正体発覚!
「うえぇ~ん。ごめんなさ~い。昨日お金使い過ぎて銀行から卸すの忘れてたの~」
「き、気にしないでよ」
屋台から出ると阿澄さんは泣きながら僕に謝罪してくる。
「せっかく河辺君にお礼したかったのに~。これじゃあリナ、河辺君に迷惑掛けてばっかりだよ~」
「……」
あぁ……そういうことだったんだ。それで急に奢ってくれるなんて言ったのか。
阿澄さんの気持ちを理解すると急に嬉しさがこみ上げてきた。
「ありがとう阿澄さん。その気持ちだけで十分だよ」
「で、でも……リナの方がお姉さんなのに全然お姉さんらしいことできなかったよ」
「そ、それは……」
それにはさすがに擁護できなかった。
正直阿澄さんってお姉さんっていうよりどう考えても手のかかる妹キャラだ……。まぁそんなこと口が裂けても本人には言えないけど……。
「大丈夫、阿澄さんにはもう前払いもらってるからさ」
「え?」
僕の言葉に阿澄さんは首をかしげる。
「阿澄さんの笑顔。その……阿澄さんの笑顔を見てるとさ。僕、元気になれるんだよ。だから今日も元気にバイト頑張れた。これは阿澄さんのおかげだよ、だから、ね? 笑ってよ阿澄さん」
正直、自分で言ってて恥ずかしい。でも今の阿澄さんを泣きやませるにはこれくらい言わないとだめだと思った。
「か、河辺君……」
阿澄さんの顔が心なしか赤くなっていく。
そりゃ、そうだよね……。あんなくさいセリフ聞かされたらさ……。
「……」
「……」
お互いそのまま顔を合わせられない。
き、気まずい……。
とりあえずこの雰囲気を変えよう……。
「そ、そういえば何か喉乾かない? ジュースでも買ってこようかな」
「あ、待って! それならいいものがあるよ」
そう言うと阿澄さんは何やらゴソゴソと自分のバッグを漁り出した。
「ジャジャーン!」
大げさなリアクションで何かを見せつけてくる阿澄さん。その手に持っていた物は缶ジュースだった。
「それどうしたの?」
「えっへへー。実は今日、店長に試作品のサンプルもらったんだー。河辺君にも一つあげるね、レモン味とライム味どっちがい?」
「あ、僕はどっちでもいいよ、阿澄さんが好きな方選んで」
「じゃあ、はい」
そう言って阿澄さんは僕にレモン味のジュースを投げ渡す。
「じゃあ乾杯ー」
「乾杯」
──グビグビ──
乾いた喉に適度に刺激を与えるのどごし、これはたまらない。
てっ……あれ? 刺激? これ炭酸だったけ? そもそも何か鼻のあたりにツーンとくるし、何かおかしいな。
そう思い、缶ジュースを見直すと、そには『カクテル』と表記されていた。
「ちょ、ちょっと阿澄さん! これお酒だよ」
「うへぇ~? な~に? 河辺きゅん?」
気づけば阿澄さんは既にホロ酔い状態だった……。
てか、酔うの早すぎ!
「あはは~。何か世界が輝いて見えるよ~。小鳥さんこんにちは~」
「ちょっと阿澄さん、しっかりしてってば」。
「河辺きゅん、いい子~いい子~」
だめだ……これはもう完全に出来上がってる。
「ひゅーひゅー、熱いね~そこの彼氏彼女」
ん? 。
振り返るとガラの悪そうなチャラチャラした三人組の男達が僕達を卑しそうな目で見つめていた。
やばいなこんな時に……。
「へーい彼氏。こんなところでチチクリあわれたら目の毒じゃん? 俺らピュアだから困っちゃうなぁー」
「ゲヘヘ、お前のどこがピュアなんだよー」
「ちげーねーちげーね。ギャハハ」
下品な笑い声を立て、男達が僕等を冷やかす。
「おい、この子よく見たら可愛くね?」
「お、マジじゃん! 激マブー。俺ちょー好みだわー」
「こんな奴には持ったいねーくらいの上玉だぜ」
イヤな展開だな……。これは早くこの場を立ち去った方が良さそうだ。
僕の心配をよそに阿澄さんは無邪気に笑いながら、
「えぇー可愛いってリナの事? やだなぁ~照れちゃうよ~あはは」
お願い阿澄さん……ちょっと黙ってて。
「すいません僕達ちょっと急いでますんで」
そっけなくそう告げ、阿澄さんの肩を抱いて歩き出す。この手のタイプは基本、冷やかすだけで黙って立ち去れば危害はない。僕は麻祐理からこういう時の対処法を聞かされていた。
「ちっ、あーあ、俺も彼女欲しいぜー」
「お前が欲しいのは彼女じゃなくて肉奴隷だろ、ギャハハ」
「バッ! ちげーっての。俺は本当に純粋に彼女が欲しいだけだっての」
僕等に興味をなくしたのか、男達が背後で下品な会話に花を咲かせる。
どうやら麻祐理の言ったとおりみたいだ。
ありがとう麻祐理、麻祐理のおかげでお兄ちゃん何とか助かったよ。
安堵しながら心の底から麻祐理に感謝した。
「コラー!」
突然、阿澄さんが大声をあげる。
「ダメでしょ河辺きゅん! 友達に冷たくしたら!」
「ちょ、阿澄さん! 何言ってんの?」
僕は慌てて阿澄さんの口を塞ぐ。
「むぐっ」
「お、なになに~? リナちゃんだっけ? ノリ気じゃーん」
「冴えない彼氏に嫌気が差したんじゃね~? ギャハハ」
「じゃあさー俺等と一緒に遊ばなーい?」
阿澄さんの声を聞き、男達が再び近づいてくる。
「あ、すいません。今彼女酔ってまして、変なこと口走ちゃったんです。あはは……」
「あぁ? テメーには聞いてねーんだよ」
「そうそう、振られた彼氏は用済みだよ」
「くっ……」
だめだ、一度興奮気味になってしまった状態ではもうさっきの手は使えない……。どうしよう……。
相手が三人じゃ真正面から立ち向かうなんてどう考えても非現実的だし……。
かと言って阿澄さんがこんな状態じゃ走って逃げるのも無理そうだ……。
「リナちゃん、じゃあ俺等と一緒にいいとこ行こうよ」
男の一人が阿澄さんの手を掴もうとする。
「くっ」
こうなったら仕方がない。もう一か八かだ。殴られるのを覚悟で阿澄さんが逃げる時間を稼ぐしかない。
そう思い僕が男の手を掴もうとすると。
「イヤッ」
──パーン──
阿澄さんが男の手を振り払う。
「阿澄さん?」
予想外の出来事に一瞬戸惑う。
「リナに触んないでよー。リナのこと触っていいのは河辺きゅんだけなんだからね」
酔っているせいもあるのか、阿澄さんは興奮気味に男にそう告げた。
「ちっ、おーおー彼氏偉く気に入られてるじゃん。ちょっと俺っち、マジギレしちゃいそう」
「モテない男のひがみは辛いねーギャハハ」
「うるせ!」
「てわけで、彼氏。リナちゃん置いてとっとと消えてくれない?」
凄い形相で僕を睨む男達。どうやら今ので完全に火がついてしまったようだ。
「ねぇねぇー河辺きゅーん」
そんな雰囲気を壊すかのように阿澄さんは僕の背中に寄りかかってきた。
お願い阿澄さん……ちょっと空気読んで。
「リナね、何か体があちゅいの! ちゅーしよ。ちゅー」
「はぁ?」
突拍子もない阿澄さんの言葉に僕は思わず絶叫してしまった。
「ちょっと阿澄さん、いい加減に……むぐっ」
──ぐいっ──
僕が阿澄さんに注意しようと振り向いた瞬間、阿澄さんは手で僕の顔を掴み、そのまま自分の顔を寄せる。
──ちゅ──
「んん!」
……柔らかい。
自分の唇に阿澄さんの唇が触れると最初に感じたはその感覚。
「えへへー」
お互いの唇が離れると阿澄さんは無邪気に笑う。
「……」
僕は突然のことに何も考えられず、呆然と立ち尽くすしかなかった。
「て・め・え・ら! 舐めてんのかぁぁーーー」
意識が戻った時には男が僕に向かって腕を降り下ろそうとしているところだった。
あ、殴られる。瞬間的にそう悟る、その時──
──ピカー──
まばゆい光が僕の目の前を覆う。
「くっ」
あまりのまぶしさに目を開けていられない。
「一体何が……」
…………。
……。
しばらくして光が収まり、何が起こったのか確認しようと辺りを見渡す。
「け、健吾……」
「あわわわわわ」
気づけばチャラ男の二人が体を震わせながら驚愕の顔をしていた。
ん? そういえば僕を殴ろうとしていたあの男はどうしたんだろ?
気になって左右を見渡すと、
──ピョーン、ピョーン──
「なんだこれ?」
何やら肩のところで跳ねている物体があった。
「バッタ?」
何でこんなところに突然バッタが?
「健吾ー」
「て、てめーら! 一体何をした」
男達が不可解なことを言ってくる。
何をしたって? むしろ何かされそうになっていたのは僕なんだけど……。
「健吾を返せ!」
一人の男が僕の手の平を指し示す。
「は? 健吾?」
僕は再度、自分の手の平を見つめ直す。
──ピョーン、ピョーン──
そこには相変わらず、バッタが僕の手の平で飛び跳ねていた。
え? 健吾って……もしかしてこのバッタが?
まさかと思い再度男達を見直すと、
「あ、う、あ……」
僕と目が合うと男は恐怖に満ちた顔つきで怯んだ。どうやら冗談ではないらしい。
未だこの状況を理解できずにいると、阿澄さんが後ろからひょこっと顔を出す。
「ふっふっふー。河辺きゅんをいじめる悪いやちゅらは、この魔女っ子リナちゃんが許しゃないんだからね」
魔女? え? もしかしてさっきの話って……本当だったの?
「魔女! ひぃぃぃいいい化け物」
「助けてくれー」
二人はこの世の終わりような顔をして慌てて逃げ出して行った。
「逃がさないんだから! えいっ」
阿澄さんは逃げる二人組に人差し指を向ける。その瞬間──
──ピカッ──
「え?」
阿澄さんの人差し指から先程のまばゆい光が現れる。光はビーム状になって男達に向かって飛んで行く。
やがて光は男達に追いつき、二人の全身が光で包まれる。
「ぎゃぁぁぁああああ」
「えっ!」
次の瞬間、目の前に広がる光景に僕は思わず目を丸くした。
光が収まり、姿を現したのは先程僕の手の平にいたバッタだった。
「あっはっは! 正義は必ず勝つのだー」
満足したのか、阿澄さんは仁王立ちで高笑いする。
「阿澄さん今のって!」
──バタッ──
バタンと阿澄さんは急に倒れ出した。
「阿澄さん! 阿澄さんってば!」
動転した僕は阿澄さんの頬を叩きながら必死に意識を戻そうとする。
「阿澄さーん、しっかりして! 阿澄さーん」
「グー」
ん?
微かに音が聞こえ、僕はそっと阿澄さんの口元に耳を近づける。
「グー、グー」
「……」
聞こえてくるのはイビキの音……。どうやら阿澄さんは眠っただけらしい。
なんて人騒がせな!
そう思いつつも僕は安堵のため息を漏らす。
よかった……無事で。
「やれやれ、お嬢には困ったものぞよ」
え? 今何か声がしたような……。
とっさに辺りを見渡す。しかし周りには誰もいない。
……気のせい?
「おーい、ここぞよ、ここぞよ」
おかしい、やっぱり声がする。
僕は再度声の主を探す。すると、思わぬ物体が目についた。
それは阿澄さんのバッグについていた黒猫のキーホールダー。
角度的にはこっから声がしたと思うんだけど……まさかね。
そう思いながら苦笑していると。
「やっとお目にかかれたぞよ、河辺殿」
突然キホールダーが口を開いた。
「うわぁぁあああ、キーホルダーがしゃべったぁぁああ!」
あまりの驚きに尻餅をついてしまった。
「そんなに驚かなくてもいいぞよ。すでに河辺殿はさっき魔法を見たぞよ。キーホルダーがしゃべるくらい驚くことじゃないぞよ」
「ま、魔法って……。じゃあやっぱりさっきのは本当なの!」
「今更何言ってるぞよ。人間がバッタになるところを直にその目で見たぞよ」
「バッタって……。やっぱりこのバッタってさっきの男達なの?」
先程のバッタに視線を移すと、三匹のバッタは相変わらずピョンピョンと飛び跳ねていた。
黒猫のキーホールダーに言われたことを頭で理解すると、急に顔が青ざめてくる。
やっぱりそうだったのか……。本当はそうなんじゃないかと少しは思っていたけど……まさか本当に阿澄さんが魔女だったなんて……。
ど、どうしたらいいんだろ……僕。
「まぁそう心配せずとも大丈夫ぞよ。お嬢の魔力は完全には戻っていないぞよ。だから明日の朝にはあの男達も元の姿に戻ってるはずぞよ」
「ほ、ほんと!」
黒猫のキーホールダーの言葉に安堵する。
「とりあえずお嬢をこのままにはしておけないぞよ。河辺殿、悪いが手伝ってくれるぞよか?」
「う、うん」
未だ気が動転しながらも、僕は言われるがまま阿澄さんをおぶさった。
──ふにっ──
「うっ!」
背中越しに伝わる阿澄さんの胸は思った以上に柔らかくて、少し照れてしまう。
い、いかん! こんな状況で僕は何考えてるんだ!
頭を左右に振り、必死の思いで邪念を振り払う。
「どうしたぞよ?」
「う、ううん。何でもないよ」
自分の気持ちが悟られないように平常心を装い誤魔化す。
ついでに気になっていたことを聞くことにした。
「ところで君の名前は?」
「これは自己紹介が遅れたぞよ。我の名はアルキマ・メンデス。お嬢の使い魔ぞよ」
「使い魔! 使い魔って魔女がよく従えてるカラスとかフクロウとかのあの?」
使い魔という言葉ぶ、阿澄さんが魔女だということに一層現実味が増してきた。
でも……正直こんなキーホルダーが使い魔ってどうなんだ……。
「なんぞよ、その疑いの目は。こう見えても我の本当の姿は由緒正しき華麗な黒猫ぞよ。しかし今はお嬢の魔力が弱まっているため、こんな姿に変えられているぞよ」
僕の疑惑の目を察したのか、アルキマがそう力説してくる。
「そ、そうなんだ。とりあえずよろしくねアルキマ。僕の名前は……」
「知ってるぞよ。河辺永明殿ぞよ。お嬢から色々と聞いているぞよ」
「そっか。じゃあ改めてよろしくねアルキマ」
「こちらこそよろしくぞよ河辺殿」
阿澄さんが僕のことを何て言ってたのかはちょっと気になるけど……まぁ聞かない方がいいよね。
「それで、これからなんだけど、どうしたらいいかな?」
「うむ、とりあえずお嬢を家まで運ぶぞよ。河辺殿、悪いがそこまでおぶって連れて行ってくれるぞよか?」
「えっ! う、うん」
阿澄さんの家と言われて一瞬ドキリとする。
阿澄さんの家か……気になってたけど、まさかこんな形で行くことになるとは。
「それじゃあ道案内頼むよアルキマ」
「了解ぞよ」
アルキマのナ指示に従い、僕は阿澄さんをおぶさってそのまま歩き出した。




