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お気楽リナちゃん

「ごちそうさま……よしっ」

 朝食を食べ終えると、僕は早々に探索の準備を始める。

「兄貴、やけに意気込んでるなぁー」

「そりゃそうだよ、だっていよいよなんだから」

「河辺君……今朝も早かったみたいだし、起きたらリナさんも見当たらなかったけど、もしかして二人で何かあったの?」

「えっ……あ、えっと」

 玉泉さんの質問に言い淀む。

 別に隠す必要ないんだけど、何故かあの出来事は僕とリナの二人だけの秘密にしておきたかった。

「特に何もないよー。ね、永明」

「えっ? あ、うん」

 意外にもリナの方からそんなことを言ってきた。空気の読めないリナのことだから、てっきり正直に答えると思ってたのに。

「ふーん……」

 玉泉さんは疑いの目を向けつつも、それ以上は追求してこなかった。

「お客さん、今日はどこかへお出かけですか?」

 食器を片づけにきた女将さんが声を掛けてきた。

 人を探してます、瞬間的にそう答えようとしたが思いとどまる。

 あまり無用なことを言っても怪しまれるかもしれない、そう思うと正直に話すことに抵抗があった。

 その時、ふとシズルのおじいさんの手紙に書かれていたことを思い出す。

 小さな診療所……たしか手紙にはそう書かれていた。

「あの、この辺りに動物の診療所ってありませんか?」

「診療所? もしかしてあなた達、大輝ダイキ先生のお知り合い?」

 大輝、その名前は初めて聞く。

「はい、わたくしのおじい様がその方と知り合いなんですの」

 女将さんの言葉にシズルは間髪入れずに返答する。どうやら話を合わせて情報を聞き出すつもりのようだ。

「あら、そうなの! でも、ごめんなさい先生の居場所まではわからないのよ。あの人ね、ちょっと変わり者で村の人とほとんど交流なかったから。たまにふらっと村に現れてはペットを飼っている住人のところに診断に来ていたのよね。ただ不思議とそういう時は村の人が困っている時だったわ。この旅館で飼っている猫もね、風邪気味だった時に大輝先生に診察してもらったことがあったのよ」

 そう言うと女将さんは窓の外に視線を移す。そこには屋根の上でうたた寝している黒猫の姿があった。

「その方が最近来たのはいつですか?」

「う~ん……この子が子猫の時だったからもう十年くらい前かしらね……」

 十年前……結構昔だな。

 僕はもう一つ気になっていたことを尋ねる。

「あの、その時に他に誰かいませんでしたか?」

「他に……あぁそういえば女の人が付き添いで一人いたわ。先生もいつのまに奥さんもらったんだろうって、村の人たちもちょっと驚いてたわね。大輝先生と違って凄く愛想がいい人だったわ」

 女将さんの言葉を聞いて、リナが歓喜の声を上げる。

「ニーナだ! やっぱりニーナはこの近くにいるんだ!」

「ニーナさん? あの方ニーナさんって言うの。へぇー知らなかったわ」

「うん、リナの妹なんだよ」

「えっ……妹さん?」

 リナの言葉に女将さんは驚きの表情を浮かべる。

「あなたが妹さんじゃなくて?」

「違うよ~。リナがお姉ちゃん! ニーナはリナの妹だよ」

「え……でも、そんな……」

 まぁたしかにリナは幼い感じがするもんね……女将さんがそう思うのも無理はないよ。

「色々と教えてくれてありがとうございます。それじゃあ僕達はそろそろ出発しますので」

 そう言って僕が立ち上がると、女将さんは瞬時に仕事モードに切り替わった。

「あ、はい。お気をつけていってらっしゃいませ」 

 女将さんに見送られ僕達は旅館を後にした。



「うわぁー中真っ暗」

 入り口から森の中を覗き込み、リナは驚きの声を上げる。

 リナの言うとおり、森の中は昼間だというのに日差しがほとんど入っておらず、まるで夜のようだ。そのせいで入り口から先への道はどうなっているのか全く見通せない。

 それほどまでにこの森は大木で埋め尽くされている。

 これは想像以上に用心しないといけないかもしれない。

「それじゃあ行くよみんな。準備はいい?」

 皆が一斉に頷く。いよいよこの先にリナの妹さんがいるかもしれないんだ。

 手には緊張で汗が滲んできた。

 よしっ!

 自分で自分に渇を入れ、僕達は森の中へ歩き出す。



 ──ザッ、ザッ──

 なるべく木の根っこを避け、草の茂みをかき分けながら歩く。

「はぁはぁ……」

 想像以上の歩きにくさにいつもより疲労が早い気がする。

 あれからどれくらいの時間が経ったんだろう。

 初めこそ意気込んで歩いていたものの、進んでも進んでも全く景色が変わらない状況にだんだんと嫌気が差してきた。

 次第に体力も失われ、今ではもう口を開く気力もない。

「キャッ」

 悲鳴が聞こえ後ろを振り返ると、玉泉さんが倒れている。どうやら木の根っこに足を取られたようだ。

「大丈夫? 玉泉さん!」

「あはは、大丈夫大丈夫、ちょっとつまずいただけだから」

 玉泉さんは笑顔で答え、立ち上がろうとするが、

「いたっ……」

「だめだよ無理しちゃ! ほら座って」

「これは捻挫してますわね」

 玉泉さんの足に触れると、シズルは冷静にそう告げた。

 その言葉を聞き、僕は苦渋の選択を決断をする。 

「今日は……ここまでにしよう」

「だ、だめだよ河辺君! まだリナさんの妹さん見つかってないんだから! 私なら大丈夫! ほらっ……くっ」

 顔を歪めながら必死に大丈夫だと訴える玉泉さん。

 自分のせいで中断されたくない、そんな玉泉さんの気持ちが痛いほど伝わってくる。

 僕だって本音を言えば一刻も早くリナの妹さんを見つけたい。

 でも……。

「はぁはぁ……」

 視線の先には苦しそうに息を切らす麻祐理の姿。

 体力に自信のある麻祐理ですらこの状態なのだ。これ以上続ければどうなるかわからない。

「いや、玉泉さんのせいじゃないよ。そろそろ日も暮れそうだし、他のみんなも疲れが溜まってるしさ。これ以上続けても無意味だと思うんだ」

「で、でも……」

 納得できない、そう言いたげに玉泉さんは僕を見つめる。

「タママ、永明の言うとおりだよ」

「リナ?」

「その足じゃこれ以上歩くなんて無理だよ。リナのこと思ってくれるのは嬉しいけど、今はタママの足の方が大事。みんなも疲れてるし今日はもう帰ろうよ」 

「リナさん……」

 リナに言われ、玉泉さんはしぶしぶと引き下がる。

 ほっ……良かった。

 それにしてもリナがあんなことを言うなんて意外だ……。

 本当なら一刻も早く妹さんに会いたいだろうに、その気持ちを抑えてまで僕等の安否を心配してくれている……。 

 リナの気持ちを想像するともどかしさで心が締めつけられてくる。

 その気持ちに報いるために僕は重々しく口を開く。

「それじゃあみんな、今日の探索はここまで。続きは明日にしよう」

 僕の呼び掛けに皆の顔から一気に緊張感が解けた。

「まぁしょうがないですわね。では帰ると致しましょう」

 そう言うとシズルは方位磁石を取り出す。

 が、次の瞬間、途端にシズルの顔が青ざめていく。

「えっ……そんな……うそですわ……」

「どうしたんだよ宮藤?」

「方位磁石が……動きませんわ……」

「なっ……」

 一瞬シズルの冗談かと思ったが、その表情を見ればそれが決し嘘でないことがすぐにわかった。

「こんなこと……ありえませんわ……。この方位磁石には特殊な霊力が込められていますのよ! 宮藤家の当主が代々使ってきた伝統の宝具がこんなことで壊れるなんてありえませんわ!」

 よほどこの状況が信じられないのか、シズルは驚嘆の顔で叫んだ。

「そうだ、携帯! 旅館の人に連絡を取ろう」

 僕達は一斉に携帯を取り出す。

 しかしその希望は画面に表示されている『圏外』の文字によってすぐに打ち砕かれた。

「だめ……私のは圏外」

「オレのもだ……」

 みんなも同じのようだ。予想はしていたがこの深い森の中では、やはり電波は届かないらしい。 

 マズイな……。

 額に嫌な汗が流れる。

「ど、どうしよう……」

「あ、兄貴……」

 玉泉さんも麻祐理も動揺を隠せない様子だ。

 落ち着け……こんな時こそ平常心だ。何か……きっと何かあるはずだ。

 あっ!

 僕はあることを閃いた。

「そ、そうだ!」 

 皆が一斉に僕に視線を送る。

「リナ、魔法で僕を鳥に変えてくれないかな? 空からなら今どの辺りにいるかわかると思うんだ。そしたらどっちに進めばいいかわかるはずだよ」

「兄貴! 冴えてんじゃん!」

「あなたにしては良い案ですわ」

 僕の意見に皆の顔に生気が戻る。

「リナさん、お願いできるかな?」

「おっけーまかっせてよー!」

 リナはドヤ顔で自信満々に自分の胸を叩く。

「それじゃあいっくよー」

「あ、ちょっと待ってリナ!」

「ん? なにー?」

「ごめん。悪いんだけど変身は省略してくれないかな?」

「え、あ……うん。わかった」

 さすがのリナも今回ばかりは素直に従う。ごめんね……さすがにこの緊急事態でそういう気分にはなれないんだ。

「こほん……それじゃあ気を取り直して。マジカル~ラディカル~タンジェント~」

 あの痺れるような感覚を味わうのはあんまり好きじゃないんだけど……今はそんなことを言ってる場合じゃない。

 僕は覚悟を決め、魔法にかかるのを待つ。

「……」

 あれ? いつもならリナが呪文を唱えればすぐに光が出てくるのに、今はどれだけ待ってもその光が現れる様子がない。

 不安になり僕は恐る恐るリナに尋ねる。

「……リナ?」

「あれ~? おっかしいなぁー魔法が出ないよー」

 リナはスティックをぶんぶん振り回しながらおかしいおかしいと呟く。

「えぇ! そ、そんな!」

 うそでしょ! 

 リナの言葉に僕達は再び不安に襲われる。

「お嬢」

 軽いパニック状態に陥っていると、アルキマが突然声をあげた。

「あ、アル~。なんかおっかしいよー。また魔法が出なくなっちゃったよー」

「この森は何かおかしいぞよ。何か魔法とは違う異様な力を感じるぞよ。そのせいで我等の力が封じられているぞよ」

 リナの魔法が使えない原因をアルキマはそう説明した。 

 別の異様な力、正直いまはそんなことはどうでもいい。

 原因はどうあれ、リナの魔法が使えない、その事実だけが僕等の頭に何度も木霊する。

 遭難……。

 瞬間的にその言葉が頭をよぎった。

「くっ……」

 絶望的なこの状況に思わず顔を俯ける。

 その時。

──ガサッ──

 茂みの方で何か音が鳴る。、

 その音に反応した麻祐理が焦りの表情を見せる

「なぁ……今、あっちから何か物音がしなかったか」

「そういえば……シズルちゃんのおじいさんの日記にこの辺りは熊が出るって書いてなかったっけ……」

 そう話す玉泉さんの顔は恐怖で顔がひきつっていた。

 ──ガサッ、ガサッ──

 音はどんどんこちらに近付いてくる。

「ひっ」

 シズルがか細い声で悲鳴を上げる。普段あまり感情を出さないシズルもさすがにこの状況には耐えられないようだ。

 ──ごくっ──

 全員息を呑む。緊張のあまり喉がからからだ。

──ガサッ、ガササッ──

 音は確実に僕達に向かって近付いている。この音の大きさからして、既に音の主が僕らの目前にいることは容易に想像できた。

 くっ……もうだめか。

 ──バサッ──

「キャーーーー」

 ついに茂みから音の主が姿を現した。それと同時に玉泉さんの悲鳴が響き渡る。


 ……えっ!

 音の主を肉眼で捉え、僕は唖然とした。

「うわぁーかわいいー」

 音の主を見ると一目散にリナは駆け寄って行く。

 音の正体はウサギだった。

 手で顔を隠し、声にならない声で泣き崩れる玉泉さんに僕はそっと声を掛ける。

「玉泉さん大丈夫だよ。ほらっ、ウサギ」

「ひっく……ひっく……え? ウサギ?」

 玉泉さんはおずおずと手をどけ、

「な、なんだぁー……」

 あまりの安堵に気が抜けたのか、玉泉さんはその場にへたり込んでしまった。

「たくっ……人騒がせなウサギだぜ」

 ウサギに向かって悪態をつく麻祐理だが、その表情は言葉とは裏腹に凄く弱々しい。

 そんな僕等の姿をシズルは呆れ顔で、

「ウサギごときに驚くとはなんて愚かしいのでしょう。これだから庶民の感性は信用なりませんわ」

 ……さっきは悲鳴をあげてたくせに。

──ダッ──

 突然ウサギが走りだす。

「あっ! ウサギさ~ん待って」

「ちょ、ちょっとリナ! これ以上森の奥へ入ったらあぶないって!」

 リナの奴、本当にマイペース過ぎだよ!

「河辺殿」

「え?」

「あのウサギを追うぞよ。あのウサギからは微量ながら魔力を感じるぞよ」

「なっ!」

 魔力って……それってもしかして! アルキマの言葉に僕は一つの答えが浮かぶ。

「みんな、あのウサギを追いかけよう」

 僕の呼び掛けに皆が立ち上がる。

 動物に魔力……それってもしかして……ニーナさん!

 ウサギを見失わないよう僕達は慎重に追いかける。

 しかし不思議なことにウサギは僕達から本気で逃げている様には見えなかった。

 立ち止まっては後ろを振り返り、僕達の姿を見てはまた走り出す。

 まるで僕等をどこかに導いているようだ。

「待ってよ~ウサギさ~ん」

 みんなが真剣な眼差しでウサギを追いかける中、リナだけは相変わらずお気楽な調子だ。

 まぁそれでこそリナらしいけどね……はは。

 こんな時でも普段と変わらないリナの様子に思わず苦笑してしまう。


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