恋する心
「あら、もうお帰りですか。予定では一週間程いるかもしれないと聞いておりましたのに」
「すいません、思ったより早く目的が果たせちゃいましたので。なんならキャンセル料払います」
「いえいえ、そんなのいいんですよ。それより何かこちらの不手際はありませんでしたか?」
「不定際だなんてとんでもない。おかげでゆっくりくつろぐことができました。料理だって凄くおいしかったですし、特にあのイナゴの佃煮が、ね? リナ」
「……うん」
やっぱり……そんな簡単に気持ちの整理をつけられるわけないよね。
ニーナさんに出会ってから一日が過ぎ、僕達は当初の予定通りに帰ることにした。
最初は気分転換に観光でもしようと思ったけど、この場所にいればいる程リナにを悲しませる気がしてそんな気分になれなかった。
「それじゃあお世話になりました。またこの辺りに来た時は必ずこの旅館に泊めさせてもらいます」
女将さんにお礼を言い僕たちは旅館を後にする。
予想よりも早く目的を果たした僕達は、金銭的な余裕もあり、帰りはバスと新幹線を使った。
行く時にはあれ程長く感じた旅路も、文明の利器を使えばわずか四時間程だ。
お昼頃出発したにも関わらず、日が暮れる前には既に地元の駅に着いていた。
「アスリナ……その……さ、元気出せよ。妹さん無事で良かったじゃないか」
重い口を開き、麻祐理が気まずそうに言う。
「そ、そうだよ。ニーナさん、旦那さんのこと凄く愛してるって伝わったよ。あれで幸せじゃないわけないよ」
玉泉さんも明るく振る舞ってくれる。
「……」
リナは答えない。
帰りの途中、麻祐理と玉泉さんはリナを元気づけようと必死に話し掛けていた。
『トランプしようぜ』『みかん食べない?』『駅弁は何食べる?』リナが興味を引きそうな話題を次々と出していた。
だが当のリナは『うん……』とか『そうだね』と空返事ばかり。
今は無理に元気づけようとするのは逆効果なのかもしれないな……。
「今日はここで解散しようか。みんなも長旅で疲れてると思うし、明日も学校だしさ」
「そ、そうだね……」
僕の意図を察して玉泉さんが賛同してくれる。
「それじゃ兄貴、アスリナのことしっかり頼むぜ」
「河辺君また明日学校でね。リナさんもまたね、ばいばい」
半ば心配そうな表情を残しつつ、二人は家路に歩いて行った。
さて、僕も帰るか……ってあれ?
ふと横をみるとシズルが未だに残っていることに気がつく。
「どうしたのシズル?」
「ふんっ、あなた達のせいでおじい様のことを伝えるの忘れてしまいましたわ。ですから一言文句を言わせて頂くために残っていたのです」
たしかにあの状況じゃ口を挟むのは難しかったよね……。ちょっとシズルには悪いことしたなぁ。
「ご、ごめん。ニーナさんのことですっかりそのこと忘れてたよ」
「どうせそんなことだろうとは思っていましたわ。でも、まぁ……たしかにあの状況では仕方ありませんわね。ですから!」
シズルは語気を強め、一瞬間を空けると、
「いずれまた魔女リナの妹のところに出向くことにします! その時はあなた達も一緒に来るんですのよ! いいですわね!」
「え……あ、うん」
有無を言わさないシズルの口調に僕は思わず頷いてしまう。
「わかればよろしいのですわ。では、わたくしもこれで失礼致します。魔女リナ、今回はなかなか貴重な体験をさせてもらいましたわ。そのことだけは感謝致します。また何かあれば店の方にでも来て下さいな。その時は格安でお受けしますわ、ふふふ」
僕等にそう告げると、シズルは不適に笑いながら去って行った。
相変わらずブレないシズルの態度に少しだけ感心する。
ん……まてよ?
今のって考えようによっては『あなた達と旅が出来て楽しかったですわ、また今度一緒に行きましょう』という風に取れなくもないような……。
もしかしたら……案外シズルも楽しんでいたのかもしれないな。
そんなシズルのいじらしさを想像すると僕の口元は自然と緩んだ。
──バサッ──
「はぁーやっぱり家の布団が一番だね」
アパートに帰宅するなり、僕は布団にダイブする。
「……」
家に帰ってきてもリナの調子は相変わらずのままだ。
「ねぇリナ、今日の夕飯は何にする?」
大してお腹は空いていないが、少しでもリナと会話をしたい一心で僕はそう尋ねた。
「……ごめん、お腹空いてないや」
「そっか……それじゃあ僕も今日はいいかな」
「ねぇ……永明」
「ん?」
「リナ、ここに居てもいいのかな?」
「なっ!」
リナの言葉に一瞬頭が真っ白になる。
「何言ってんだよ! そんなの当たり前だろ!」
あまりの突拍子のなさに思わず怒鳴り気味に叫んでしまった。
「そっか……あはは、ありがとう永明」
リナの久々の笑顔……。いつも癒されていたリナの笑顔。でも……今はその笑顔が妙に僕を焦らせるのは何故なんだろう。
「今日はもう疲れたから、リナ寝るね」
「あ、うん。そうだね、なんだか僕も疲れちゃったから寝ようかな」
自分でもよくわからないこの感情をかき消すために慌てて電気を消した。
今日はもう寝よう、疲れてるからこんな気持ちになるんだ。
自分で自分にそう言い聞かせ、布団に潜り込む。
…………。
……。
「今までありがとう永明」
深夜、リナがぽつりと呟いたその言葉に僕は何も言い返せなかった。
だるい……。
時刻を見れば午後七時五分。まだバイトが終わる時間まで約三時間もある。
「はぁ……」
あまりの気だるさに思わずため息が漏れる。
「ちょっとー、ため息ついてる余裕あるなら窓でも拭いてくれない?
あんた見てるとこっちまで辛気臭くなるのよね」
そう言うと佐藤さんは苛立ちの表情を見せる。
「ご、ごめん……」
とっさに謝る。
リナと一緒の時はこんなことはなかったのにな……はぁ……。
リナがいなくなって今日で約一ヶ月。
リナが意味深な言葉を言ったあの日、朝目覚めるとそこには手紙が置いてあった。
──リナはニーナの言っていた恋って意味がよくわからない。でも今は永明の傍にいるだけで物凄く辛いんだ。胸の辺りがいつも切なくて、張り裂けそうなくらい痛い。これが恋なのかな……。でもリナにはそう思える自信がないよ。だから恋ってなんなのか、リナはそれを探す旅に出ます。今までありがとう永明。永明との暮らし楽しかったよ──
リナのバカ……何が恋を探す旅だよ。そんな抽象的な物……どこにもあるわけないだろ。
──コンコン──
ん?
ドアがノック音が聞こえ目が覚める。
──ガチャ──
「兄貴ー遅刻するぞー」
相手はいつもどおり麻祐理だった。リナがいなくなってから、麻祐理はこうして毎日のように僕を迎えに来てくれる。
「うん……今着替えるよ」
麻祐理にも気遣わせて申し訳ない……。そう思っていても、元気なフリが出来るほど僕は器用な人間ではなかった。
「あ、河辺君おはよう!」
教室に着くと玉泉さんが笑顔で迎えてくれる。
「ねぇねぇ昨日の木曜ロードショー見た?」
「あーごめん、昨日はバイトで……」
いつも通りのやりとり。もうリナがいたことなんて遠い昔だったように僕の日常生活は元に戻っていた。
でも……そう感じることに寂しさを感じるのはなぜなんだろう……。
こうやってみんなの中からリナは忘れられていくのかな……。
そんなの……嫌だよ。
──ガラッ──
「よーしみんなー席につけー」
担任が教室に入ってくると、クラスメイト達は一斉に自分の席に戻る。
「ホームルームを始める前に、今日は転校生を紹介する」
──ざわざわ──
転校生という言葉に教室がざわつく。
そんなの……どうだっていいよ。
興奮気味にはしゃぐクラスメイトとは対照的に、僕の気持ちはどんどん冷めていった。
「それじゃあ入れー」
会いたい……会いたいよリナ……。
いまどこにいるんだよ……。
「永明ー」
え? ……この声って、まさか!
聞き慣れた声に僕は顔を上げる。
そこには……。
「リナ!」
そこにいたのはうちの学校の制服を着たまぎれもないリナの姿だった。
「永明ーリナね、やっとわかったよー。リナは永明に恋してるんだってこと!」
リナの言葉が教室中に響き渡る。
──ざわざわ──
さっきより一層騒がしくなる教室。
クラスメイト全員の視線が一斉に僕に集中する。
あはは……リナらしいや。
僕に奇異な目を向けるクラスメイト達にどう言い訳をするか悩みながらも、僕はこれから過ごすリナとの学校生活に気持ちが高揚していた。
「おかえり! リナ!」
≪END≫
こんにちは一ツ屋です。
この度は私の作品を最後まで読んで頂きありがとうございました。
小説家になろうに投稿してから今回で二作目となりますが、いかがでしたでしょうか?
前作とは毛色を変えてラブコメタッチを意識してみました。
シリアスな作品と違い、ラブコメはギャグシーンがあるので、自分が笑わせたい部分が読み手にうまく伝わっているのかが少し不安です。
良ければその辺りのことも含めて感想を頂けると今後に活かせるので非常に助かります。
これからもシリアスな作品、ラブコメ、どんな話でも読者様に楽しんでもらえるよう精進していきたいと思いますので何卒よろしくお願いします。
それでは皆さん、またどこかでお会いしましょう。
その日を楽しみにしております。




