手掛かり
あれから数日。リナの妹さんの手掛かりは全く掴めていない。
僕とリナは相変わらず普段と変わらない日々を過ごしていた。 今もこうしてリナとバイト中だ。
「はぁ……」
そんな状況に思わずため息が漏れる。
「どうしたの永明? 何か元気ないねー」
当の本人であるリナは僕の気持ちとは裏腹に至って元気だ。
「ううん何でもないよ。にしてもリナはいつも元気だね」
「だってリナ、永明と暮らせるようになってから毎日楽しいよ」
「えっ」
リナの言葉に僕は思わずドキッとしてしまう。
まぁリナにとっては別に大した意味じゃないってのはわかってるんだけどね……。
「でもさ、本当に麻祐理に付いていかなくて良かったの? 自分で言うのもなんだけど僕の実家って結構大きいから今より快適だよ」
「いいの! リナは永明の家がいいんだもん」
麻祐理にリナの正体を話したあの日、当然のことながら僕とリナが同棲していることが話題になった。
そこで麻祐理は、リナに自分の実家に居候するように進めた。だけど当のリナ本人は『リナは永明と一緒がいい』と言って聞く耳を持たなかった。
それでも麻祐理は最後まで説得を諦めなかったんだけど『永明の家じゃなきゃ漫画喫茶に戻る』というセリフが決め手となったらしく、しぶしぶ承諾した。
もちろん麻祐理からは物凄く怖い顔で『兄貴、アスリナに何かしたら許さないからな』と釘をさされたけど……。
何故か玉泉さんにまで『河辺君、私信じてるからね』なんて念を押されたように言われた。
……僕ってそんなに信頼されてないのかな?
そんなことを考えているとリナが無邪気な顔で、
「永明、今日のバイト終わったらまたおでん屋行かない?」
「うん……それいいね」
「やったー! それじゃ決まりだね」
まぁいいか……。今はこんなにも毎日が充実してるのだから。
いつのまにかリナとの共同生活は僕にとってかけがえのない日々になっていたようだ。
今がバイト中だということもすっかり忘れ、リナとの生活を考えると僕の気持ちは自然と高揚していくのだった。
そんなある日、事の進展は思いがけないところから始まった。
「河辺君ー」
クラスに入るなり玉泉さんが慌てたように声を掛けてくる。
「おはよう玉泉さん、どうしたの? そんなに慌てて」
「う、うん。それがね、リナさんの妹さんの手掛かりになるかもしれない人物を見つけたの」
「えっ!」
何だって! リナの妹の手掛かりを知ってそうな人物だって!
僕は思わず息を呑む。
未だに全く手掛かりらしいものが見つかっていなかったリナの妹探し。それを玉泉さんはこうも簡単に見つけたというのだから内心穏やかではいられない。
「そ、それでその人物は」
早る気持ちを抑え、僕は玉泉さんに尋ねる。
「友達から聞いたんだけどね。この学校の一年生に宮藤シズルさんって子がいるらしいんだけど、その子が魔女について知ってるって噂を聞いたの。何でも実家がそういうことを専門に扱っている家系らしくて」
「宮藤シズル……」
玉泉さんから教えてもらった名前を復唱する。
一年生か……。麻祐理なら知ってるかな?
「ありがとう玉泉さん。今日の昼休みに早速会いに行ってみるよ」
「どういたしまして。でも気をつけてね……その子あんまりいい噂を聞かないから。なんでも……その子に会った人は魂を抜かれるって怖い話もあるくらいだよ」
魂を抜かれる……。まぁ明らかに尾ひれのついた眉唾だと思うけど……。一応注意しておくか。
「うん、わかった。一応注意しておくよ。それじゃあまた何かわかったら教えて」
リナ……ようやく妹さんの手掛かりが見つかるかもしれないよ。
昼休み。僕は早速、宮藤シズルの情報を探るため、麻祐理の教室の前に来ていた。
丁度タイミングよく麻祐理のクラスから出てきた女の子に声を掛ける。
「あの、河辺麻祐理の兄ですけど、妹はいるかな?」
「えっ! あ、麻祐理ちゃんのお兄さんですか、ちょっと待ってて下さい」
女の子は教室の中に入って声を掛ける。
「麻祐理ちゃーん。お兄さんが来てるよー」
麻祐理ちゃん……か。この感じからするとやっぱり麻祐理はクラスメイトからは全く不良扱いされてないようだ。
自分ではあれだけクラスの連中から恐がられてるとか言ってたけど……ふふ。
「あ、兄貴! 何でここにいんだよ」
兄心から和やかな気持ちになっていると、麻祐理が慌ててクラスから出てきた。
「やぁ麻祐理」
「やぁじゃねーよ! 兄貴、一年の教室まで来て何してんだよ」
「ちょっと麻祐理に会いたくなってね」
「なっ!」
あ、顔赤くなった。可愛いやつ。
「バ、バッカじゃねーの!」
「あはは、そんなに喜ばないでよ」
──ヒソヒソ──
ん?
「麻祐理ちゃん、お兄さんの前だとあんな感じなんだねー」
「いつもはちょっとツンツンしてるけど、やっぱりああいうの見るとふつうの可愛い女の子だよね」
「それよりさー麻祐理ちゃんのお兄さんちょっとカッコ良くない?」
教室の中から僕と麻祐理についてのヒソヒソ話が聞こえる。ここが麻祐理のクラス前だということをすっかり忘れていた。
「くっ、ほらっ兄貴! ちょっとこっちこいよ」
「うわっ、ちょっと麻祐理」
麻祐理は僕の手を強引に掴むとそのまま早足で歩き出す。どうやら一刻も早くこの場を立ち去りたいようだ。
全く照れ屋さんなんだから麻祐理は。
「で、わざわざオレに会いに来たってことは何か用事があるんだろ」
学校の中庭に着くとようやく僕の手を離し、麻祐理はそう切り出してくる。
「うん。麻祐理、宮藤シズルさんって知ってる?」
「宮藤シズル!」
宮藤シズルという言葉に反応し、麻祐理は目を丸くして驚く。
「兄貴! その名前どっから聞いたんだよ」
「え? 玉泉さんから聞いたんだけど……」
なんだろう……宮藤シズルってそんなに有名な子なのかな?
麻祐理のかつてないほどに驚嘆する姿に思わず疑念を浮かべてしまう。
「あいつは……あいつにだけは近づかない方がいい……」
「麻祐理、宮藤さんと知り合いなの?」
「別に直接知り合いってわけじゃねーよ。でも一年の間でアイツを知らない奴なんていないんじゃないか。宮藤シズル、その名前を口に出すだけでも気味悪がられるほどだぜ」
「そ、そこまで……」
一体、宮藤シズルって何者なんだ……。
──ゴクリ──
緊張して思わず喉を鳴らしてしまった。
「オレもクラスが隣だから合同授業の時なんかに見かけるけど……あいつが誰かとしゃべってるところなんて見たことないぜ。いつも一人でうすら笑い浮かべてて、正直言って気味が悪いぜ」
「で、でも、それだけならそこまで言われるほどじゃ……」
「いや……恐ろしいのはここからなんだ。あいつと関わった人間は魂が抜かれるって噂されてるんだよ」
魂を抜かれる……玉泉さんが言ってたことと同じだ。
やっぱりその噂はかなり有名らしい。
「兄貴、どうい事情かわからないけど、悪いことは言わないからあいつに関わろうなんて思うなよ」
「……そういうわけにもいかないんだよね」
「な、なんでだよ!」
「実は……リナの妹さんについて何かわかるかもしれないんだ」
「えっ」
僕は麻祐理に今朝、玉泉さんから聞いたことを話した。
「たしかにあいつなら魔女のこととか知ってそうだけど……で、でもよ!」
「麻祐理」
心配そうに僕を見つめる麻祐理に優しく声を掛ける。
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫、お兄ちゃんを信じて! 麻祐理を泣かせるような真似はしないよ」
「だ、誰が泣くかよ!」
ムキになる麻祐理。本当にこういうところが可愛い。
「兄貴……オレも一緒に付いていこうか?」
「いや、大丈夫だよ。話を聞く限り、その宮藤さんって子はかなり気難しい人みたいだからね。あまり大勢で押し掛けても警戒されるだけだと思う。だから今回は僕一人で行ってみようと思う」
「そ、そうか……。じゃあ何かあったらすぐにオレに連絡しろよ!」
「うん、わかった。ありがとう麻祐理」
──キーンコーンカーンコーン──
話がまとまると、丁度昼休みが終わるチャイムが鳴った。
勝負は放課後……待ってろよ宮藤シズル!
放課後、僕は予定通り宮藤シズルの在籍する一年B組の前に来ていた。
とりあえず教室前にいる女子生徒に声を掛ける。
「あの、ちょっといいかな?」
「はい?」
「宮藤シズルさんってこのクラスだよね?」
「えっ……宮藤さん……」
僕の口からその名前を告げられると女の子の顔がみるみる青ざめていく。
「ちょっと話があるんだけど呼んできてくれないかな?」
「あう……ご、ごめんなさーい」
そう言うと女子生徒は一目散に走り去ってしまった。
「あ」
麻祐理から事前に情報は聞いていたけど……本当に恐がられてるんだな……。
「あ、ちょっといいかな?」
「はい?」
今度は男子生徒に声を掛ける。
「宮藤シズルさん呼んでもらっていいかな?」
「ひっ! 勘弁してくれー」
「あ、ちょっと!」
先程の女子生徒同様に男子生徒は走り去って行く。
まいったな……。これじゃあ宮藤シズルとコンタクトが取れないよ。
ここで出てくるのを待っててもいいんだけど、顔までは知らないし……。
う~ん……どうしよう。
「わたくしに何か用ですか?」
どうするか悩んでいると、目の前に突然一人の女の子が現れた。
「き、君が宮藤シズルさん?」
「ええ、いかにも。あなたが先程から人のクラスの前で呼び続けている宮藤シズルとはわたくしのことですわ」
この子が宮藤シズル……。
目の前にいる少女は小柄ながらも腰まである綺麗な長い髪を持ち、キレ長の目が特徴的だった。凛々しい顔付き、凛とした立振る舞い、それでいてどこか妖艶な雰囲気を感じさせる。少女を一言で表すならば『ミステリアス美人』という言葉がぴったりだ。
正直、噂に聞くほど怖い感じはしない。
やっぱりみんな大げさに言ってるだけなんじゃないかな?
そんな僕の思考を読み取ったのか宮藤シズルはいぶかしそうにこちらを睨み、
「そちらの名前は?」
「あ、ごめん。僕は二年D組の河辺永明。君に聞きたいことがあってきたんだ」
「二年の方とは珍しいですわね。わたくしに何の用ですこと?」
「実は魔女について教えて欲しいんだけど」
「魔女……」
魔女という言葉を聞いた途端、宮藤シズルの目つきが鋭くなる。
次の瞬間、宮藤シズルは突然笑い出した。
「ふふふ、あはははは」
「み、宮藤さん?」
わけがわからず困惑する。
「これはまた面白いお客が来ましたわね。河辺永明さんとおっしゃいましたかしら?」
「う、うん」
「いいでしょう。今晩九時にアーケード街でお待ちしております」
そう言うと宮藤シズルは僕に背を向け立ち去ろうとする。
アーケード街……どういうことだ?
「ちょ、ちょっと」
「なんです?」
「いや、アーケード街に九時ってどういうこと? 僕まだ何も聞いてないんだけど」
僕のその言葉に宮藤シズルは本気で信じられないといった顔で、
「あなた……まさかこのわたくしのこと何も知らないで訪ねてきたんですの?」
「?」
え? どういうこと?
「はぁ……まさか真正の方とは……」
「え? あ、あの……」
何やら一人で落胆している様子の宮藤シズルに何と声を掛ければいいのかわからない。
「いいですわ、教えて差し上げます。わたくしはアーケード街で夜の七時から十時の間に霊媒師として店を開いておりますの。まぁ店と言っても露店ですので大したものではないのですけれど。ですのでお話はそこで承りますわ」
「えっ! お店って……もしかしてお金取るの?」
「当たり前ですわ。この超エリート霊媒師の宮藤シズルが相談に乗って差し上げますのよ。本来なら予約制で一ヶ月程お待ちになるところを今回は同じ学校の上級生ということで特別にサービスしてあげますのよ。むしろ感謝して欲しいくらいですわ」
「そ、そうなんだ……ありがとう」
まずい……。まさかお金が必要なんて思ってなかった。どうしよう……僕も決して余裕があるわけじゃないのに。
「ちなみに料金っていくらなのかな?」
「そうですわね、内容にもよりますけど、まず相談で一万、除霊やお祓いなど特別な処置が必要な場合は十万程というのが相場ですわ」
「じゅ、十万!」
予想以上に多い金額に思わず声を荒げてしまう。
「あら、これでもかなり安くしているんですのよ。わたくしはまだ学生という身分ですのでこの程度の金額で済んでおりますが、プロの霊媒師なら何百万単位ですわ」
「そ、そうなんだ」
宮藤シズルの言うことが本当ならたしかに得なんだろうな。
でも十万なんて大金を一気に払うなんて僕にとっては死活問題だよ。
「嫌なら別に無理にとは言いませんことよ」
僕が悩んでいる姿を察したのか、宮藤シズルは卑しい目つきでそう言ってきた。
「くっ」
でもここで引き下がったらリナの妹さんの手掛かりはもう手に入らない気がする。
どうせこのままじゃ何も進展はないんだ。仕方ない、ここは腹をくくろう。
「わかった。今日伺わせてもらうよ」
「ふふ、ではお待ちしておりますわ」
そう言うと今度こそ本当に宮藤シズルは去って行った。
今晩九時にアーケード街ね。
あれ? 何か忘れているような……。
あっ!
僕はそこで重大なことを思い出す。
今日バイトじゃん……。




