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魔女っ子との出会い

 気が重い……。

 生活のためとはいえ、どうしてもこの時間になると気落ちしてしまう。

 時刻は夕方の四時四十分。もうすぐバイトの時間だ。周りを見渡せば放課後の時間を満喫している学生達の姿がチラホラ見える。

「はぁ……」

 そんな姿を見て思わずため息が漏れる。

 みんな楽しそうだな。正直ああいう風に何の苦労もなく青春を謳歌してる人が羨ましいよ。

「……」

 心の中で愚痴を呟いていると、いつのまにか店先に着いていた。

 僕、河辺かわべ 永明はるあきはこのコンビニでかれこれ一年程アルバイトをしている。

 ええい! 悩んだって仕方ない。僕が自分で選んだ道なんだ。あの家に戻ることを考えればバイトなんてどうってことないよ。

──ガコン──

「おはよう河辺くん」

「おはようございます」

 昼シフトの小林さんに挨拶を済ませ、僕はバックルームに向かう。

──ガチャ──

「おはよございます」

「あ! おはよーう! 河辺君」

 え?

 バックルームに入ると見慣れない女の子が挨拶をしてきた。

 たしか僕とはシフト時間が違う同じアルバイトの子だったと思う。名前は……阿澄あすみ 莉奈りなさんだったかな?

「ええと……阿澄さんだっけ?」

 僕の問いかけに彼女は笑顔で、

「うん、そうだよー。リナの名前覚えててくれたんだぁー。嬉しいな」

 よかった、どうやら名前は合っていたようだ。

「おはよう河辺君」

 状況をいまいち把握しきれないところに、店長が声を掛けてくる。

「あ、店長おはようございます」

「今日ね、君の相方の佐藤さんが急にお休みになったの。だから代わりに阿澄さんがシフトに入ってくれることになったから、今日は二人でよろしくね」

「えぇ!」

「あっ、なにその反応! リナと一緒にシフト入るのが嫌なの? ひっどーい」

「あ、違う違う! そういう意味じゃなくてさ、急だったから驚いちゃって」

「ぶー。ほんとうかなぁー?」

「ほ、ホントだよ! 阿澄さんみたいな可愛い女の子と一緒にシフト入れるなんて凄く嬉しいよ」

「え! か、可愛い……」

 しまった……つい機嫌を取るために僕らしからぬことを言ってしまった。なんだかこっちまで恥ずかしくなってきたよ。マズイなぁ……これじゃあお互い気まずくなって今日のバイトやりにくくなっちゃうよ。

 そう思い阿澄さんの方を横目で見ると……。

「もう~可愛いだなんて照れちゃうよー。河辺君ってば正直なんだから」

 ……あれ?

 こちらの心配をよそに阿澄さんはすっかりご機嫌モードだ。

 どうやらあの切り返しは正解だったらしい。

「はいはい、それじゃあ、おしゃべりはそこまでにして。そろそろ時間だから河辺君はさっさと自分のタイムカード押しちゃいなさい」

「あ、はい。すいません」

 店長に言われ、慌ててタイムカードを押す。

「それじゃあ河辺君、改めて今日はよろしくね」

「うん、こちらこそよろしく阿澄さん」

 さっきは勢いで可愛いなんて言っちゃったけど、こうしてまじまじと見ると阿澄さんって本当に可愛いな。

 腰まで掛かる長い髪はさらさらしていてとっても綺麗だし、肌もキメ細やかで透き通るように白い。何より笑顔がとっても可愛い。こんな可愛い子と今日一日一緒に仕事できるなんて、これってもしかしたら凄くラッキーなんじゃないか?

 そう思うと途端にやる気が出てきた。

 よしっ、がんばろう!


「ありがとうございましたー」

 時計を眺めると、時刻は八時四十分。バイトが終わるまで残り約一時間。この時間になれば夕飯時のピークも終わり、客の出入りも落ち着いてくる。

「ふぅ……」

 少し余裕ができ、ひと息つく。

「お疲れ様―。夕飯時は結構お客さん来るねぇー」

 商品の補充から戻ってきた阿澄さんが声を掛けてきた。

「阿澄さんっていつもは昼のシフトだっけ?」

「うん、基本はそうだけど、人がいなかったり、空いてる時は深夜に入ったり、早朝に入ったりもしてるよ」

「え! 阿澄さんって深夜も入ってるの?」

「うん、そうだけど?」

「だ、だって深夜番って学生はできないんじゃ……」

 この店では未成年の学生が深夜帯のシフトに入ることは禁止されている。深夜シフトは夕方シフトより時給がいい。だから最初は僕も深夜シフトを希望していた。でもこの国の法律上の関係とかで店長から固く断られたのだ。

 つまり深夜帯に入れるということは……。

「阿澄さんって年いくつ?」

「あ、ひっどーい! リナのこと年増だと思ってるな!」

「え、いや、えと……」

 阿澄さんの顔が急に険しくなったので思わずたじろぐ。

「だめだぞ! 女の子に年齢なんて聞いたら」

 そう言って僕をたしなめる阿澄さん。ちなみに怒った顔もちょっと可愛い。

「ご、ごめん」

 とりあえず謝っておく。

 だけど見た目は僕とほとんど変わらない、下手したら僕より年下に見えるんだけどな。

「うそうそ、そんなに真面目に謝らなくていいよ。リナが深夜にバイトしてるのを心配してくれたんだよね」

「う、うん」

 ちょっと違うけど、とりあえずそういうことにしておく。

「大丈夫! リナね、河辺君よりちょとだけお姉さんなんだから。ちゃんとした合法だよ」

「あ、そうなんだ」

 どうやら僕よりは年上らしい。

「……この世界的にはね(ぼそっ)」

「え?」

「あ、ううん何でもない」

「……」

 今『この世界』とか言わなかった? どういうことだろ。阿澄さんって外国人さんなのかな? 言われてみればそんな感じもするけど……。

「それよりさ、河辺君って学生さんなんだよね?」

「うん、凛知羽りちば高校ってところなんだけど知ってるかな?」

「あ、知ってる知ってる。あの丘の上にある学校でしょ! へぇ~河辺君ってお金持ちなんだー」

「そ、そんなことないけど……」

 凛知羽りちば高校、名前の通り凛とした知識が豊富なお金持ち(羽がある)の家柄の子供が通う学校として全国でも有名な進学校だ。

「でもさ~どうしてそんなとこ通ってる人がこんなとこでアルバイトしてるの? シフト表見たけど河辺君って結構入ってるよね」

「うん、実は僕、今一人暮らししてるんだ。だから生活費が必要でさ」

「えっ!」

 そりゃ驚くよね……。あんなお金持ちの学校に通いながら自分で生活費を稼いでいるなんて聞いたらさ。

「えらーい!」

「え?」

 阿澄さんが目を輝かせながら顔を近づけてくる。

「偉いよ河辺君。その年でもう自立してるなんて」

「そ、そんな大層なもんじゃないよ……」

 そう、僕が一人暮らしをしている理由はそんな立派なものじゃない。

「またまた~謙遜しちゃって! お姉さん感心しちゃったぞ」

「あはは……」

 こちらの気持ちとは裏腹に、阿澄さんは偉くはしゃいでいる。

「阿澄さんは実家住まい?」

「リナ? ううん、リナも河辺君と同じ一人暮らし(のようなもの)だよ」

「へぇ~」

 てっきり実家住まいに見えたのでちょっと意外だった。

「だからリナと河辺君一緒だね」

「うっ……」

 今日一番の阿澄さんの笑顔に思わずドキリしてしまい、思わず目を逸らしてしまった。

 やっぱり阿澄さんって可愛いよな……。こんな笑顔見せられたら仕事の疲れも一気に吹っ飛んじゃうよ。

──ガコン──

「あ、いらっしゃいませ」

いかんいかん……仕事仕事。


「ふぅ……」

 勤務時間が終わりバックルームに戻ってくると、今日の疲れがどっと出てくる。

「お疲れ様~河辺君」

「お疲れ様、今日は阿澄さんが来てくれて助かったよ。そうでなかったら店長と一緒にシフト入らなきゃいけないところだったからね」

「あはは。たしかに店長と一緒に入るのは監視されてるみたいで肩凝っちゃうよね」

 店長と入るとほとんど仕事はこっちがやらなきゃいけなくなるのがキツイ。

 そう考えると改めて今日の阿澄さんへの感謝の気持ちが沸いてきた。

「さてさて~。今日一番のお楽しみ~」

 阿澄さんは意気揚揚と廃棄箱の方へ向かっていく。

 この店ではシフト時間内にでた廃棄品はその時間に勤務していたアルバイトがもらって良いことになっている。今ではこういう店も少なくなっている中、一人暮らしの身としては非常に助かっている。

「いやぁぁあああ!」

「ッ! どうしたの! 阿澄さん」

 突然の阿澄さんの悲鳴に駆け寄ってみると、阿澄さんは廃棄箱の中を指差しながら半べそをかいていた。

「うえ~ん! 廃棄がないよ~」

 どうやら廃棄品が全くなかったことに落胆しているらしい。

 なんて人騒がせな……。

「今日は結構売れ行き良かったからね、こういう時もあるよ」

「そ、そんなー」

「うっ! ちょ、ちょっと阿澄さん近いって」

「だって~もうお腹ぺこぺこだよ~」

 そう言うと阿澄さんはその場にぺたりと座り込んでしまった。

 う~ん……何かちょっと可哀想かも。

「あのさ阿澄さん」

 僕が呼び掛けると阿澄さんは鼻水を垂らしながらもピクリと反応する。

「なに~ぐすっ」

 本気で泣いてたんだ……。

「よかったらさ、これから一緒に食事でもどうかな? 僕奢るからさ」

 今日は阿澄さんのおかげで店長とシフトに入らなくて済んだし、これくらいしてあげてもいいよね。

「え! 本当!」

「うん、今日は阿澄さんのおかげで僕も助かったからね。お礼に夕飯奢るよ。でも、できればそんなに高い物は勘弁してくれると助かるかな」

「ありがとう! 河辺君っていい人だね」

 そう言うと阿澄さんは僕の手を握り、とぶんぶん上下に振り回し始めた。

 凄いはしゃぎようだな……よっぽどお腹空いてたのかな。

 心の中で思わず苦笑してしまう。

「それじゃあ行こうか」

「うん」

 制服から着替え、僕達は店を出た。


「これおいし~」

 ビーフチューを口に頬張りながら幸せそうに微笑む阿澄さん。

 今、僕達はバイト先の近くにあるファミレスに来ている。本当はもうちょっとお洒落なレストランに行こうと思ったんだけど、ファミレスの前を通ると阿澄さんが『ここに行ってみたい』と言ってきたので、今こうしてごく普通のチェーン店で食事をしている。

 なんでも、前々からここが何の店なのか気になっていたらしい。

 阿澄さんってやっぱり外国の人なのかな? ファミレスに来たのも今日が初めてだって言うし……普通ありえないよね?

「あーおいしかったぁー。こんなおいしい物があるんだったらもっと早く来てれば良かったよ~」

 自分の料理を食べ終え、阿澄さんは満足そうな笑みを浮かべる。

「阿澄さんってもしかして外国の人とか?」

「え? 外国? う~ん……まぁそうなるのかなぁ」

 歯切れの悪い返答。

 あんまり答えたくないのかな。

「学生じゃないんだよね?」

「うん、リナは学生じゃないよ」

「じゃあさ、バイトがない時は何してるの?」

「普段? 漫画読んだりとかネットとかしてるよー。漫画なんてまだ読んでないのがたくさんあって毎日読むのがすごい大変なんだから」

 何故かキメ顔で答える阿澄さん。

「へぇーそうなんだ……」

 意外だ。てっきり見た目からしてもっとアウトドアな人かと思った。人は見かけによらないっていうのは本当なんだなぁ……。

 阿澄さんに興味が沸き、僕はさらに質問を続けた。

「ちなみにその漫画ってどれくらい種類あるの?」

「種類? う~ん、多すぎてわかんないよ。それこそ毎月新しいのが増えていくから読んでも読んでもキリがないんだ」

 数えられないくらいの漫画の数……それってどれくらいなんだろ? ちょっと想像できない。しかも毎月増えていくってどういうことだ?

「そんなに漫画買ったら生活費に回す分なくなっちゃうんじゃない?」

「あ、漫画はね、別に買ってないんだ。勝手に増えていくの。だから生活費には影響ないよ。まぁその分居座ってると料金高くなっちゃうんだけどね」

 勝手に増える? 料金?

 ますますわからなくなってきたぞ……。

「もしかしてシェアハウスで同居してる人が漫画を買ってきてくれるとか?」

「あぁ~……う、うん。そんな感じ。あはは」

 あぁなるほどね、そういうことか。

 ようやく納得すると、何かを思い出したように唐突に阿澄さんが声をあげる。

「あ、いけない! もうこんな時間! リナ帰って見たい番組あったんだ」

 時計を見ると、時刻は十一時を少し過ぎた頃だった。

「ホントだ。結構もういい時間だね」

「急がないと始まっちゃう」

 阿澄さんは慌てた様子で時計を気にする。

 そこまで見たい番組って何だろ?

 どうしても気になってしまい、少しデリカシーに欠けるかもしれないと思いつつ尋ねてみることにする。

「ちなみにその阿澄さんが見たい番組って何てタイトルなの?」

「『深夜でも生激論会議』って番組だよ」

「は?」

 予想外の返答に思わず呆けた声を出してしまった。

 ……いけない、聞き間違えちゃったかな。

 冷静になってもう一度阿澄さんが言ったタイトルを頭の中で繰り返す。

 たしか『深夜でも生激論会議』って言ったよね。その名前なら聞いたことがある。たしか有名な社会評論家や政治家なんかが、この国の政治について議論する番組だ。

「……」

 だめだ、冷静に考えてみても阿澄さんのキャラとそんな番組が結びつかない。もしかして阿澄さん、あの番組がどんな番組なのかわかってないんじゃ……。

「あのさ阿澄さん、あの番組ってどういう番組かわかってる?」

「あ、ひっどーい。リナのことバカにしてるなぁ」

「ご、ごめん。そんなつもりじゃないんだけど、ちょっと阿澄さんのイメージと結びつかなくて」

「何言ってるの河辺くん」

「え?」

「今日は消費税を増税するかどうかって議題なんだよ。リナにとってはすっごく関係あることだよ。むしろ死活問題なんだから」

 あぁーなるほど……たしかにそう言われるとそうかも。

 素直に感心した。

「阿澄さんって意外に社会派なんだね」

「えっ……えへへ、そんなことないけど」

 僕に誉められると阿澄さんは少し照れたようにはにかんだ。

「河辺君も一人暮らしなら政治についてもっと関心持たないとダメだよ」

「うん、阿澄さんに言われて僕もちょっと興味が出てきたよ」

 人は見かけによらない、阿澄さんを見ているとつくづくそう思えてくる。

「それにああいうの見ないとこの世界のことよくわからないしね(ぼそっ)」

「え? 何か言った?」

「ううん、何でもない」

「?」

 阿澄さんが最後に言った言葉はよく聞き取れなかった。


「今日はごちそうさま。とってもおいしかった~。こんな美味しい料理食べたの久しぶりだよ」

「あはは、大げさだよ。でもそう言ってもらえると僕も奢った甲斐があるよ」

 会計を済ませ、僕と阿澄さんは店の外に出る。五月の気温は夜だとほんの少し肌寒い。

「それじゃあ私はこっちだから」

 そう言って帰り道の方向へ歩き出そうとする阿澄さん。

「あ、待って! 送ってくよ。さすがにこんな遅くに女の子を一人で帰すわけには行かないよ」

「えっ」

 僕の申し出に阿澄さんは驚いた表情を浮かべる。

「あ、ありがとう……。でも大丈夫だよーリナの家はこっから近いから」

「遠慮なんかしなくていいよ。こういう時は男は女を送っていくものだって妹からもさんざん言われてるからね」

「河辺くん妹さんいるの?」

「うん、一つ年下なんだけどね。これがまた小うるさい奴なんだよ。人のやることにいちいち口出してきてさ」

「へぇ……」

 あれ?

 妹の話をした途端、阿澄さんの表情が寂しげに変わったような……。

「あははー。それはきっと河辺君のこと心配だからだよ」

 そう言った阿澄さんの表情は元の明るい調子に戻っていた。

 さっきのは気のせいだったかな?

「とりあえずリナは本当に大丈夫。心配してくれてありがとう」

「でも……」

 阿澄さんはそういうけど、僕はどうしても心配が拭いきれない。だって阿澄さんは贔屓目なしに本当に可愛いから……。そんな女の子が一人でこんな時間に歩いてたらどう考えたって危険だよ。

「くすっ。河辺君って優しいんだね」

「えっ、いや、そんなことは……」

「だいじょーぶ! いざとなったら魔法で悪い奴らはこらしめてやるんだから!」

「え? 魔法?」

「あっ!」

 しまった、とばかりに阿澄さんは慌てて口をつぐむ。

 ……いま、阿澄さん魔法って言ったよね?

 魔法って、あのアニメとかおとぎ話とかに出てくる魔法のこと? 

「お嬢!」

 ん? 

「いま誰かの声がしなかった?」

「あははー。気のせいだよー。もう河辺君ってば変なこと言わないでよー。それじゃあリナ帰るね。ばいばーい」

 早口でそう言うと、阿澄さんは慌てたように駆け足で去って行った。

「……」

 ……なんだったんだろう?


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