにはいかないしな。オレで良ければ手伝うよ」
そう言うと麻祐理はリナにグッと親指を立ててOKサインを示した。
「私も手伝うよ。そんな事情聞かされたら放っておけないよ」
「麻祐理、玉泉さん……」
二人の快い承諾に僕は胸がじ~んとする。
「二人共……ありがとう~。うえ~ん」
それは僕だけでなくリナも同じだったようだ。二人の返答を聞くとリナは大げさに泣き出してしまう。
「あはは、そこまで感激されるとちょっと照れるぜ」
そう言うと麻祐理は照れ臭そうにはにかんだ表情を浮かべた。
その様子を見ていた玉泉さんはハッとなにかに気づいた様子で、
「あ、そうだ。お互いに自己紹介しない?」
「それいいね。ほらリナ、いつまでも泣いてないで自己紹介して」
「う、うん。そうだね、えへへ」
僕が促すとリナはようやく泣きやみ、二人に笑顔を向け、
「改めまして、リリーナ・アミス・ローズマリィです。こっちの世界では阿澄莉奈って名乗ってるよ。よろしくね二人共」
「へぇーやっぱ魔女っぽい名前なんだなぁー」
「凄い立派な名前だね」
麻祐理と玉泉さんはリナの本名に偉く感心した様子だ。
たしかに名前だけ聞くと何だかもの凄く高貴な人物に感じる。まるでどっかの貴族のお嬢様みたいだ。
まぁ……当のリナ本人からは全くそうは感じないんだけどね。
「えへへ。そんなことないよー」
二人に名前を誉められ気を許したのか、リナは照れ笑いを浮かべた。
「それじゃあ今度はこっちの番だな。オレの名前は河辺麻祐理。一応そこの兄貴の妹ってことになるな。よろしくなアスリナ」
アスリナってのはリナのあだ名だろうか? 何だかどっかの声優さんみたいだな……。
「うん、よろしくねーまゆまゆ」
「ま、まゆまゆ?」
リナから奇怪な名前で呼ばれ戸惑いの表情を浮かべる麻祐理。
「え? だって麻祐理でしょ? だからまゆまゆ」
麻祐理は顔を赤らめ必死にななって否定する。
「ちょ、やめろよそんな恥ずい名前!」
麻祐理がまゆまゆって……ぷっ、あはは、おかしい。
普段の麻祐理の言動からは似つかわしくない名前に、心の中でつい笑ってしまった。
「えー? なんでー。まゆまゆって可愛いじゃん」
「ふ、ふざけんな! オレは不良だぞ! そんな可愛らしい名前で呼ばれてたまるか」
「あはは、いいじゃないか麻祐理。まゆまゆってあだ名、僕はとっても麻祐理らしくていいと思うよ」
「えっ……。ま、まぁ兄貴がそう言うなら……。特別に許可してやってもいい……かな」
あら? 何か急に素直になっちゃったな。
本音を言うと麻祐理のイメージには似合わないと思ってたんだけど……まぁ本人がいいって言ってるんだからいいか。
「えへへーまゆまゆ~」
リナもこんなに嬉しそうだしね。
「それじゃあ次は私だね。私の名前は玉泉珠美。河辺君とは同じ学校に通ってるクラスメイトなの。よろしくねリナさん」
「うん、よろしくねータマタマ」
「それはやめてーーーーー!」
こうして僕達は無事に二人からリナの協力を得ることに成功した。
にしてもリナ……タマタマはさすがにやめてあげようよ……。
本気でリナのあだ名に嫌悪感を示す玉泉さんの姿に、僕は少し同情するのだった。




