第七十一幕 三者三様
「あぁ、くそっ!!」
じりじりと焼きつく真夏の日差しが降りそそぐ山の中で、真は声を荒げた。
額から滴り落ちる汗を拳で拭い、代り映えのしない青々と茂った木々を睨む。
「完全に見失ったな・・・」
真の後ろで、力が疲れたように息を吐いた。
真は、ぐっと唇を引き結ぶ。
そう、完全に茉理の気配を見失ってしまったのだ。
茉理の氣の残滓を追い、山の中を駆けずり回ったが、途中からぷつりと途切れ、終いには一度通った場所に来てしまう始末。
「真、戻ろう。気持ちは分かるが、これ以上、収穫は望めない。来るなら、剛達にも手伝ってもらわないと。この規模は俺達だけじゃ手に余る」
力の言っている事は正論だった。
ぎりっと奥歯を噛みしめ、真は吐き出すように言った。
「あぁ、そうだな。戻ろう」
もう一度、風に揺らぐ木々を睨みつけてから、真は再度誓った。
(諦めたりしない!絶対に僕はお前を止める・・・!!)
そう心の中で呟き、真は力と共に鬼島を後にした。
※※※※※
「イッテぇ!!」
支龍高校に隣接する森の中で、歩の悲鳴が響き渡った。
「大げさだな。もう少しボリューム下げろ」
包帯を巻いた背中を駆がバシリと叩く。
若干、涙目になりながら、歩は駆を睨みつけた。
「自分の事、棚に上げるなよ。琴葉さんに手当されてた時は、大げさに騒いでいたくせに・・・」
唇を尖らせながら言うと、駆は呆れたように歩を見た。
「何年前の話してんだよ。それに、あれはわざとだ。琴葉に俺を意識してもらうためにな!」
腕を組み、駆はフフンと鼻を鳴らす。
歩が兄達と仕事をしたことがあるのは、中学を卒業するまでだ。当時の駆は大学生。近所に住む、幼馴染の秋野琴葉に想いを寄せていた。
「普段、真面目にやっている幼馴染が弱いところを見せる!これぞギャップ萌え!」
右の拳をぐっと突き上げ、力説する駆を、歩は疲れたように見た。
「ギャップ萌えってなんだよ・・・。俺からすれば、いつもの兄貴だったぞ。琴葉さんだって、あまりに騒ぐから困ってたじゃないか」
そう、仕事で傷を負い(掠った程度だったが)、それを大げさに痛い痛いと駆は騒ぎ立てたのだ。琴葉が眉を下げながら、駆に消毒液をかけていたのを歩は覚えている。
ちなみに、「意識させよう作戦」は失敗し、社会人となった今でも、琴葉との関係は仲の良い幼馴染のままだった。
「い、いや、それも作戦だな・・・」
しどろもどろになりながら言葉を紡ぐ駆に、歩は小さく息をついた。
「まぁ、いい加減、告白したほうがいいと思うけど。さすがに十三年も片思いってのは、長すぎるだろ」
駆曰く、琴葉を異性として意識したのは十歳の時らしい。それまで何事もなかったことがある意味奇跡だ。駆に言わせれば、『近くにい過ぎて、琴葉がそばにいるのが当たり前になっていた』そうだ。
「うぐっ!!」
まるで、矢を射られたかのように胸の辺りを押さえ、駆が呻く。自覚はあったらしい。
思ったより強い力で包帯を巻かれ、その仕返しにと駆のプライベートに口を出したが、意外に効いたようだ。
「よし、さっさと結界を直そうぜ?」
気分がよくなり、歩は明るい口調で足を一歩踏み出す。ここには、壊された結界を修復しにきたのだ。
「待て、歩」
ことのほか真剣な駆の声に、歩は嫌々ながらも振り向く。
「なんだよ?」
「あの、吉沢という女の子。お前、あの子のこと、好きだろ?」
「なっ!!」
突然、直の名を口に出され、歩は体を固まらせた。それに、あの怪我の治療云々の会話だけで、直に好意を持っていると気づかれたことにも驚いた。
駆は、してやったりという顔で笑う。
「何年、お前の兄ちゃんやってると思うんだ?お前の表情なんてオ・ミ・ト・オ・シなんだよ」
人指し指を振りながら、語尾にハートマークでもついているような口調で言う駆に、無性に腹がたったが、これで否定すれば余計からかわれる。それはごめんだった。
「そうだよ!悪いか!」
投げやりに吐き捨てると、駆は、多目的室で浮かべていたのと同じ、にやついた笑みを作った。
「そうか、そうか。お前もそういう年になったか。嬉しいなぁ」
「なに、親父くさいこと言ってるんだよ。それより、結界直そうぜ」
「なぁ、あの子の名前はなんて言うんだ?どんな所が好きなんだ?」
先ほどのお返しとばかりに嬉々として、聞いてくる駆に、歩は苛ただしげに言葉を叩きつけた。
「うるさい!行くぞ!!」
「照れなくてもいいじゃん。減るもんじゃないし。なぁ、教えろよ」
「しつこい!!」
催促する駆に、歩は早足で歩きながら、巨大な結界を作り出す紋符、『大空界』が破られた場所へと歩を進めた。




